宇多田ヒカルと僕たちの25年を振り返る祝祭 〜HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 宮城公演レポート〜
私がパーソナリティを務める番組『taiking,ふじもとのHello,CULTURE in Podcast.』でもこのライブの完全レポートを喋っています!よければぜひ、お聞きください。
https://profu.link/u/helloculture
色々な音楽を聴いてきた中で、実は宇多田ヒカルを熱心に追うことはなかった。ただ、2016年の活動再開後のアルバムは全て追っていたし、前回の全国ツアー「Laughter in the Dark」は映像を何周も見ていた。漠然と、もしツアーをやってくれるとしたら絶対に行きたい、と決めていた。
夢が叶った。
そんな1日のレポートである。
会場は宮城県利府町にあるセキスイハイムスーパーアリーナ。ここで宇多田ヒカルが歌うのは2006年のツアー以来18年ぶりのこと。
この会場といえば、仙台駅から車で30~40分ほどかかる立地も相まって車か仙台駅発シャトルバスでのアクセスが基本。公共交通機関でのアクセスでは電車とバス・タクシーの乗り継ぎしかないという悪名高い(?)場所でもある。そんなアクセスの悪さからアーティストの平日公演が設定されることは珍しく、2022年10月7日の金曜日に行われたPerfumeの公演では、公演数日前に「チケットが30%しか売れておらず急遽声出しOK公演を行う」という異例の発表を行ったのも記憶に新しい。
※当時はコロナ禍におけるライブルールとして半分以下の収容人数であれば声を出してもOKという自治体ルールが設定されていた。なお、翌日の土曜日の公演はチケットが完売していた。この差。
そんなセキスイハイムスーパーアリーナでも宇多田ヒカルとなればチケットはもちろん完売。ファンの熱量を改めて感じた部分である。
私が会場に到着したのは開場時間を迎えた17時30分頃。今回のツアーは全員QRコード式の電子チケットで入場することになっており、事前に身分証明書の確認及び手荷物検査が行われるなど、かなり厳重なチェック体制での入場となっていた。よって入場ゲートはかなりの混雑となっており、夕方とは言え真夏の蒸し暑い気候の中、人混みで列に並ぶしんどさはかなりあった。
ここで問題だったのはドコモの弱さである。ドコモの携帯で通信障害が起きてしまい、入場に手間取る方が多発していた。自分のその一人だったが、事情を話すと確認ゲートをスルーし、入場ゲート付近のスタッフ用Wi-Fiがつながるところまで案内をしていただけた。良かった~と思っていたのだがなんとこのWi-Fiもつながらず。これ詰んでるやんけ。と困っていたところ、同行していた父のサブ端末でログインすればいいことに気づき難を逃れた。周りにいっぱいいた繋がらなかった人たち、どれくらい待ったのかな・・・。
これは宇多田ヒカルどうこうの問題ではなく、ドコモはどう考えてもユーザー数多いんだから人が集まる場所の電波はもっと強くしてくれや。おい。というドコモへの文句である。これアラバキとかサマソニでもこんな感じだからなあ。
※ちなみに翌日公演の数時間前に「チケット事前表示にご協力を」というアナウンスが公式アプリで発信されていた。運営、素晴らしい。
そんなドコモの悪口はさておき。入場券に印字されていた文字はアリーナ席B3。勝手にスタンド席だと思っていたので(入場口が「スタンド口」なだけだった)面喰いつつ行ってみるとかなり距離感的に近い場所で驚愕。ありがたしありがたし。
スモークが立ち込めるステージには、怪しい赤い光が時折点滅していた。多数の照明板が立ち並び、バンドメンバーの立ち位置がリズム隊とギター・キーボードに別れて配置されている。ステージ上には砂丘のような装飾が施されており、会場内に流れるのは「ゴゴゴゴ・・・」とう重低音のみ。サイエンスフィクション、という言葉の通りの空気を感じる演出である。怪しく点滅する赤い光はスタンリー・キューブリック監督作品『2001年宇宙の旅』に登場するHAL9000を彷彿させるものであり、砂丘とSFチックな造形物のコントラストは、現在パート2まで公開されているドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品『DUNE 砂の惑星』的ともいえる。余談にはなるが、昨年ギタリスト布袋寅泰が開催した全国ツアー『GUITARHYTHM Ⅶ TOUR』でもAIの進化や近未来をコンセプトとしたステージ作りがされており、舞台中央の円形スクリーンにはライブスタートまで赤い光が点滅している演出が行われていた。おそらく引用元は同じ『2001年』であろうと推測でき、いかに同作品がSFというジャンルの金字塔とされているかが窺える。
