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コミュニティの一員となるためにどんなことをしてきたのか

TL;DR 小さな「うっ」は成長のチャンス by miholovesq

こういう話ってどうしてもN=1のことなので、あまり書いても仕方ないかな…… と思ってたんですが、もしかしたら参考になる人もいるかもしれないので書き出してみることにしました。

コミュニティとの出会い

初めてアジャイルコミュニティと出会ったのはRSGT 2023でした。この時私は同僚の遠藤さんに誘われて、「自分で行こうとは思わないけど会社公認で行けるなら行こうかな〜」くらいのノリで手を挙げました。RSGT本会の前には遠藤さんが一緒に行くメンバーに楽しんでもらえるよう社内で色々と仕掛けをしていて、そのうちの一つが笹健太さんをお呼びして事前勉強会を実施する」というものでした。内容としては事前勉強会までに当日のスケジュールを眺めて、気になるセッションがあったらそれを共有して、セッション以外にもどんな楽しみ方があるのかをインプットしていただくという場でした。今から思えばめちゃくちゃいい仕掛けだったんですが当時の私は「うーん、よくわかんない!」という感じでした。ただ初対面の笹さんの印象が強く心に残っていて、スポンサーブースも出されているということでご挨拶に行こうと決めていました。今からふりかえるとこれが運命の分かれ道になりました。

約1ヶ月後に現地に行ったわけですが、初日のキーノート、David Bernsteinによる「Five Practices for Building Software with Scrum」に衝撃を受けて「チームにXPのプラクティスを浸透させるためにどうしたらいいか?」という質問をしに真っ先に手を挙げました。「ピンクの髪をした日本人の女が」「英語話者によるキーノートで」「真っ先に英語で質問をする」という構図はおそらく色々な意味で衝撃だったのではないかと思います。Davidからは「ペアプロやモブプロを通じて実践的に広めてみよう」という回答をいただき「ああそうか、ペアやモブにはそういう効果もあるのか」と実に初心者らしい気づきを得たのを今でも覚えています。

キーノートの後もいくつかセッションを聞いて回ったら情報のインプットで脳が疲れてしまい、事前勉強会でお世話になった笹さんにご挨拶をするためにスポンサーブースに向かいました。するとそこには(記憶が正しければ)笹さんはおらず、安田さんJKさんがいらっしゃいました。その時点でちょっと「うっ」となったんですが、「笹さんは今どちらでしょう?」と勇気を出して声をかけてみました。すると「今はいないんですけどもう戻ると思いますよ〜」という会話をしながら特にJKさんが初参加の私を気遣って色々と教えてくれました。「Coaches Clinicにも行くといいよ〜」という話だったり、その辺の知り合いを捕まえて私を紹介してくださったり、スポンサーブースを一緒に回ってくださったり。この時、朝に思い切って質問をしたのが功を奏していて「ああ!今朝ファーストペンギンをしてたあの!」「ピンクの髪の人!見てました!」と存在を認知してもらえていました。

たくさんの人に出会った中で私の運命を変えたのが「頭取」こと松崎さんでした。この時頭取は初めて開催となる「スクラムフェス福岡」に向けてセッションのプロポーザルを募集していて、(たぶん冗談で)「プロポーザルを書いてくださいよ!」と言われました。ここでも若干「うっ」となったんですが、弊社のエンジニアメンバーほぼ全員が来て持ち帰った学びって実は結構いい話なのでは?」と気付き、後日のOSTでスクフェス福岡のプロポーザル相談のトピックに飛び込んで提案してみたところ「良さそう」という感触が得られました。

その後は二日目のLyssa Adkinsによるキーノートでも「これからアジャイルの世界に飛び込もうとしている私はどうしたらいいか?」と真っ先に質問して「あなたはもう変わる途上にいる、だってこうして真っ先に質問しに来ているじゃない」という熱いレスポンスをもらいました。あの時にもらった勇気は今でも私を支えてくれています。そして2日連続でファーストペンギンをしたことで「英語で真っ先に質問する人」というキャラ付けが完成しました。

はじめての親友

さて、RSGTを終え早速プロポーザルを書き紆余曲折ありありがたいことにセッションを採択していただきました。晴れて私はスクラムフェス福岡2023の参加が決定し現地で登壇する運びとなりました。スクラムフェス福岡はRSGTとはまた違った参加者同士の距離が更に近い濃密な場で、気がついたら帰りの新幹線に乗っていました。

でも今回の話で一番重要なのが「スクラムフェス福岡で初めての親友ができたこと」でした。それは他でもない関西仲間のミツカワさんです。スクラムフェス福岡に参加時点で「戦友」とも呼べる初登壇仲間の烏帽子さん(にしうちさん)とおーのAさんがいたのですが、最初に「親友」になったのはミツカワさんだと思っています。

ミツカワさんは登壇後に話しかけてくれて、「一緒にFEARLESS CHANGEの読書会しましょうよ!」と誘ってくれたのです。この読書会をきっかけに本当にたくさんの人と交流が生まれて(ぴろさん、小泉さん、けんじーさん、98lerrさん、いしはらさん、てるなさん、玉子寿司さん)そのおかげでコミュニティへの帰属意識を持ち続けることができました。その他にも「関西スクラム女子会」と銘打って烏帽子さんやAkiさんと親交を深めたり、devlove関西のイベントに誘ってもらってyohさんと交流が始まったり、忘年会でC葉さんとお話したりとたくさんの出会いをもたらしてくれました。またRSGT 2025にスタッフとして参加しようと思ったのも前年にミツカワさんがスタッフをやられていたと知ったことも影響しています。私はどれだけミツカワさんに助けられてるんだ?

