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【お話】ふたつの森がありました #6

がけの下のつづき

眠っていたはずのピーノが、ふいに目を開ける。
 「そんなことしなくても、私はヒューのそばにいるのに」
ヒューはハッとして爪を引っ込める。
 「でも、…それでヒューが安心するのなら、そうしたらいい」
穏やかな口調でそういうピーノに、ヒューは耳を疑う。
 「なぜだ? なぜお前はそんなことが言えるんだ。俺はお前を喰おうとしたんだぞ、今度は翼を切り裂くつもりだったんだぞ!
なのに、なぜ…」
 「だって、ヒューは私を助けてくれた。私の歌をもっと聴きたいって言ってくれた。こんなコトになったのだって、落ちそうになった私を庇ったからだったでしょう」
にこりと笑ってピーノは続けた。
 「はじめてヒューと逢ったときは、そりゃとても怖かった。でもね、あのときは私も絶望してたから、食べられてもいいって思ってた。今はちがう。いまは…」

「あなたのことが好き」 ピーノ

こんなにちっぽけな私だけど 待っててくれるひとがいる
そう思うコトが 私を強くする

「あなたの声が好き」 「あなたの歌が好き」
それはどんな薬より 私を元気にする

ねえ 強い力で 私を捕まえていたり
ねえ 猫なで声で 私の機嫌をとったり
そんなことをしなくても その瞳の中にうつる私から
私が目をそらせなくなるよ

こんなにちっぽけな私だけど 必要としてくれるひとがいる
そう思うコトが 私の希望になる

「あなたのことが好き」「あなたのことが好き」
それは まるでお日さまみたいに わたしを輝かせる

ピーノは、きっぱりと言った。
 「私は、ヒューに必要とされていたい。だから、私にもヒューが必要なの」
 「俺が、必要?」
ヒューは呆然とピーノをみつめる。
 「もっと簡単な言葉があるわ。私は、ヒューが好き」
 「俺が…好き?」
 「そうよ、ヒュー、どうして私の翼を切り裂こうとしたの?
ヒューには私が必要?」
ピーノは優しい目でヒューをのぞきこんだ。
 「俺には、ピーノが必要なのか?」
 「どっち?」
 「ピーノがいなくなったら、いやだ。俺は…俺はピーノが必要だ」
ヒューはピーノを見つめ返して、やっとの思いでそう言った。
 「もっと簡単な言葉で言って」
ピーノはにっこりと笑って首をかしげた。
 「俺は…」
ごくり、とのどをならしてヒューは続けた。
 「俺は、ピーノが好きだ」

「あなたのことが好き」 ヒュー

あんなことをした俺なのに 許してくれるひとがいる
そう思うコトが 俺の希望になる

「あなたのことが好き」「あなたのことが好き」
それはまるで お日さまみたいに 俺をあたためる

もう暗闇には帰りたくない
いま見上げた空に やっと月をみつけた
はじめて気づいた その瞳の中にうつる俺の姿
俺はここにいていいのか

こんな醜い俺だけど 必要としてくれるひとがいる
そう思うコトが 俺の自信になる

「あなたのことが好き」「あなたのことが好き」
それは なんて優しい響き
はじめての響き

ノウンの住処

 「でさ、最近はヒューも怖くないんだよ。時々笑ったりするんだよ、あのヒューがだよ!ねえ聞いてる?ノウンってばー」
机で調べ物をしているノウンのうしろで、リスの子が大きな声ではしゃいでいる。
 「ああ、聞いてるよ」
ノウンはそういいながらも、調べ物の手を止めない。
 「ちぇ、忙しいんだね。最近ノウンはあんまり森にも来ないもんね」
相手にしてもらえず、リスの子はつまらなそうにため息をつく。
 「ごめんな、ちょっと大事な研究の大詰めでね。そろそろ帰ってくれるかい」
 「わかったよ。お母さんの薬、ありがとう、ノウン」
 「どういたしまして」
リスの子は名残惜しそうにノウンの背中を見てから、帰って行った。

日が暮れて部屋の中が暗くなっても、ノウンは灯りをつけようとしなかった。
 「ヒューが、笑う、だと。怖くない…だと?」
ノウンが机の上の本やペンを払い落として、大きな物音が響く。
そしてノウンは机の上に突っ伏して、頭を抱えた。
 「頭が割れそうだ…、いくらワスレグスリを飲んでも、あの歌がきこえてくるとまた思い出してしまう。私はなんでもしってる『さすがのノウン』なんだ。必要なことだけ覚えておかなければ。それにストレスはなによりも老化を招く。健康にも悪い。なんとかしなければ」
ぶつぶつと独り言をいいながら、ノウンは顔をあげた。
 「そうだ!」
不敵な笑みを浮かべて、ノウンは立ち上がった。
 「ライオンたちを使おう」

=暗転=

暗闇にノウンの声が不気味に響き渡る。
 「なんでもライオンたちは、最近ヒューがおもての森に入り浸っていることが面白くないようだよ。そりゃあそうだ、ヒューはライオンの長の片目をつぶした敵なんだからな。
悪いことは言わない。あんまりライオンたちを刺激しないほうがいい。でないと、ピーノが何かされてしまうかもしれないよ。
なあヒュー、影の森で静かにくらせよ…」

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