ペアリングのつくりかた⑦
⑦ペアリングで演出する季節感
今回は前回までお話してきたテクニックやロジックのお話と比べより精神性の高いお話となります。我々が暮らす日本、もっと言うとワインを造る産地には基本「四季(季節)」が存在します。夏は暑く、冬は寒い。気温で言うと同程度だがその空気感は大きく異なる春と秋。みなさんはどの季節がお好きでしょう?それぞれの季節には特有の食材が存在し、「年に一度」しか味わえないようなものも多数あります。そういったモノとのペアリングはハマるとソムリエの生涯を通して大きな武器となります。
※全10章も折り返し、ボンヤリとですが全体のまとめ方が見えてきました。毎回たくさんのスキやシェア、投げ銭に励まされています。今回を含め残り4章、しっかりと書いていきたいと思います。この全10章は今後有料化することにしましたので(恐らく第10章を公開した翌日)、無料のうちにお知り合いには読んでいただけるようお勧めください。※
①レストランの変遷・飲と食の近代史
②ペアリングはソムリエの「成功体験」のシェア
③マリアージュとペアリングの相違
④食材×調理×味つけ 狙いどころの考察
➄意識するべき総アルコール量
⑥提供温度のコントロール
⑦ペアリングで演出する季節感 ⇦イマココ
⑧核となるコンビネーションの決め方
⑨核を取り巻く流れの決め方
⑩これからのレストラン、これからのソムリエ
「四季」の存在
皆さんは普段、どれくらい季節を意識されているだろうか。当然「今日は暑いな」とか「肌寒いな」といった類の感想は皆が持つだろう。問題はそう感じた後に実際にどのような思考で動くのか、というところである。まず最初に着るもの、服装に頭が行くことだろう。今日の気候に合わせて着るものを選ぶのは当然のことだ。続いて、飲食に考えが至ればあなたは間違いなく食いしん坊であり飲ん兵衛である。
前章「提供温度のコントロール」でも言及したが、人間は感覚的また本能的に「温度」の違いによって様々な印象を抱く生き物である。暑い季節には冷たいものを飲みたくなるし寒い季節には逆に温かいものを欲する、といった具合だ。そういう意味では「提供温度のコントロール」一つとってもそれ自体がすでに「ペアリングで演出する季節感」の一端を担っていることに気付かれることだろう。
そもそもワイン造りには四季の存在が欠かせないことは少しでもワインについて勉強をした人であればご存じかと思う。一年を通じて温度の変化や日照量・雨量などがその中でも重要とされるわけだが生態系の一部であるブドウがそういった要素に影響を受ける以上、他の食物も当然同様に影響を受けると考えられる。ここからは具体的に日本における四季の移ろいと季節感を演出したペアリングをご紹介したい。
春はあけぼの
春は食材の宝庫である。山からは個性豊かな山菜やアスパラガス、海からはふっくら太った貝類やホタルイカなどなど。つい食材に対して何を合わせるか、から考え出してしまいそうだがそこをグッと我慢して、春はどういう季節なのか、から考えよう。長く寒い冬を越えて、ようやく訪れた暖かな日差し。重く分厚い上着を脱ぎ、気持ちも軽やかかつ晴れやかになる季節。飲料も少し軽めでヒンヤリ感じるものをいただきたくなる季節である。
まずベースとなる考え方=季節に合わせる飲料を考え、そこで得たヒントから実際の食材や料理に合わせていくというのが理想的なペアリング考案法である。「軽め」で「ヒンヤリ感じる」=「少し温度を下げても美味しい」の中から食材や調理法に合わせていくわけである。
山菜やアスパラガスはシンプルにボイルしたものならロワールのソーヴィニョン・ブランが定番と言える。ローストやグリルしたものなら同じソーヴィニョンでも少し樽を効かせたボルドーあたりをお勧めしたい。最近だとこの辺りでソーヴィニョンを使ったオレンジワインなんかも面白い。天ぷらやフリットのように揚げた場合はクリスピーなスタイルのグリューナー・フェルトリナーなども合うだろう。
貝類はその性質上、潮のニュアンスを感じるものを合わせたい。僕自身はその特徴が顕著なスペインのアルバリーニョや南アフリカのシュナン・ブランあたりを使うことが多い。ホタルイカは野趣溢れる肝に合わせて赤をお勧めしたいが「少し温度を下げても美味しい」というヒントからタンニンは控えめな方が良い。ブルゴーニュやオーベルニュのガメイ、ジュラのトゥルソーなどが考えられる。しっかり造られた濃いめのロゼも選択肢に入るだろう。タヴェルやプロヴァンスも面白い。