私なりの貢献の形

2023年は結果的に沖縄以外のすべてのスクラムフェスに参加するほど熱心にコミュニティに関わりました。そしてRSGT 2024に参加してこの時も蓋を開けてみたら「真っ先に英語で質問する人」になりました。ただ、この頃からコミュニティに関わり始めて1年が経過したこともあり「初心者マーク」が外れはじめていました。同時に「初心者のゲタ」が外れ始めながらも「初心者ならでは」を外したトピックをアウトプットできずまる1年ほどROM専をしていました。

それでも私はRSGT 2025には行くことを決めていました。理由は「スタッフとして貢献したい」と思っていたからです。スタッフになろうと思った背景にはRSGT 2024でのとある出来事が関係しています。

RSGT 2024 Day 3のOST、私は特に自分でテーマ出しはせずにテーブルからテーブルへ蝶として色々回ってみようと思っていました。ところが(記憶が確かなら)朝に受付の付近でギャザリングをしている時に美穂さんに声をかけられ「海外から参加した二人をOSTのテーマ出しのときにアテンドしてほしい」と言われました。英語で会話をすることに抵抗がない上にテーマ出しをするつもりがなく暇だったので、見知らぬ人と過ごすということには「うっ」と感じつつも運営として忙しい美穂さんの助けになれるならと思いその申し出を受けました。この時にアテンドした二人のうちMichaelというシンガポールから来ていた方は同じくシンガポール在住のJodieと一緒にRSGT 2025で「CowTopia」というワークショップを開催してくれました。遠路はるばる来てくださった二人と世間話をしながらRSGTでのOSTの熱量の高さや話そうと思っているトピックについて会話しているうちに「スタッフとして参加すればもっとこういう貢献ができるかもしれない」と思うようになりました。

そしてスタッフに

そんなこんなで1年が過ぎて、採択いただいたことでRSGT 2025にスタッフ参加することが叶いました。会期中は主に英語セッションの部屋付きや英語話者のサポートを中心に立ち回るつもりで当日を迎えたのですが、Day 0でまたも美穂さんから「川口さんがオープニングトークで話したことを英語で伝えてもらえると川口さんが助かるかも」と提案されました。これがここ二年で一番の「うっ」だったような気がします。でもここで引いたら女が廃る、というか「小さな『うっ』は成長のチャンス」と説いてくれたご本人から言われた以上、「これはやるしかない!」と覚悟を決めました。

川口さんにそのことを提案し、最初は「いや、適当にやるんでいいですよ〜」と仰ってたのですが私の覚悟を知ってか否か(?)「通訳じゃなくてなんとなく話してる内容をことねさんの言葉で喋ってくれていいですよ」と言っていただきました。かくして朝に内容確認のための軽い打ち合わせをして壇上に上がりました。大勢の目線を浴びることになるので緊張してしまうのではと思っていましたが不思議とそんなことはなく、心做しか例年よりもキレキレだった気がする川口さんのオープニングトークに負けじと英語で会の説明をこなしました。

規模が大きなRSGTは当然セッションのためにプロの通訳さんを起用していますし、現地には通訳をヘルプしてくださるセスさんもいましたし日英バイリンガルの方もいらっしゃったはずです。でも「アジャイルコミュニティが大好き」で「川口さんが大好き」で「スタッフとしてコミットする強い意志がある」からこそ務まった役だったのかなと手前味噌ながら思っています。廊下でのギャザリングやEnglish Speaker's Dinnerや帰り際に英語話者の皆さんから「わかりやすくて良かったよ!」「素敵だったよ!」と言っていただけたり、二日目のクリエーションライン様のスポンサーセッションが披露した寸劇の解説にJeff Pattonが大喜びしていたり、MichaelやJodieと100分のワークショップを一緒に作り上げることに貢献できたり、ようやく私からコミュニティに何かをGiveできたような気がしました。誤解を恐れずに言うなら「私が行動したことで場がより良くなった」と胸を張れる経験でした。

エッジを超える勇気

思い返すとエッジは色々なところにありました。RSGT 2023に参加しますと手を挙げたこと。事前勉強会で知り合った笹さんに挨拶をしにいったこと。臆さずにたくさん質問をしたこと。思い切ってプロポーザルを書いてみたこと。継続的にコミュニティに顔を出してみたこと。海外参加者にアテンドしてみたこと。スタッフに手を挙げてみたこと。どれか一つでも欠けていたら今の私はなかったでしょう。気が付いていない場所にもっと機会があったのかもしれませんが、それでも私は数多くのエッジを超えて来ました。そしてそれらのエッジの一つ一つは勇気を出して乗り越えてきました。Lyssaに言われた「あなたはもう変わろうとしている」という言葉とDaniel Maslynに言われた「僕が失望するのは君が挑戦することを辞めた時だけだよ」という言葉が「うっ」と思った時に私の背中を優しく押してくれました。

『勇気』とは『怖さ』を知ることッ!
『恐怖』を我が物とすることじゃあッ!
(中略)
人間讃歌は『勇気』の讃歌ッ!!

人間のすばらしさは勇気のすばらしさ!!

ウィル・A・ツェペリ - ジョジョの奇妙な冒険

エッジを超える時、私はいつでも怖いと思いました。それでも勇気を持って超えることで新しい景色を見ることができました。それは一つの成長の形であり、これから死ぬまでずっとこの気持ちを味わい続けることができることにいつしかワクワクを覚えるようになりました。「勇気」はスクラムの価値基準の一つです、結果はどうあれコミュニティはその「勇気」を称えてくれます。アジャイルコミュニティでこそ「勇気」を発揮しないわけにはいかないと自分に言い聞かせ、無理はしない範囲で「今なら超えられる」と思うエッジをこれからも超えていこうと思います。

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