童話【Marionnette】 -マリオネット-
*こちらのお話は、パントマイムアーティストのマイミーさんによる『あの子のマリオネット』という演目を観て創作したオマージュ作品です。
【Marionnette】 -マリオネット-
小さな小さな女の子は憧れていました。
不思議な出来事。不思議な世界に。
自分を連れ出してくれる誰かに。何かに。
◇◆◇◆◇
ある日の夕方、女の子が住む街の広場に人だかりができていました。いつも紙芝居や紙オルゴール、大道芸人などがやって来て、賑やかに人々を楽しませてくれる広場です。
しかし、今日はいつもと何やら雰囲気が違っていました。とても美しいけれど、なんだか物哀しい音楽が聞こえてきます。
女の子は人だかりに気付くと、走り寄って何が起こっているのか見ようとしました。けれど、子ども達だけではなく、背の高い大人もたくさん集まっていて全く見えません。
女の子はピョンピョン跳ねました。それでも全く見えません。
女の子は人だかりを必死にかき分け、とうとう列の一番前まで出ました。
すると、美しい、物哀しい音楽に合わせ、可愛らしい少女がとても軽やかに踊っています。
ひらひらと舞う水色のドレス。女の子はその少女に見惚(みと)れました。
「なんて素敵なダンスなの!」
水色のドレスの少女は、憂いを帯びた表情で、踊りながら女の子に近付いてきました。女の子はうっとりと見つめます。すると、踊る少女のひじや手首、膝、足首などから何やら光るものが見えます。
「あれは何?……糸?」
その瞬間、ボーラーハットを目深(まぶか)に被った紳士が少女の影から現れました。
「ハッ!」
女の子はビックリして我に返りました。そして落ち着いてよく見てみると、少女の体の至る所には糸が付けられていて、目でその糸を上へ辿(たど)って行くと、少女の頭の上には木で作られたスティックが十字に交差され、それを紳士が操っていたのでした。
「すごい、操り人形だったんだ……」
紳士は女の子のそばで人形をヒラリともうひと踊りさせると、口元に少しだけ笑みを浮かべ、観客に深々とおじぎをしました。そのあまりの人形捌(さば)きに街の人々は大喝采。
「いやぁ素晴らしい!本物の人間の子みたいだった」
「これはいいものを観た!アンタ、明日も来るのかい?チップはずむよ!」
紳士はハットを抑え、目深に被ったまま少しだけ頷くと立ち去って行きました。
女の子は興奮して家に帰るや否や、母親に広場の出来事を話しました。
「お母さん!お母さん!今日ね、街の広場でね、すごいおじさんがいたの!お人形を操っているんだけど、それがもうまるで人間みたいなの!」
「ええ、知ってるわ。ちょっと前からすごい人形遣いさんが街にやってきているって、噂になっているから」
「明日も来るんだって!私、また観に行くんだぁ」
「それは構わないから、手を洗っていらっしゃい。もう夕飯よ」
女の子は母親に言われた通りに手を洗い、テーブルに着きました。母親はシチューをよそいながら、少し眉を潜めて言いました。
「気を付けて行きなさいね。最近、あなたくらいの女の子が神隠しにあっているっていう噂だから」
「神隠し?」
「そう。神様が隠してしまったかのようにある日突然、人が消えてしまうの。何人か家に帰って来ていない女の子がいるという噂を聞くわ。あなたも気を付けるのよ。ひとりで行ってはダメ。となりのアニーと一緒に行きなさい」
「はあい」
「……それはそうと、今日は何の日でしょう?」
「え?今日?」
「あらあら、操り人形があまりにも凄かったからすっかり忘れちゃったのかしら?……今日はあなたの7歳のお誕生日でしょ。はい、プレゼント」
「あっ!あっ!!」
「この子ったらホントに忘れちゃってるんだから!あなたがずっと欲しがっていた赤い靴。……お母さんね、お客様から注文されていた編み物がやっと完成したの。そのお金で買えたわ……一年も待たせてしまってごめんね」
「ううん!嬉しい!ありがとうお母さん!……可愛い……履いてもいい?」
「もちろんよ。でも、シチューを食べ終わったらね」
女の子は急いで食事を済ませ、赤い靴を履き、パチンとストラップを留めました。
「うふふ、とっても似合うわよ!……お父さんが病気で天国に行ってしまってから、欲しい物もすぐに買ってあげられなくて……」
「いいの!だって、こうやってお母さんは必ず叶えてくれるんだもの。どうもありがとう、大好きよ、お母さん!」
女の子は母親にギュッと抱きつくと、頬にチュッとキスをしました。
「さあ、今夜はもう寝なさい」
「お母さんも一緒?」
「お母さんはもう少しお仕事が残っているから」
「えー……じゃあこの赤い靴と一緒に寝る!」
「はいはい」
母親は女の子を抱き抱えベッドに運び、おやすみのキスをしました。
「ぐっすりおやすみ」
「おやすみなさい、お母さん」
◇◆◇◆◇
あくる日の夕方、隣のアニーが女の子を迎えに来ました。
「あらアニー!早かったのね!」
「うん!だって私も操り人形、早く観たいもの!」
「ふふっ、じゃあ行こう!……あ、アニーの靴!」
「ん?」
「見て!私の靴も赤なの!昨日お母さんにお誕生日プレゼントでもらったの!」
