抽象 具象 ダミアン・ハースト
Ephemeral 儚い
ダミアン・ハーストの「桜」を見た最初の印象です。
しかしこの言葉が浮かんだのが、本当にこの作品から来たものなのか、
「桜」と言うテーマからくる自分の中にある「桜」のイメージが単に出てきたのか。
テーマが「桜」でなかったら違うイメージだったのか。
3月3日の朝刊の広告が目に入ってきました。
「現代アートの展示会が全面広告になっている!」
自分の中では、この展示会がアナウンスされてからすごく楽しみにしていました。
でも「そんなにメジャーなの?」
で、10時過ぎにとっとことっとこ六本木から歩いて国立新美術館へ。
おーっ!
中に入ってチケット売り場を見たら、長蛇まで行かないけれど列をなしているではないですか!
ん?
違った。
「メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年」のチケット売り場でした。
今だと11時からなら入れます!ですって!
さすが人気ありますね~
英国ゴールドスミス・カレッジのレイチェル・ホワイトリード、トレイシー・エミン、ダグラス・ゴードン、クリス・オフィリらと共に世に出てきたダミアン・ハースト。
1990年代に英国でこのようなアーティストたちが幾人も出てきた背景はどのようなものがあったのでしょうか。
デイヴィッド・コッティントン著「現代アート入門 Modern Art」には、一番はじめにレイチェル・ホワイトリードのモニュメントに触れています。
ロンドンのトラファルガー広場にある第4の台座に設置された作品は、公衆の冷やかしと業界人の擁護とでモダン・アートが散々だった様子から書き出されています。
モダン・アートの最新作がお披露目されるたびに、軽蔑する言葉と共にテートで行われるターナー賞の展示会では来場者数の記録を作っていったりと、社会的な注目を集めていたことは、日本のアート界からは窺い知れない現象でした。
そんな時のダミアン・ハーストは、
「The Physical Impossibility in the Mind of Someone Living」でターナー賞にノミネートされていました。
ホルムアルデヒドに保存されたサメです。
その後、牛や羊なども。
牛でターナー賞を受賞しました。
ティム・マーロウとのインタビューでダミアン・ハーストは、
はじめドローイングは古臭くカッコ悪いものだと思っていたので、インスタレーションをしていた、と言う旨の発言をしています。
絵画を否定して視覚言語として捉えることが難しいと思っている中で生まれた、「スポット・ペインティング」。完璧なスポットを追求しています。
1992年からの「スピン・ペインティング」のシリーズでは、描くことを機械に委ねています。
続いて「ビジュアルキャンディ」や「カラー・スペース・ペインティング」へ。
そこから奥行きのある抽象画「ベールペインティング」へ続き、今回の「桜」と。
こうして振り返ってみるとダミアン・ハーストの作品は、
絵画史を逆流しているように思えます。
四角いキャンバスに同じ大きさの円が等間隔に並んでいる抽象的な作品が、円が筆のタッチに変わり、奥行きが空間を作り、木の枝が出てきたことで、具象の絵画になってきました。
ジャクソン・ポロックのように中心がない構図でありながら、床には置かず壁に立てかけて描いてる。
日本画のように、光で立体を描くのではなく固有のカラーを描いてる。
アイルランドのフランシス・ベーコンのようにパレットを使わないでマチエールにこだわって描いてる。
モダン・アートでは当たり前になっているスタッフが主に制作してきたと言われる作品とは打って変わって、ダミアン・ハースト自らが一人で絵筆をとって描いてる。
今まで描きたくても描けなかった「絵」が描けるようになったと言います。
今回の作品をみると、ダミアン・ハーストが夢中になって描いたと言っているその熱量がものすごく伝わってきます。
「桜」という絵画の世界ではありふれたテーマをあえて取り上げて、ここまで昇華させた作品は一見の価値がありますね。
Ephemeral 儚い
ダミアン・ハーストがこれまで扱ってきた「生と死」のテーマがここにもあるのでしょうか。
作品によって、青空の色が微妙に違うのが素晴らしい!
と言う話でした。