ショートショート 会社員は何の夢を見るか
彼は夢に悩まされていた。
夢というのは将来なりたいものの話ではない。
(もっとも、将来、今の会社に勤めたまま何も成し遂げられずに年を取っていく人生に意味はあるのかーといった悩みはほかの人たちと同じように持っていたが)
毎晩、いや、正確には目覚める直前、つまり毎朝見る夢。
妙にリアルな夢だった。
新しく大口の契約が取れた。難しい取引先だったが、じっくり時間をかけて外堀を埋め、会社の業績を大きく伸ばすことにつながり、彼の未来も明るい…取締役会で社長から表彰状と金一封を受け取ったところで、いつも目が覚めるのだった。
そんな夢を見て、初めのころは彼も悪い気はしていなかった。
むしろ何かいいことを暗示する予知夢ではないかと、仕事に対する意欲も向上していた。しかし、すぐに夢と現実とが果てしなく乖離していることを知ることになった。毎朝、彼は成功を収めたが、すぐに目が覚めた。現実に仕事をすれば何事もなく終わり、平凡に毎日が過ぎていく。いや、日がたつにつれて、何事もないどころか少しずつミスをするようになった。あの成功体験はいつ本当に起こるのかと焦り、注意が散漫になってしまう。あとは早かった。ミスが重なり、仕事が増え、残業が長くなる。家に帰るのが遅くなれば睡眠時間は減り、また次の日は同じことだ。むしろもっと悪くなる。それでも不思議なことに、彼は毎朝決まってあの夢を見た。
実は同じころ、各地で彼のようなサラリーマンが増えていた。
彼らは互いには知らなかったが、みんな同じ夢を見て、同じように夢の通りにならない現実にいらつき、仕事はできなくなっていった。
私は今、彼らに何が起きていたのかを調べているが、精神科を当たってみても同様のケースはここ数年は確認されていない。
誰かがいたずらに何らかの電波か薬品か、あるいは催眠のようなものを使って同じ夢を見せていたのだと仮定しているが、いったい何のために?
私はある仮説を立てて、研究を進めている。
「親切」だったのではないかと。
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