「わぁ!おめでとう!赤、お揃いだね!黄色のワンピースにすごく似合ってるよ」
「ありがとう!アニーも、そのチェックのズボンに似合ってるよ!」
二人は笑いながら手を繋いで街の広場へ出かけて行きました。
広場はすでにたくさんの人だかりができていました。二人は人だかりをかき分けて、やはり列の一番前まで出ました。
そこには、昨日のボーラーハットを目深に被った紳士が、昨日とはまた違う少女の人形を操っていました。
隣で観ているアニーを横目でチラリと見ると、目を星のように輝かせて操り人形のダンスを観ています。女の子はふふっと微笑みました。
そろそろ音楽が終わり、という時に、操り人形がアニーの目の前に来て握手を求めて来ました。
「わあ!いいな、アニー!」
「えへへ!」
アニーは嬉しそうに操り人形と握手をすると、それを見た紳士はまた口元に少しだけ笑みを浮かべておじぎをし、立ち去って行きました。
「今日のお人形も可愛かったねぇ……アニー?」
アニーはなんだか難しい顔をしていました。
「……私、もう一度あのお人形が見てみたい……なんだか、誰かに似ている気がするの」
「え?」
「あのおじさんに頼んでもう一度見せてもらってくる!先に帰ってて!」
「ダメだよアニー!一人じゃ危ないよ!」
「大丈夫!」
アニーは人形遣いが去って行った方向に走って行きました。
◇◆◇◆◇
『アニーが帰っていない』
女の子がそれを知ったのは次の日の夕方でした。
学校から帰ると、近所のおじさんやおばさんがアニーの名を呼んで探しています。女の子はどうしたのかと思い母親に尋ねると、そう聞かされたのです。女の子はとても後悔しました。
「私がちゃんと、一緒に帰って来ていたら……お母さん、私、アニーの居場所に心当たりがあるの。探してくる!」
「どこに行くの!待ちなさい!ひとりで出歩いてはダメ!」
女の子は赤い靴を履き、母親の声が追いかけてくるのを聞きながらもうすでに走り始めていました。
「不思議な出来事は好きだけれど、こんな不思議は好きじゃない!……今日もきっと、あそこにいるはず!」
◇◆◇◆◇
街の広場には、人形遣いの素晴らしい腕前を一目見ようと、今日もたくさんの人だかりができていました。
女の子はその人だかりをかき分けて、列の一番前に出ました。
すると、今日も、昨日とは違う少女の人形が踊っています。女の子はふと人形の服が気になりました。
『あのチェックのズボン……赤い靴……昨日アニーが履いてたズボンと同じ!それに赤い靴も!アニー!!』
ボーラーハットの紳士は、女の子の目の前でチェックのズボンを履いた少女の人形をヒラリと踊らせました。
女の子はじっとその人形の顔を見ます。
間違いない、絶対にアニーだ。女の子がそう確信した瞬間、人形が握手を求めて来ました。
女の子は握手をしながら注意深く紳士の方を見上げました。
その途端、目深に被っていた帽子から紳士の目がギョロリと覗き、いつも少しだけ笑みを浮かべていた口元がニヤリと歪みました。
女の子はその目を見た瞬間、背筋に寒気が走り、目の前が真っ暗になりました。
今までとても賑やかだった広場はどこにもなく、恐ろしく静かな暗闇が広がるばかりです。
すると、後ろからカタカタと人形が踊る音が聞こえて来ました。振り返るとアニーの人形を持った紳士がニヤリと歪んだ口元で笑いながら追いかけて来ます。
女の子は走りました。思い切り走りました。思い切り走っているのに、足はのろのろとしか動きません。女の子は自分の足がもどかしくてなりません。どうして早く走れないの?どうして早く動けないの?なんで?!どうして?!
自分の足がもどかしく、憎く感じながら走っていると遠くの方に、一つのドアがあるのが見えました。女の子は、もしかしたら助かるかもしれないと思い、また思い切り走ります。
振り返るとまだあの紳士が追って来ています。
『逃げなきゃ、逃げなきゃ、助けて!お母さん!アニー!!』
心の中でそう叫びながらやっとドアまで辿り着き、震える手でドアを開けました。
「いらっしゃい。待ってたよ」
チェックのズボンの人形が言いました。
「え?アニー……?」
「待ってたよ」
「待ってたよ」
「待ってたよ」
中に入ると、そこには女の子と同じ年頃の人形たちが壁にたくさん吊り下げられていました。
女の子が最初に見た、水色のドレスを着た少女も。
女の子は混乱しました。同じ年頃の人形。街から消える少女たち……。
ガチャリとドアが閉まる音が聞こえ、女の子が背後を振り返ると、歪んだ笑みを浮かべた紳士が女の子の頭上にヌウッと手を伸ばしました。
◇◆◇◆◇
「ねえ、見て見て!すごい!本物の人間みたい!」
「うん!黄色いワンピースと赤い靴がとっても可愛い」
「あれ?でも片方の靴のストラップ、とれてるね!」
「本当だぁ!そこがまた本物の人間みたいだねえ」
街の広場では、美しい、物哀しい音楽にのせて、ボーラーハットを目深に被った紳士が木のスティックで操り、黄色のワンピースを着た少女の人形をひらひらと軽やかに踊らせています。
でも、人形のその表情は憂いを帯び、どこか悲しげに映るのでした。
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