不思議な感覚
子どもが誕生して約二日が経った。
もちろんまだ帰って来ていないが、土曜日ということでヘッダーの写真にある、ベビーバスとバランスボールに空気入れるなどした。
抱きながらバランスボールでぽわんぽわんすると心地よいとか。
妻からはありがたいことに写真や動画がちょこちょこ送られてくる。そして、その都度、「ああ、自分の子どもだ。」とほっとするような、再認識するような感覚を覚える。
こんな風に書くと、自分の子どものことを忘れているのか?と薄情に思われるかもしれないが、まだ抱くどころか、会うことすらできていないのだ。
「ほっとする。」とは、なんとも不思議な感覚である。そして、同じ動画を何度も見返しては、うんうん、と内心。
FacebookやInstagram(TwitterはそのSNSの性質からかあまり見かけない)で毎日のように見かけるようになった友達の子ども。
中には一度も会ったことがないのに、その成長ぶりを感じる子さえいる。
もちろんスパンとしては半年とか一年、二年というレベルだけど、それでも一日一日成長する我が子の最初の5日を直接見れないというのはなんとももどかしい。
赤ちゃんの顔の分類の話
この前、しゃべくり007で女優の菅野美穂さんが、生まれたばかりの赤ちゃんの顔はガッツ石松派か、朝青龍派かに分かれる、といったようなことを言っていた。
調べてみるとマスターヨーダ(STAR WARS)だとか、仏像だとか、ひふみんだとか、まあいろいろ出てくるけど、いずれにしてもある程度成長したらその分類から更に派生していく。
それでもはじめの一歩はみんなだいたい同じというのは面白い。
それなのに「うちの子が一番かわいい」と言う親が多いというのは更に面白い。「かわいい」にはある種のバイアスがかかっている、ということなのだろうか。
そんなことを考えながら土曜を過ごしている。