夏は夜
夏は食材の宝庫である。山からは色鮮やかなパプリカや獅子唐をはじめとした唐辛子類に茄子、トマト、そして鮎。海からは太ったイワシや鱧などなど。特に近年の夏は異常に暑く、猛暑どころか酷暑と表現されることも多い。必然的に身体は失った水分と塩分を欲し、アルコールと温度は低いものが望まれることになる。
パプリカや唐辛子、茄子はしっかり焼いて(焦がして)皮を剥ぐやり方が一般的だがこの場合は赤の方がうまくいくことが多い。ロワールのカベルネ・フランや長野のメルロなど、冷涼であるが故の軽い未熟さ(青さ)が唐辛子系の青みと相乗する。アルコールも低めのはずなのでそういう意味でもこの季節にちょうど良い。
トマトは西洋でもよく使われる食材だが日本との品種の違いや火の入れ方・頂く温度帯によって劇的に変わりすぎるので(長くなりすぎるので)ここでは敢えて言及しない。いずれ「トマトとワイン」で一本書く時が来るだろう。ここで言えることは「アマトリチャーナには酸の強い赤が似合う」ということだけだ。鮎は「成功体験」の章で述べた通り姿のまま焼いた場合、熟成したメルロ、またはカベルネ・フランが至高の組み合わせと言える。
イワシは生に近い状態ならグッと冷やしたロゼかシェリー(琥珀色ではないフィノかマンサニージャ)。醤油や酒を用い、梅や生姜と炊いたりしたものならやはり赤、それも冷やして美味しい冷涼ガルナッチャなど、または琥珀色のシェリー(オロロソやアモンティリャード)。鱧は落としでいただくことが夏の定番だが味つけをどうするかで全ては決まる。酢味噌の場合は白、それも心地よい甘みと酸が共存するモーゼルのリースリング。梅肉の場合は酸のあるロゼ、または極々軽い赤。オーストリアのシルヒャーやジュラのプールサールが考えられる。
夏の食材に合わせるワインにロゼや赤が頻出していることに驚く方もおられるかもしれないが構成要素を紐解くと白よりもロゼや赤の方がうまくいくことが多い。ただしその場合、白よりも提供温度に注意が必要なのは言うまでもない。もうひとつ、夏はシェリーにとって素晴らしい季節と言える。日本の市場ではロゼ同様今一つ馴染みのないワインだが、これほど日本の夏に似合うワインはなかなかないと断言できる。是非お試しあれ。
秋は夕暮れ
秋は食材の宝庫である。近年では酷暑の名残が強く、「今年は秋がなかった」などと嘯かれることもあるが晩秋にかけて日本らしく美しい秋を楽しむことができる。「秋の日は釣瓶落とし」の言葉よろしく、日が沈む速度に比例して気温が下がるのもまた速いのがこの季節の特徴である。提供するワインは最初はほんの少し低めの温度でエントリーして徐々に上がる温度と共に気分も高揚する香りが立ち上がるものが望ましい。山からは松茸をはじめとする豊富なキノコの類やホクホクした食感が魅力の芋類や栗、銀杏。海からは鯖や秋刀魚などの青魚などなど。
キノコ類は食べ方にもよるがシンプルにソテーした場合は白だと軽く熟成したブルゴーニュ、赤だと同様に熟成したボルドー。出汁と頂く鍋ならば熟成したブルゴーニュの赤。すき焼きのように甘辛い仕立てならば南仏のグルナッシュなどが楽しい。総じて時間と共に温度と香りが上がってくるものが理想的だ。「熟成」というキーワードはキノコ特有の「土の香り」に寄せるために必要不可欠な要素である。
芋や栗、銀杏と合わせる際に気をつけたいのは酸の存在である。字面で見るとイメージしやすい。「ホクホクした食感」×「キリッとした酸」である。見るからにダメっぽい。そしてこういった印象は大抵の場合正解だったりする。レベルの高い尖った酸味と芋類は特によろしくない。酸は控えめながらグリップも必要としない食感の為、滑らかな口当たりのワインが合わせやすい。品種で言うならばルーサンヌやテンプラニーリョといったところか。
鯖や秋刀魚を含む青魚の油脂はその他の魚類と比べかなり異質であり注意が必要だ。「魚」というワードだけで白を選んでしまってはその特徴的で素晴らしい油脂の旨さを全く活かせないことになる。生にしろ焼くにしろ煮るにしろ、ここは是非タンニン分のしっかりした赤で合わせていきたい。若めのカベルネ・ソーヴィニョンやムールヴェードル、タナやマルベックもいいだろう。炭で焼いたりスモークした場合は樽の効いたタイプにするとより素晴らしい。