平日公演かつ電波障害というのもあり、観客の入場に時間がかかっていたため、公演は10〜15分押しの19:45頃にスタート。ステージ上の照明板が激しいノイズ音と主に明滅し、突如暗転。ピアノの単音が一つ一つ鳴り響きながらバンドメンバーが登場。しばらくの後、宇多田ヒカルがついに登場。事前御予想よりもかなり派手な演出に驚いた。
そして始まったのが『time will tell』これはかなり意外。『Letters』『Wait&See ~リスク~』『In My Room』と続いていく最初のセクションは宇多田ヒカルの R&B期を振り返る懐かしいゾーン。『Wait&See ~リスク~』では歌い始めから原曲から雰囲気を変えたアレンジが施されるなど、最新の姿も見せてくれた。ただ、なんといっても一番驚いたのはやはりバンドの出音。全体的なサウンドがロー・ミッドあたりを強調し、まず耳に入ってくる音がベースとドラム、というバランス。スネアドラムの音も「ズバン!」というどっしりした感じで、正直日本のバンドじゃこんな音にしないよな、と言ってしまって良いくらい。こんなにもずっしりした音ながら、宇多田のボーカルはしっかりクリアに抜けて聴こえるし、ギター・キーボードの上物も綺麗に聴こえる。さすがのPA力に驚愕した。音を聴いて思い出したのは2023年にぴあアリーナMMで観たイギリスのバンド THE1975の単独公演だった。リズム隊を軸にクリアなボーカルとバランスよく配置する上物、やはり海外基準の音響テクニックなのだろう。
MCを挟み次のブロックでは今回のベストアルバムで再録されたバージョンの『光』からスタート。よりシリアスで荘厳な雰囲気に変貌したサウンドに合わせ、ステージ演出も真っ赤な照明と立ち上るスモーク、というシンプルかつ圧のあるものになっていた。今回のツアーで印象的な部分は数えきれないほどあるが、やはりステージ演出も忘れてはいけない。前回のツアー「Laughter in the Dark」では、極力派手な演出をしない「引き算」のステージであったが、今回は適度に派手ながら、決して邪魔はしない、かなり絶妙なバランス感を保っているように感じた。
そんな『光』を経て披露されたのはこれまた意外な選曲『For You』、そして最高のサプライズの一つと言っていいm-flo remix 版『DISTANCE』!正直私はこのバージョンの存在を知らなかったため、イントロから「とんでもないライブアレンジが始まってしまった・・・」と呆気に取られていた。お恥ずかしい。でもある意味ではこれをライブで初めて浴びた、という幸せな体験とも言えるかもしれない。ここから流れ込んでいく再録版『traveling』は完璧であった。大ヒットかつ代表曲というのもあり、イントロが始まった瞬間のどよめき・会場の盛り上がりも含め、前半のハイライトとも言える場面だった。
そこからセンターステージに移動し「落ち着いた曲を」と始めたのが『First Love』ここに配置してくるか!という意外性を感じたが、これをやってもなお名曲がまだまだ控えている宇多田ヒカルのディスコグラフィーに恐ろしさすら感じた。ライブに向けて宇多田ヒカルの楽曲を聴いている中で、やはりこの曲を聴くと「俺、これを実際に聴けるのヤバすぎるな・・・」としみじみ感じていた。さて、本当にこの曲をライブで聴いてみると、ようやく「本当に自分は宇多田ヒカルを見ている・・・」という実感がじわじわと湧いてくるような、そんな感覚もあった。そして始まった『Beautiful World』はエヴァファンとしては大変嬉しい選曲。
選曲の意外さでいうとこの次のブロックが一番だったかもしれない。『COLORS』『ぼくはくま』『Keep Tryin'』『Kiss & Cry』『誰かの願いが叶うころ』と続く5曲、まず前提としてベストに収録されている曲が『COLORS』だけであるし、可愛くも異色な楽曲である『ぼくはくま』をライブで披露するとは!という驚きが。個人的には前回にツアーの映像を見て『Kiss & Cry』のライブバージョンが最高に好きだったので、実際に聞けて大変嬉しかった。ブロックの最後に披露されたのは『誰かの願いが叶うころ』かなりシリアスかつ壮大な曲であるが、混沌とした時代に歌い上げられるこの楽曲に強いメッセージ性も感じた。スクリーンに映し出された大小様々な人のシルエットも、ここにいない誰か、を彷彿させられるような切ない演出であった。
