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完全版・キムワイプ卓球の解説

 キムワイプ卓球とは何か――当会に寄せられる最も多い質問でありながら,2008年の創立以来10年以上もの間,まともに回答してこなかった質問です。本稿では,サイエンティフィック・スポーツなどの周辺知識も含めて,キムワイプ卓球について解説をしていきます。

 キムワイプ卓球は,従来以下のような定義がなされていました。

キムワイプ卓球は,研究室でできる唯一のサイエンティフィック・スポーツです

 しかし,この定義はもはや通用していません。なぜなら,サイエンティフィック・スポーツは広がりを見せ,キムワイプ卓球だけではなくなったからです。例えば,マイクロピペットダーツや,シンクロナイズド電気泳動があります。以下はピペットダーツの実施風景です。テーブルの上にキムワイプが置かれていることに注意して下さい。

 キムワイプ卓球だけでなく,ピペットダーツやシンクロナイズド電気泳動が登場したことによって,その位置づけが分かりにくくなったと同時に,他の概念との違いについて明確にする必要がでてきました。

キムワイプ卓球の位置づけ

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 これは,2017年に当協会が作成した図です。混同されがちな諸概念との関連性について分かりやすく図示されています。キムワイプ卓球は,主に3つの異なるカテゴリと混同されてきました。

 1つ目は,スポーツです。野球やサッカーのようなスポーツの枠組みでキムワイプ卓球を捉えようとする向きがありました。しかしこれはミスリーディングです。スポーツの定義を確認してみましょう。

各種運動競技のほかレクリエーションや体力づくりとして行う身体運動の総称。(大辞林)
陸上競技・野球・テニス・水泳・ボートレースなどから登山・狩猟などにいたるまで、遊戯・競争・肉体的鍛錬の要素を含む身体運動の総称。(広辞苑)

 スポーツの定義自体は難しいようですが,身体運動であるという点は欠かせないものと思われます。しかしキムワイプ卓球においては,身体運動は必須ではありません(後述)。

 更に,スポーツという枠組みに収めてしまうと,「卓球」という競技と比較されることが多くなります。ここで敢えてキムワイプ卓球と卓球を比較してみたいと思います。レーベンシュタイン距離は,5です。卓球と相撲のレーベンシュタイン距離が4ですから,随分異なることが分かります。

 何より,なぜキムワイプ卓球なのかという点が全く理解できなくなってしまいます。キムワイプ卓球をスポーツに位置づけている人たちからは,よく「キムワイプ卓球である必要がない」という声を聞きます。しかし,キムワイプ卓球は協会創立前からあったのです。必要に応じて生まれたのであり,スポーツの枠組みの中にはなかったことが分かります。

 2つ目は,「卓球の亜種」です。代表はスリッパ卓球です。よく非サイエンティストの方々から「スリッパ卓球みたいなもの」と言われますが,これは正しくありません。スリッパ卓球は卓球の亜種であり,言い換えれば,スリッパである必要がないのです。実際,スリッパ卓球をしている人々は,ある程度時間が経つと「普通のラケットでやって良い?」と言い出します。キムワイプ卓球ではこうしたことは起こりません。なぜなら,「普通のラケット」と何を置換するのか自明でないからです。先述の通り,スポーツの枠組みに入っていませんから,その一競技の亜種でないのは明らかです。

 3つ目は,不可能な概念です。フラーレンサッカーや,永久機関などの不可能な概念と混同されることがあります。しかし,キムワイプ卓球は各地で行われており,実現可能であることが明らかになっています。

サイエンティフィック・スポーツとは

 キムワイプ卓球は,サイエンティフィック・スポーツという範疇に属しています。では一体,サイエンティフィック・スポーツとは何なのでしょうか。まず明白なのは,サイエンスでも,スポーツでもないということです。

 サイエンティフィック・スポーツが何であるかという議論は実はまだ出始めたところであり,確立したものではありません。現在の議論を述べたいと思います。サイエンティフィック・スポーツを解釈するには,サイエンティフィックとスポーツの2つに分けて考えます。

 まず,サイエンティフィックの部分ですが,英語のscientificつまり「科学の」という意味です。このscientificは,必ずしも科学的方法のみを指しません。例えば,scientific committee「科学委員会」のような用法もあります。サイエンティフィック・スポーツの場合,科学コミュニティの共通基盤という意味でサイエンティフィックという語が使われています。

 次に,スポーツの部分ですが,先述したような身体運動を含む定義は採用されていません。sportという英単語の起源をたどってみますと,disportという単語が短くなったものだということが分かっています(Oxford English Dictionary)。ついでにdisportの意味をOEDで引くと,

Diversion from serious duties; relaxation, recreation; entertainment, amusement. archaic. (Oxford English Dictionary)

となっています。さて,科学コミュニティにおいてserious dutiesとは何でしょうか。要するに本業である研究のことです。つまり,この文脈においてスポーツとは,研究以外の何か(楽しいこと),を指す言葉なのです。

 以上をまとめると,サイエンティフィック・スポーツとは,科学コミュニティにおける共通基盤を使った,研究以外の何か(楽しいこと)を指します。キムワイプ卓球はこれを満たしています。キムワイプ卓球は,「キムワイプ」と「キムワイプ卓球」から構成されていますが,前者がサイエンティフィックの部分で,後者がスポーツの部分です。

 ピペットダーツは,ピペットがサイエンティフィックで,ダーツがスポーツです。シンクロナイズド電気泳動は,電気泳動がサイエンティフィックで,シンクロナイズド(スイミング)がスポーツです。

 こうして一般化に成功した今,数々のサイエンティフィック・スポーツが考案され,実行されないでいます。いくつかご紹介しましょう:「インパクトファクター小説」「JREC-INカラオケ」「PubMed切り絵」「査読ボウリング」。

理論と実験

 キムワイプ卓球はいま,理論と実験を両輪として発展を続けています。当協会では,2016年に査読付きジャーナルScientific Sports誌を創刊しました。また,東京大学キムワイプ卓球会が中心となって毎年5月にキムワイプ卓球研究会が開催されています。当協会は,2018年に国際会議DCSS2018を開催しました。

 今でこそこのような発表の場が用意されるまでに至っていますが,昔から理論キムワイプ卓球は楽しまれてきました。例えば,「キムワイプ卓球で負けた時の言い訳」は2011年に行われた一大ムーブメントでしたが,ここで発表された概念のいくつかは今でも理論キムワイプ卓球の基礎になっています。いくつかご紹介しましょう。

 こうして,キムワイプ卓球そのものを研究する流れが加速しつつある今,サイエンティフィック・スポーツとしてどうなのかという問題提起がなされています。「研究」をサイエンティフィックとし,「キムワイプ卓球」をスポーツとすることでサイエンティフィック・スポーツの定義に当てはめる向きもありますが,本業から離れるという趣旨から逸脱しすぎているのではないかという指摘があります。

終わりに

 キムワイプ卓球は,サイエンティフィック・スポーツというジャンルを確立し,その中で活動の幅を拡げながら今日まで愛されてきました。キムワイプ卓球は皆様の専門性をそのまま持ち込んで楽しんで頂けるサイエンティフィック・スポーツです。より多くの方のご参加をお待ちしております。

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