秋は夏から移ろう季節ゆえ、とにかく水分や塩分・酸味が欲しかった夏と比べ味わう身体にも余裕が生まれ、香りをしっかり感じられるタイプが求められることになる。必然的に提供温度も(最終的には)適温からやや高めでフィニッシュできるように仕向け、ペアリングをより全体的に楽しめるようにする必要がある。酷暑を通り抜けた先にある香りの楽園、それが秋なのだ。
冬はつとめて
冬は食材の宝庫である。香り豊かな秋から厳しい寒さに耐える季節へ。昨今では外は極寒だがほとんどの場合屋内では暖房が効き、ただでさえ乾燥しがちな空気がさらに乾燥する。冷えた身体が急激に温められ、乾燥した空気と相まって異常に喉が渇く。最初にはスッキリと喉越しの良い飲料が欲しくなるところだ。そしてしっとりとしたアルコールの高いものが欲しくなる季節でもある。まったく人間というのは罪深い生き物である。
この季節、山からは白菜やキャベツなど葉物の野菜や人参やゴボウなどの根菜たち。海からは金目鯛やブリといった油脂が魅力の魚とフグやアンコウといった淡白ながらしっかりした旨みの魚たち。
葉物の野菜や根菜は主役としてそのまま食べることはほとんどなく、いずれも名脇役として食卓に彩を添えてくれる。葉物は構成要素としては白よりのものが多い。逆に根菜類は赤よりのものが多い。冬に活躍する鍋物のように様々な食材が同居する場合は非常に悩ましいところだがその場合は「味つけ」をベースに考えることをお勧めしたい。
金目鯛やブリの油脂は焼いた場合はフレッシュな柑橘を絞るイメージの白が良く似合う。ミュスカデや青デラあたりが好ましい。赤で合わせる場合は旨みがしっかりしてタンニンの少ないものが良いだろう。線の細いヴィンテージのブルゴーニュなど最高と思われる。フグやアンコウは薄造りにポン酢なら酸や橙色の柑橘のニュアンスからピノ・ノワールの赤、またはピノ・グリやゲヴュルツ等、グリ系品種のオレンジワイン。醤油を塗って焼いたものならピノ・ノワールや上質なグルナッシュ。またこれら冬の魚には総じてシャンパーニュが良く似合うことも付け加えたい。
季節感の演出とは
結局言いたいことは四季を通じて日本は食材の宝庫である、ということだ。上記に例として挙げられた食材たちはそのほんの一部に過ぎない。故にあらゆる食材に対する見地がソムリエには求められる。
昨今のソムリエ、特に若手の皆さんを見ているとあまりにも食材や料理に対する愛情が希薄である、と言うより経験値が低すぎる為に身についていないように見受けられる。自身がこの日本という国でどれだけ恵まれた環境で育っているのかを今一度真剣に考えるべきである。ワインの知識が豊富な人材は多くなったが料理や食材についてシェフと対等に話せる人材はむしろ減ったと個人的には感じている。このままではいけない。
他所のレストランや居酒屋で食事をするにしてもスーパーで買い物をして自宅で料理するにしても、常に今の季節を意識することが大切なのである。近年の温暖化によって多少の歪みが出てきているものの毎年ほぼ同じペースで入れ替わる季節と食材たち。一度しっかり身につけてしまえば二度と忘れることのないルーティンである。なのに何故ここをしっかり勉強しないのか謎である。
季節の移り変わり、気温や湿度の変化に対して演出を始めるというのがペアリングの基本ではあるが「ペアリング」という以上、最終的に料理との相性を求められることに変わりはない。ならば季節によって扱う食材やその旬を抑えておくことは基本中の基本である。ソムリエ自身が認識できてない「季節感」はどうやってもゲストには届かない。若い皆さんには全身で季節を感じられる国に生きていることに感謝しながらこれから頑張ってほしい。
ではまた次回。
※今回は事前にわかってたことですが相当長くなりました。四季についてひとつずつ解説すると端折るに端折れずこんな結果になってしまいました。15分強くらいで読み切れるかなというところです。ボチボチ終盤に差し掛かっておりますが書きながら伏線のように登場するキーワードたちも番外編で回収する予定です。乞うご期待。引き続き記事が気に入った方には投げ銭やスキをお願いします。※