歌が終わり、幕間の映像が流れる。これがまた緩い映像ながら難解な展開のアニメーションだった。簡単にまとめれば、くまのキャラクターが宇多田ヒカルの脳内?的な抽象世界を旅していき、思考、そしてDNAの奥底まで潜っていく・・・みたいな。。。。すみません。メチャクチャに言葉にまとめるのが難しい映像でした。
ただ、この映像を見て思い出したのが、去年公開された宮崎駿監督作『君たちはどう生きるか』だった。主人公が、抽象的な世界を旅しつつ(船に乗って海を渡るシーンも共通している)思考を巡る、と言った展開に何か似たものを感じたのである。『君たち』は宮崎駿の脳内や自身を抽象的に映像化した物語と言えるものであったし、このツアーの映像も『創作の旅』を抽象的にアニメーション化したものと感じた。そういう意味で何か共通点があった結果なのかもしれない。こんな考察、多分自分しかやっていない。笑
そしてセンターステージにカラフルな衣装を見に纏い歌い始まった『BADモード』!ここからは活動再開後の新しい曲のフェーズとなっていたが、改めて宇多田ヒカルの最近のモードがいかに強いか、というのも感じるものであった。『あなた』では歌い始めでミスがあり、歌い直す、というハプニングもありながらその次に披露された『花束を君に』が個人的一番のハイライトであった。ただ、深い理由はとくにない。自分自身がとにかく一番好きな曲だから、というそれだけ。こんなにも美しく切なく、でも温かい歌詞世界とメロディー・サウンドの楽曲が他にあるだろうか。とにかく大好きな曲なのである。生で聞けた嬉しさを噛み締めながら、じんわりと涙を浮かべた瞬間だった。
ラスト3曲の『何色でもない花』『One Last Kiss』『君に夢中』は近年の楽曲の中でもハードなエレクトロサウンド楽曲と言える。エヴァファンとしては生で聴く『One Last Kiss』に感動したわけだが、アウトロに行くにつれて増幅していく音圧に圧倒されてもいた。最後の楽曲に『君に夢中』を選んでくるあたりも宇多田ヒカルのセンスを感じてしまった。
そんな流れであっという間に終わってしまった本編。5分強のインターバルを経て始まったアンコール1曲目は新曲である『Electricity』はやはり強かった。譜割りの凄さ、というデビュー曲『Automatic』以来持ち合わせ続けている凄みを最新の形で見せてくれるこの曲だが、ライブで聴くことでよりダンサブルに楽しめるサウンドにもなっており、最新も良さもしっかり見せてくれた嬉しさも。
そして最後の楽曲はやはり『Automatic』しかもイントロではMVのオマージュで椅子に座り登場する演出!これはもう歓声を上げざるを得なかった。そりゃこの曲でライブが締まることは分かっているようなものだが、ライブのエンドロールとしても完璧に機能する曲だな、と感じた。『First Love』に続き「俺本当に宇多田ヒカル見てるな・・・・」と実感できる名曲だった。
そんなこんなであっという間に終わってしまった全23曲。約2時間20分。
このツアーを端的に言い表すなら「祝祭」だなと自分は思う。
MCの中で宇多田は「自分の25周年を祝うというよりも、楽曲と共に歩んできてくれたみんなの25年を祝いたい」といった趣旨の発言をしていた。まさにその通りのライブだったのではないだろうか。宇多田ヒカルという、日本で唯一無二の、そして誰もが知っているシンガー。25年という節目を宇多田もファンである我々も互いに祝いあう、そんな多幸感あふれるステージとして上手くまとまっていたな、と感じる。歴史をほぼ時系列順に追いながら、全体的なサウンド感は最新のかっこよさで包み、宇多田ヒカル本人はいつも通りの緩さ・自然体でもてなしてくれる。とにかく幸せなライブであった。
ライブを観ながら、本気で「ああ、こんなにすごいライブはもう今後出会うことはないだろうな」と感じていた。もちろん、滅多にライブをしない宇多田ヒカルのツアーだからという意味もあるが、パフォーマンスからステージ演出、音響に至るまで、コンサートとしての完成度がやはり群を抜いていたし、他と比べようの無い完璧な内容だったと改めて思う。
このツアーに参加できてよかったし、宇多田ヒカルというアーティストがこの日本に存在してくれてありがとう、という気持ちも生まれた時間であった。僕はこれからも彼女の楽曲を聴き続けるし、もしまたツアーがあるならば、何が何でも行きたい、と思った。
最高。マジで、最高でした。
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