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片ペン読書録 『日本教育小史 ―近・現代―』

山住正己 著 『日本教育小史 ―近・現代―』 岩波新書363 1987年

1.読書の意図
 もともとは数年前にあった、教育に関する事柄に向けて買ったものだった。しかし、その時は読まずじまいでそのまま積まれることに。今回、これまで空転していた歴史興味がついに動力を伴って回りだしたので、ようやく着手に至った。

2.内容と主張
 本書は開国から1970年代までの教育を叙述する。本書では、社会科、歴史科目を中心に、一貫して国がどのように教育へ介入してきたかに問題意識を持つ。
 開国後、富国強兵の実現という急務を受けて、教育の重要性が広くいわれるようになった。その例が福沢諭吉の『学問のすゝめ』や文部省の設置、学制の公布などである。この当時は個人の立身出世や産業商売の上達といった、国民の教育水準の向上が中心に据えられ、そのため私塾の旺盛がみられた。この他、行政も教科書は民間に任せその地域に即した教育が展開されることを期待した。
 しかし、自由民権運動の高まりから、国の関与が強まる。1879年の教学聖旨では、学制による知識偏重を批判し、徳育に重きを置くべきとした。その後、道徳教育を第一とする改正小学校令、教育勅語が公布された。加えて教科書の検定制、そして国定化など、国による教育の整備が進んでいく。
 国の介入が強まる中、これに対抗する動きが現れる。日露戦争後の大正デモクラシーの風に乗り、個人の個性、能力を育成することに重点を置く「新教育運動」が盛り上がる。これによって、一学級の人数を減らすことや、科学教育の重視といった変化がみられるようになった。また、芸術分野においても『赤い鳥』などの雑誌は、子どもに芸術の豊かさを届けたるとともに、読者の作品を募集し、読者の表現意欲を刺激した。一方、これら文学雑誌を批判して地域社会に目を向け思考力を養おうとする「生活綴方教育」も活発した。
 大正デモクラシーを契機に、様々な思想が花開いた一方で、国による教育への介入は加速する。社旗主義運動の高まりを抑える1906年の文部省訓令、その2年後の戊辰詔書をはじめ、国民精神の養成を重視する声が国会にあがった。また1928年には文部省に学生課が設置される。これは、学生の「思想善導」を緊急の課題とした。その学生課は1934年に思想局に拡大され、1937年には「没我帰一」を唱える『国体の本義』を刊行、全国の小学校卒業生に贈られるなどした。こうして、戦時教育体制が確立されていった。
 その後第二次世界大戦を経て、日本の教育政策はGHQによる体制改革に入る。科学教育の重視、とりわけ公民、歴史科目については科学的見地の重要性を求められた。また、教師による教育研究なども活発となった。しかし、高度経済成長期に入ると、戦後の教育政策は財界、経済界からの要望も含めて保守化が進む。

 著者は日本の教育政策について、往々にして知育偏重が国によって問題視され、道徳教育が推し進められたことを指摘する。その上で、政府主導ではなく、民主的なプロセスによって教育行政は確実な進歩を重ねることができると「おわりに」で述べている。

3.批評、感想
 叙述に少々偏りがみられる節がある感が否めないが、日本教育史の、とりわけ社会科目史性格の1つを体系的に述べているといえよう。それは「思想善導」という言葉が示すような、1つの社会規範の内で人々の教養を高めていこうとしてきたという履歴である。それは戦後においてもみられる。また、その傾向は1996年以降いわれるようになった「生きる力」の養成においても続いていると考える。子どもの個性や思考力を育む、といえども、例えばテスト、偏差値や「協調性」などの重視といったものが、評価を越えて規範として存在しているように思う。
 そのように考えると、現代の教育問題につながるところがあるのではないだろうか。見えぬ規範によって評価の幅が狭められるために、その規範から外れる者が当然出てくる。その規範が学校を、そしてついには社会をも覆ってしまうのならば、誰にとってもいよいよ生きづらい環境となるだろう。そういった意味で、日本教育史は常に社会科を中心にして介入と抵抗が展開されてきたのだと考える。
 教育について議論されるとき、戦前は国家による統制が問題視される。そして、戦後では学力や地域間格差、いじめなど校内環境が主に問題視されている。このように焦点が時代によって移動しているため、関連は薄いものだと私は考えていた。しかしこのようにまとめると、教育は「規範」をつくりだすという特質がある、と考えることができよう。そして、教育による「規範」が、社会をつくり、問題を生じさせる。これは社会全体としていえることであるし、個人の要素としての当人の考え方、行動にもいえる。
 ……だとしたら、教育を受ける環境を選ぶということは、どのようにして考えられるのだろうか。

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