朗読『私の中の再会』
高校生のころ、私は電車通学をしていて、向かいのホームに視覚障害者の男性が並んでいるのを毎朝見かけた。
同じ時間、同じ車両の、同じドアの場所。
四十歳前後だろうか。白杖を自分の前に垂直に立て、両手を乗せ電車を待つ。それがその人の毎日のスタイルだった。
『お仕事はなんなんだろう。どこにお勤めされているんだろう』
私は見ず知らずのその男性が、毎朝見るたび気になって仕方がなかった。
向かいのホームに電車が到着すると、その人は白杖に乗せていた両手をするりとおろし、地面、電車のドア、車内の床を白杖の先で確かめながら慣れた動作で乗り込んでいく。毎朝の寸分違わぬ同じ景色。
そのうちに私は高校を卒業し、その時間の電車に乗ることはなくなった。短大に進み社会に出て、その人のことを徐々に忘れていった。
現在、ダンスの振付やインストラクターの仕事をしながら、空いている時間を使い老人介護施設内でのアルバイトを始めた。
そこで、再会したのだ。 あの人に。
数十年経っているのでもちろん歳を重ねていらしたが、私が高校生のころに向かいのホームで白杖に両手を乗せて電車を待っていた、あの人だった。
「あの人はどんな仕事をされているんですか?!?!」
私は興奮気味に同じ職場の先輩に聞いた。
「あぁ、按摩さんとして利用者さんのマッサージをされているのよ」
高校生のころ抱いていた毎朝の疑問を何十年経って、いま知ることができた。
あの人は私のことを知らない。でも、私はずっと前からあなたを知っているんですよと、口に出していうことなんてできずに、白杖を携えて歩くその人とすれ違いながら心の中で語りかけた。
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