【お話】ふたつの森がありました #9
冬の足音
森の広場には、冷たい風が吹きはじめた。
ある日、ヒューがひとりでノウンの住処を訪れた。
「最近、ピーノの様子がおかしい。いつも震えているし、あまり動かないんだ」
「そうか…」
ノウンはヒューの話を聞いて考え込んでいる。
「つまり、その元気がないんだ。理由を聞いても大丈夫だというばかりで…。なにか知っているか、ノウン」
「確信はないが…、おそらくピーノのいた国には冬がないのだと思う。だからピーノは寒さに弱い。このままここにいれば、真冬の凍てつく森の寒さに耐えられず、ピーノは死んでしまうだろうな」
ノウンの言葉にヒューは血相をかえて詰め寄った。
「なんだって!?」
「そんな怖い顔をするなよ、ヒュー。気温だけのことじゃない。食べ物だってなくなるし、影の森には陽も当たらなくなる。この森の冬は厳しすぎるからな…ほとんどの動物は冬眠して耐えているだろう」
うなだれてしまったヒューの背中に、ノウンは続けた。
「岩山の方角から海へ向かって、強い風が吹く日を予測することはできる。時期的にいって、もうそんなチャンスは何度もないぞ。それを逃すと風向きが変わってピーノは国へ帰れなくなる」
「ピーノを国へ、帰す…のか」
「ああ、それしか方法はないと思う」
きっぱりとノウンは言った。
「俺とピーノは、また会うことができるのか」
すがるような目をしてヒューはノウンを見た。
「春になったらまた会える、と言いたいところだが…」
ノウンは申し訳なさそうに、ため息をついてから続ける。
「ピーノの国の方角からこっちへは、強い風が吹くことはほとんどない。いままでこの森に鳥が飛んできたことがないのも、そのせいだろう。ピーノは海におちて、奇跡的に木材かなにかにつかまって、潮の流れに乗りここまで流れ着いたのだと思う。追い風に乗らなければ、小鳥のピーノには海を渡るほど長い距離を飛び続けることはできないだろうしな」
ヒューはがっくりと肩を落とした。
「じゃあ、二度と会えないのか」
「そうだな、この森の地続きを海と反対の方向に果てしなく行けば、鳥の国よりも暖かいところがあるという話も聞いたことはある。だが、何か月も歩き続けなければ辿り着かない遠い場所だ。深い谷もあれば、氷山だって越えていかなければならない。お前だけならともかく、ピーノを連れていけるとは思えないな」
無言で顔を伏せたままのヒューに向かって、ノウンは言い聞かせるように声を大きくした。
「いいか、よく考えろ。このままピーノを見殺しにする気か?」
キツネのおばあちゃんの話
そのころ森の広場では、ピーノが動物たちに歌を教えていた。
「みんなとっても上手になったわね」
ピーノに褒められて動物たちは照れ臭そうに顔を見合わせた。
風が広場を吹き抜けるように吹いて、ピーノは身震いをした。
「風が出てきたから、今日はもうおわりにしましょう」
「そろそろ冬眠の支度をしないといけないから、歌の練習にも来られなくなるなあ」
クマやリスは名残惜しそうにピーノに挨拶をして、帰って行った。
キツネの子がピーノに駆け寄ってきた。
「ねえピーノ、おばあちゃんのところへ寄ってくれるかい?」
「いいわよ。今日はヒューは用事があるってノウンのところに行っていて、まだ戻ってこないし、ここにいると寒いからありがたいわ」
ピーノはキツネの子どもと一緒に、広場をあとにした。
キツネの家では、ベッドから身を起こしてキツネの祖母が待っていた。
ピーノが入ってくると嬉しそうに手招きをした。
「いつもありがとうね、ピーノ」
「どういたしまして」
「もういつ死んでもいいと思っていたけれど…最近じゃこの子も歌をうたってくれるようになってね、そうすると家の中がパーッと明るくなるんだよ」
それを聞いて、ピーノも嬉しそうに笑った。
「もっともっと長生きしてもらわなくちゃね、おもての森いちばんの長寿さんだもの。あ、ごめんなさい、森で一番の長寿はノウンだったわね。ノウンには誰も適わないんだものね」
ピーノがそういうと、キツネの祖母は目を細めて頷いた。
「ああ、そうだねえ」
「私、前から聞いてみたかったんだけど…、ノウンはどうして不老長寿の薬を飲んだのかしら」
「ひいおばあちゃんに聞いた話だけどね」
と、キツネの祖母は話し始めた。
いつの間にかキツネの子どもは外へ出てしまっていて、家の中にはピーノと祖母だけだった。
「ノウンは昔から頭のいいヒヒだったそうだよ。知りたいことがありすぎて、したいことがありすぎて、時間がいくらあっても足りないっていつも言っていたらしい。それで自分が一番ほしいもの…時間を無限に手に入れるための薬を発明したんだそうだ」
「そうだったの…、たしかにノウンらしい考えね。でもノウンには家族もいなくて、さびしくはないのかしら」
ピーノは首をかしげた。
「ノウンには親友がいたらしいよ。それでその親友にも薬を飲むように勧めたらしいけどね、彼は拒んだんだって。やがてその彼も、まわりの仲間たちも歳をとって死んでいった。最初のころはその子供たちともノウンは仲良く過ごしていたみたいだけど、彼らも当たり前に歳を取り、当たり前に死んでしまう。それをノウンは何度も何度も見送ってきただろうね。そうしてだんだんと、ノウンはひとりで森の外れの住処で過ごすようになっていったんだ」
キツネの祖母は、声を低くしてささやくように言った。
「みんな、さすがのノウンを頼って相談したりしてるけど…ノウンは誰のことも頼りにしたりしてない気がするね。もう、ずっとね」
ピーノは祖母の話を聞いて、なんと返していいのかわからず、黙り込んだ。
そこへ、キツネの子が元気よく扉をあけて入ってきた。
「ピーノ!ヒューが迎えにきたよー」
ピーノはホッとした表情になって、キツネの祖母に笑いかけた。
「おばあちゃん、ありがとう。また来るわね」
「ああ、待ってるよ、ピーノ」
外に出るとヒューがピーノを待っていた。
その背中にのってピーノはキツネの子どもにも翼を振ってあいさつをした。
「またねーーーー」
ふたりの姿は森の奥へ、見えなくなっていった。