【お話】ふたつの森がありました#2
海辺
風の強い浜辺をヒューが歩いている。
俺はなにも知らない 自分が何なのかすら
この海の向こうに 何があるのかも
背後で何かが倒れるどさっという音が聞こえて、ヒューは振り返った。
「だれだ!」
少し離れたところに灰色の小鳥が倒れていた。
ヒューはゆっくり近づいてのぞきこんで、
「なんだ、こいつ」
と言いながら、足で転がしてみた。
「まだ生きているのか」
「うう…」
小鳥は苦しそうに目をつぶっていた。
「おい、お前はなんだ。喰えるのか」
ヒューが低い声でつぶやくと、小鳥はうっすらと目を開けてヒューを見た。
「わ、私は…トリ」
「と、り」
ヒューは今まで鳥を見たことがなかったのだ。
「そう…鳥、この、海の向こうにある鳥の国に住んでいた。
でも、この間ひどい嵐がきて海に堕ちたの。気が付いたら、ここにいた。
ここは、どこ?」
「ここは、ここ、だ。俺はここしか知らない。おまえは『とり』という名前なのか」
そう聞かれて、小鳥は弱々しく首を横に振った。
「私は、鳥のピーノ。あなたは?」
ピーノの問いかけに、ヒューはグッとのどをつまらせて一瞬ためらってから答えた。
「お、俺は…腹を空かせた化け物だ!! お前を喰う!」
ヒューの言葉にピーノは息をのんで、でも思い直したように頷いた。
「…いいわ、どうせ私の翼はもう空を飛べないのだし、国には帰れない。このまま放っておかれれば、すぐに死んでしまうでしょう。私を食べていいわ。でも、ひとつだけ、最後に願いをきいてほしいの」
「ねがい?」
ヒューは怪訝そうにピーノを覗き込む。
「歌を、うたわせてほしい」
「う、た。なんだ、それは」
それもまたヒューが初めて耳にする単語だった。
「私はきれいな鳥ではないけれど、歌は好きなの。だから最後に歌わせてください」
ピーノは必死に懇願するが、ヒューにはその意味がわからず面倒くさくなってきた。
「勝手にしろ」
ピーノの子守歌
月のない夜も 嵐の夜も
こわがらないで さあ 目をとじて
胸の奥のリズム 時を刻むリズム
明日になるのを 待っている
明日は今日より 高く飛べるかしら
明日は今日より まぶしい朝かしら
信じてごらん 明けない夜はないと
おやすみなさい また明日
おやすみなさい また…
(ピーノ、声をつまらせて歌うのをやめる)
「ありがとう、もう、いいわ。この歌が一番好きだったのよ」
ピーノはささやくようにそう言って、ゆっくりと目を伏せた。
ヒューは無言でピーノを見ていた。
いや、呆然とただ眺めていた。
「さあ… できれば一飲みにしてね、痛いのは、やっぱり厭だから」
半ばやけくそのようにも聞こえる言い方で、ピーノは言った。
それには答えず、ヒューは聞き返す。
「ほかにも、あるのか」
「え?」
「いまみたいな、その…歌というのは他にもあるのか?」
驚いたようにピーノは目を見開いたが、やがて弱々しく微笑んだ。
「あるわ。いっぱい、あるわ」
「じゃあ、もっと歌え!!きいてやる」
ヒューは怒ったような声でそう言った。
「う、歌いたい、けど…」
緊張がゆるみ、力が尽きていくのをピーノは感じていた。
「翼のケガが痛くて…いまのが精一杯。もうずっとなにも食べてないし…。私も、もっと、歌いたかった…」
それだけをやっとの思いで言うとピーノは、意識を失った。
ヒューは、ピーノを咥えて走りだした。