【お話】ふたつの森がありました #4
影の森の奥
少し広くなっている草原にヒューとピーノがいた。
ピーノは楽しげに歌を歌っていて、ヒューはそれに聴き入っていたが、物音がして振り返った。
「そこにいるのは誰だ!」
ピーノは歌うのをやめて、しばらく静寂が続いたが、やがて木の陰からキツネの子どもが震えながら出てきた。
「ごっ、ごめんなさい、ぼ、ぼく」
「喰われにきたのか」
いまにも噛みつかんばかりにヒューが唸るのを、ピーノが止めた。
「ヒュー、怖がらせるのはやめて!」
そしてキツネの子に優しい声で話しかけた。
「どうしたの? 迷い込んでしまったの?」
キツネの子はピーノを見て、目を輝かせながら笑顔をみせた。
「あ、あの、ぼくピーノさんにお願いがあってきたんだ」
「あら、なあに?」
「ぼくのおばあちゃん、もう何年も病気で寝たきりなんだ。なんの楽しみもないってふさぎ込んで、長いこと笑った顔を見たことがないんだ。ぼくね、おばあちゃんにピーノさんの歌を聴かせてあげたいんだ!そしたらきっと笑ってくれると思うから」
興奮気味にそうまくしたてるキツネの子を見ながら、ピーノの瞳から涙がぽろぽろと零れ落ちた。
その様子をみていたヒューは驚いて立ち上がり、
「おい!ピーノはこんなに嫌がっている。とっとと帰れ!!」
と怒鳴った。
「違うの!!ヒュー、私は嬉しいの…」
ピーノはあわててヒューを止めて、涙を拭いた。
「うれ、しい?」
「私の国には、たくさんの鳥がいたわ。そしてね、王様は年に一度、国中の鳥たちを集めてコンテストをするの。一番の歌い手を決めるコンテストよ。みんなその名誉のために、それはそれは必死で練習するわ。でも私はいつも予選で落ちてしまう。だから、私の歌にはなんの価値もないんだなって思っていたの」
キツネの子はピーノの言葉に、激しく首を横に振った。
「そんなことない! ぼく、いつも隠れてこっそり友達と一緒にピーノの歌を聴きにきてたんだ。お父さんに怒られたことも、学校で転んでみんなに笑われたことも、あなたの歌を聴くと、とってもちっぽけなことに思えたよ。楽しくなって、元気になってくるんだよ」
そしてキツネの子はうつむいた。
「だからね、おばあちゃんにも聴かせてあげたいなあって思うんだ。元気になってくれるんじゃないかなって、思うんだ」
ピーノはにっこりと笑って、キツネの子を見つめた。
「ありがとう。すごくうれしいわ。あなたのおばあちゃんにも聴いてほしいわ。でも…私はケガをしていて遠くへはいけないし、それに」
言葉を飲み込むようにして、ヒューを見た。
ヒューは、むっとした表情で黙っていたが、やがて咳払いをした。
「…どこなんだ」
キツネの子に向かってそう聞くと、キツネの子は驚いて飛び上がった。
「えっ」
「お前の家はどこなんだ、と聞いてるんだ!!」
吠えるようにしてヒューは言ったが、ピーノもキツネの子も歓喜の表情で顔を見合わせた。
「い、行ってもいいの?」
ヒューは気まずそうに口ごもって、
「おもての森の連中が、こっそり聴きにきていることは知っていた。ピーノを隠すことは簡単だが、そのせいで連中と面倒くさいことになるのもつまらんしな。それに」
ピーノのほうを見て、ヒューは少し声のトーンを落とした。
「それに、よくわからないが、お前の歌を聴いているとお前が元気なのかそうじゃないのかが見えるような気がするんだ。元気じゃないときの歌よりも元気なときの歌のほうが、聴いていて気持ちいい。だから、好きなようにしたらいい、と思う」
そう言うと、ヒューはピーノの前に背中を低くしてしゃがんだ。
