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日記:面白い仕事、なんてあるのだろうか。 

何をしていいのか、何をしたらいいのか。


ここ最近は毎日のように、ノートを広げて文字を書いている。
内容はいつも似通っていて、仕事のこと、お金のこと、暮らしのことだ。

「どうやって生きていけばいいのか」
「どんな仕事をすればいいのか」
「生きやすい状態とはどんなものか」

そうしたことをつらつらと繰り返し書いている。


今の仕事には、前のような人間関係のストレスがほとんどない。
それ自体はとても喜ばしいことで、望んでいたことでもある。

ただ、逆に仕事の面白さ、喜びのようなものは失われてしまったように思う。
いや、前の仕事にもそこまで面白さは感じていなかったか。

やはり折角時間を使って取り組むのだから、面白かったり、やりがいがある方がいい。
そうでないと、仕事の成果を受け取る相手にも失礼だと思う。

そんなことを考えているから、一向に合う仕事が見つからない。

仕事の面白さを見つけるのが下手なのかもしれない。
それか、面白いと感じる心を失ってしまっているのか。

どちらにしても、現時点で仕事に面白みは見出せていない。

仕事に面白さなんて不要だ、という意見ももちろんあるだろう。

ただやはり、面白いかどうかは取り組む熱量に影響を与えるし、それは結果となって現れてくるはずで、無いよりはあったほうが良いものであると、私は考えている。


現代において仕事の多くは賃労働と同義であって、生活費や娯楽費を賄う手段になっている。
そしてその生活や娯楽は労働力を回復するための手段となっている。

こうして社会や人生はぐるぐる回っていると考えているのだが、私はどうもこの流れが好きになれない。

ただ働くために生きるのなんて、と思ってしまう。

だから折角働くのなら、興味のある面白そうなことをやりたいわけだ。


まあそんなわがままが通用するはずもなく、こうして最低限の生活をしている訳だが、どうこの状況を脱したものか。


まずは私が、何に面白みを感じるのかというものを理解しないといけないのかもしれない。

もしかすると、仕事というもの自体が嫌いなので、面白みは感じられない。なんてこともあるかもしれない。

もしそうなら非常に困るのだが、ここでは、まだ仕事に対して面白いと感じるに至っていないだけ、ということにしておきたい。


面白いこと。

私はそもそも何が好きなんだろうか。

最近、というかここ何年か自分自身の興味とか関心がよくわかっていない。

珈琲は一応趣味という括りに入る取り組みではあるだろうが、熱中しているわけではなく、日常の一部に溶け込んでいる。
喫茶というもの、空間、環境には以前から関心があるが、現状からどう進展させていけば良いか分からず、停滞気味である。

道具という物に興味関心があるようなので、ハイキングとかキャンプとかサイクリングとかの道具を最近はよく調べていた。
アウトドアに興味があるのかもしれない。

思想に関しては最近は興味が落ち着いている。というのも、そうしたことについて調べたり考えたりする必要が無くなってしまった為、放置気味、といった状況だ。

これが、今の私の現状、「喫茶と思想と道具の人」と自己紹介を書いておきながら、現状どれも中途半端に終わっている。

いっそのこと、キャンプ場に自転車で出かけて、そこで珈琲を提供しつつ思想書でも読めばいいのではないだろうか。なんて暴論を書いてみたり、まあ実際にできるのならやりたいくらいだが、行動に移すことはないような気がする。
この行動力のなさも問題なのかもしれない。


書くことにつまったから、今日はこのあたりで。



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ことよみ|sonohi_no_kibun|
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