ジャニーズ問題。タレントは被害者か?

嵐の櫻井さんがキャスターを務める番組で、ジャニー喜多川氏の性加害疑惑問題のコーナーで、フレームアウトしたことにバッシングが集まっているようです。

最初は、私も一視聴者として「これはズルい!」との印象を持ってしまいました。
しかし、複数の視点からの意見を見聞きするうちに、「(櫻井さんに限らず)ジャニーズタレントは、関係者と見るか、被害者と見るかによって全く異なる」ことに気づきました。

冒頭の「櫻井さんの行動」についても、二つの構図で書いてみると、全く印象が異なることに気付きます。

見方によって全く異なる2つの構図

A. 問題の組織に属している人が、事態の関係者(少なくとも影響範囲にいる者)であるにも関わらず、報道番組の当該コーナーでフレームアウトした。

B. 被害者または被害者に極めて近しい人が、番組で意見を求められるようなシチュエーションになったため、フレームアウトした。

世の中で、いわゆるバッシングが起きているのは、Aに近い構図で見ているのではないでしょうか?
しかし、Bの構図で見た場合、「被害者保護」の視点も少なからず必要だと思うのです。それどころか、これまでマスコミは、報道の自由の名のもとに被害者宅に押し掛けるなど、大いに反省すべき過去(現在進行形である)があります。ましてや、名のあるタレントの発言を機に、「あの人も被害者なんだ」と好奇の目で見られることは、被害者にとって耐え難い苦痛です。

ただし、一概にバッシングしている側がおかしいのかと言えば、そう言いきれない理由として、「成功したジャニーズタレントは、社会的強者である(世間一般にみて)」という、これまた別の構図があるからです。「知っていて隠しているならば、共犯者ではないか?」…この理屈も理解できます。

しかし、現在は成功したタレントであっても、仮に被害にあっていた時には、「デビューという生殺与奪権を握られた組織内の弱者」です(露出が増えた今もそうである可能性もある)。

「芸能人」という社会的強者に映る職業ゆえ、批判されたり暴かれたりすることも当たり前になりがちですが、「もし自分が10代の頃に逆らえない相手から性的暴行をされていたら…」と想像するだけで、被害者(または被害者に近い者)の心労はあまりに重い。

「被害者に配慮して、あまり追及するな」と言っているわけではありません。私も、テレビを中心に大手マスコミのご都合主義は大嫌いです。正義面して、叩くのは弱い相手だけ。国やスポンサーには過剰に忖度して、事実もスルー。
それでも今回こそはと、忸怩たる思いも持っているテレビマンがいて、少しずつ報道もされている。ジャーナリズムの正義感を見つめ直して(ニュースバリューだけでなく)、しっかり追及してほしいところです。

そして、我々視聴者側も、メディアのつくる構図に煽られないことは勿論、ネットで炎上しがちな構図にも煽られることがないよう、多面的な見方をしたいものです。


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