「さあ背中に乗れ。キツネ、お前も乗れ。俺が走れば、あっという間におもての森に着く。そのかわり、振り落とされないようにつかまっていろよ」
ふたりを乗せて、ヒューは走り出した。
『リメンバー』ピーノのうた
あなたの心のなかに 小さな花を咲かせたい
たんぽぽやスミレのような やさしい小さな花を
「ここにいるよ」 そういって咲きたい
特別なときにだけの 豪華な花束じゃなくて
風にのって運ばれて さりげなく芽を出せたら
「ここにいたい」 迷惑でなければ
タイミングはずせば どんな言葉だって
心に届かず かきけされるけど
わたしがずっと おぼえてる ずっとおぼてるよ
キツネの家の前に人だかりができている。
そこにノウンが通りかかった。
「なにごとだい?」
近くにいたクマにノウンは聞いた。
「小鳥のピーノがキツネのばあさんのために歌を歌ってるんだ。
ヒューが連れてきたらしいよ。ほら、きこえるだろう」
タイミングはずせば どんなチャンスだって
ものにはできずに 消えてしまうけど
あなたの夢はおぼえてる ちゃんとおぼえてるよ
うっとりとききながらクマはノウンを振り向いた。
「な、いい声だろう? おやノウン、顔色が悪いぞ、どうした?」
ノウンは、はっとしてクマを見ながら作り笑いを浮かべた。
「いやなんでもない、急いでいるから失礼するよ」
去っていくノウンの背中を、クマは不思議そうに見送ったが、すぐにピーノの歌に引き戻されていった。
キツネの家の前
キツネの子どもが嬉しそうにピーノとヒューに頭を下げて、
「ありがとう、おばあちゃん、すごくすごく喜んでたね!」
「ええ、また来てほしいって、何度もおっしゃってたわ」
ピーノも高揚した声で言った。
「また来てよ!!ああ、ぼくもピーノみたいに歌えたらいいのになあ」
キツネの子の何気ないひとことに、ピーノはぱっと顔を明るくして
「歌えばいいじゃない」
と言った。
「ええー?そんなの無理に決まってるよ、歌ったことなんてないもん」
「そんなのやってみないとわからないでしょ」
キツネの子は少し考えるような顔をしていたが、だんだん笑顔になって、
「じゃ、じゃあさ、ピーノ、教えてくれる?」
その様子を遠巻きにみていた動物たちが、ざわめきだした。
そして、まず子どもたちが駆け寄ってきた。
「お、おいらも教えてほしい!」
タヌキの子どもがキツネの子の手をひっぱった。
「わたしも!」
ヤマネの子どももキツネの子のしっぽに飛びついて言った。
やがて大人たちも、おずおずと近寄ってきて、ヒューを気にしながらも口々にピーノに話しかけ始める。
「わしも、歌えるようになるだろうか」
そう言ったのは大工のクマ。
「おれもおれも!!」
イタチやうさぎもウキウキした声で言って、手を挙げた。
ピーノはうれしそうに微笑みながら、ヒューの方を見た。
「ヒュー、どうしたらいいかしら」
ヒューはむっとしてから、諦めたようにため息をついた。
「勝手にしろ」
「そうだ、ヒューも一緒に歌ったらいいんじゃない?」
ピーノがさえずるように言うと、ヒューは即座に吠えた。
「うたわない!!」
しょんぼりとピーノは肩を落としてしまう。
それを見て動物たちも不安そうにヒューのほうを伺う・・・
「天気のいい日だけ、森の集会所のところまでピーノを連れてきてやる。それでいいだろう」
ヒューはつまらなそうな声でそう言ったが、動物たちとピーノは小躍りして喜んだ。
「ありがとう!」
「ヒュー、ありがとう!!」
「よかったーーーー」
翌日から森には動物たちの歌声が響くようになった。
その様子を木の陰から見ている…険しい顔のノウンがいた。
♪あなたの夢は おぼえてる ちゃんと覚えてるよ♪