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【お話】ほんものの愛コンテスト #最終回

鏡よ鏡

 お姫さまは真っ青になってテラスへ出て、外に魔法使いがいないか見渡しました。
 「魔法使い!
けれど、どこにも魔法使いの姿はありませんでした。
おろおろと部屋を歩き回るお姫さまの視界に、先日魔法使いがくれたリンゴが映りました。
お姫さまはそれを手にとってみました。少し傷みかけたそのリンゴは、甘い香りを漂わせています。
 「嘘よ、出ていけなんて」
お姫さまはつぶやきました。
 「あなたがいなくなったら、どうしたらいいの」
もうずっと前から魔法使いはお姫さまのそばにいて、困ったときはいつも助けてくれました。それが当たり前でした。

  「そうだわ」
お姫さまは思い出しました。
魔法使いがくれた魔法の鏡があります。
一度だけしか使えないけど、失くしたものを探してくれる魔法の鏡です。
たしか引き出しの奥にしまいこんであったはずです。
お姫さまは急いで鏡を取り出すと、息を吹きかけてこすりました。
 「鏡よ鏡! 魔法使いを探しておくれ。今すぐ戻ってくるように伝えておくれ」
鏡はきらりと光りました。
 「はやく!」
しばらくすると鏡の表面が揺れて、魔法使いの顔がうつりました。
お姫さまはパッと笑顔になって、魔法使いに呼びかけます。
 「魔法使い! どこにいるの?」
それはどうやら王さまの部屋のようでした。
魔法使いがなにか話しています。
 「声をきかせて!」
鏡に向かってそう言うと、小さく声が聞こえてきました。
お姫さまは鏡に耳をくっつけて、魔法使いの声を一生懸命ききました。
 「王さま、このままではお姫さまが人々に嫌われてしまいます」
魔法使いのやさしい声でした。

 「ちょっと強引なところはあるけど、お姫さまは優しくて公平で、いつもこの国のことを考えている素敵な方です。そんな姫が、国民から嫌われてしまうなんてことになったら、どれだけ傷ついてしまわれるか…」
魔法使いは王さまとお妃さまに向かって、切々と訴えます。
 「しかし、あれは強情で一度言い出したら聞かないところがあるから、ほんものの愛を諦めさせることなんて出来ないのではないか?」
王さまは腕組みをして、うーんと唸ってしまいました。
 「王さま、ぼくに良い考えがあります」
思いつめた表情で、魔法使いは王さまに言いました。
 「ほう、どんな考えだね」
 「ぼくが、『ほんものの愛』を探す旅に出るのです」

 王さまはポカンとして、それからお妃さまと顔を見合わせました。
お妃さまも眉をひそめて、そして魔法使いをみました。
 「探すあてがあるというのですか」
 「いいえ、あてはありません。だってぼくにも『ほんものの愛』が何なのかは、よくわからないのですからね」
自分でも可笑しくなったのか、魔法使いは口元に笑みを浮かべました。
 「でも見つけられるような気がするんです。お姫さまが納得するようなほんものの愛を。何年かかってもいいから、見つけたいと思うんです」
笑みは浮かべていましたが、魔法使いの目は真剣でした。
 「そうすれば人々も、この騒ぎの顛末についてなにも言わないだろうし、姫さまの評判にも傷はつかないでしょう。この国では見つからなかったほんものの愛を、お姫さまの側近の魔法使いが探しにいくのですからね」
 「おまえは、それでいいのか」
王さまは目を細めて、魔法使いをみつめました。
 「姫のために、そこまでしてくれるのか」
 「いいえ、姫さまのためだけではありません。どちらかというと、自分のためなんです」
魔法使いは、今度こそ笑顔になってそう言いました。
 「ぼくがそうしたいのです。お姫さまに無能だと言われてくやしかった。胸を張って、これが『ほんものの愛』ですよと言えるものを見つけてきたいのです」
それを聞いて、王さまは静かに頷きました。
 「わしにも何が『ほんものの愛』なのかはわからないが、おまえを見ていたら少しわかりかけたような気がしてきた」
 「王さま」
 「おまえは、姫のことを愛してくれているのだな」
王さまに言われて、魔法使いは顔を赤らめながら、でもしっかりと頷きました。
 「はい、きっと王さまやお妃さまに負けないくらい」
 「そうか」
王さまは声を出して笑いました。
お妃さまは袖で目頭を押さえて、何度も何度もうなずきました。
 「では、おまえの言うとおりにしよう。いつ旅立つつもりだ?」
魔法使いは、持っていた帽子を胸のところにあてながら一礼をして、
 「いまからです」
と言いました。
 「なに? もう夜も更けてしまうぞ」
 「善は急げと申します。王さま、あとのことはよろしくお願いします」
 「こ、これ、そんな急に!」
王さまは慌てて止めようとしましたが、あっという間に魔法使いはくるくると帽子を回して、消えてしまいました。

 お姫さまは、鏡をしっかりと胸に抱きしめました。
頬を涙が伝って流れていきます。
 (姫が、国民から嫌われてしまうなんてことになったら、どれだけ傷ついてしまわれるか)
魔法使いの言葉の一つ一つが、お姫さまの心に響いていました。
大好きなお姫さまが人々に嫌われてしまうことが、魔法使いには耐えられなかったのです。
 (いくら愛していても、それが相手に届かなかったら悲しいのですよ)
ぽろぽろと零れ落ちた涙は、鏡を濡らしました。
すると鏡が光かがやいて、魔法使いの声がきこえました。
 『泣かないでください、お姫さま』
金色に光った鏡に、うっすらと魔法使いのシルエットが浮かんでいます。
 『きっと帰ってきますから、待っていてくださいね』
 「魔法使い!! どこにいるの」
鏡に向かってお姫さまは話しかけました。
 『みんな、お姫さまの笑顔が大好きなんですよ。姫、ぼくだけじゃない、みんなの愛を受け止めてください。そうしたら、きっとぼくがあなたにほんものの愛をみつけてきますから』
 「ごめんなさい…ごめんなさい! 嫌いなんて嘘よ、わたしもあなたが大好きよ」
お姫さまは必死で鏡に向かって話しかけましたが、こちらの声は魔法使いには聞こえていないようでした。
 『それまで、どうかお元気で』
お姫さまは唇をかみしめました。
 『いってきます』
鏡の光がだんだんと消えていきます。
魔法使いのシルエットも見えなくなってしまいました。
お姫さまは、もう一度ぎゅっと鏡を抱きしめました。

エピローグ

 コンテストでは見つけることができなかった『ほんものの愛』を探すために魔法使いが旅に出た、という知らせが国中に広まりました。
人々は、あの魔法使いならきっと見つけてくるだろう、と思いました。
 お城はまたいつもの穏やかな生活に戻りました。
お姫さまにも笑顔が戻り、何事もなかったかのように振るまっていました。

 けれども、お姫さまは待っているのです。
半分だけ手に入れた『ほんものの愛』の、もう半分が帰ってくるその日を。

<おしまい>


くぅの本日のヒトヒゴト 2024.9.19

読みにきていただいて、ありがとうございます。
最終回です。

ほんものの愛が何なのか、
実際のところは、わたしにもよくわかりません。

家族を愛していると言っても、それはただのエゴイズムかなあと思う時も多いです。

このお話は、わたしが23歳の時に描いたものなので、23歳のわたしの価値観でできていますが、そこらへんはあんまり進化してないのかもしれません。

また感想などいただけたら、とてもうれしいです。

ではまた、あとがきで。

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