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対面だから触れられた、”トランプの票田”出身の上司の矜持
昨年末に久しぶりに部署のオフサイト会議が開催された。私はとある中小のIT企業のFP&A(Financial Planning and Analytics)で働いているのだが、そこのリーダーたちとサンフランシスコのホテルに2日こもって会議を実施した。ほぼ毎日のようにZOOMやSlackでやりとりをしている人たちだが、やはり顔を突き合わせて、オフィス以外でみっちり会議をすることの価値は計り知れない。
私の上司であるFP&Aのリーダーが「折角顔を合わせ、オフサイトで会議をするんだから、もっとパーソナルなことも含めて仲間のことを理解しあおうじゃないか」と提案し、オフサイト会議のはじめの2時間という時間を自己紹介にさいた。もちろん、彼も自分のことを紹介したのだが、「そんな言い方するんだぁ」という言葉があったので紹介したい。冒頭に彼が自分の出自について話す時に、
I was born in Ohio, and I come from a typical blue-background. My parents were manual laborers and worked real no-nonsense hard work. Now, I live in Seattle, but my roots are firmly planted in the Midwest.
俺は生まれはオハイオ州で、典型的な労働者階級の家庭で育ったんだよね。うちの両親は肉体労働者で、とにかくめちゃくちゃ一生懸命働いていたね。今でこそ、ワシントン州のシアトルに住んでるけど、俺のルーツは中西部にあるんだよね。
この”blue-background”というのは初めて聞いた表現だった。彼の経歴はUCLAを卒業し、ニューヨークの投資銀行を経て、テック企業を数社渡り歩くという典型的なエリートコース。ポリコレを無視して言ってしまえば、「アメリカの大きな企業の上層部によくいる、ぱきぱきに頭のきれる白人」を地で行く人だ。
そんな彼の華麗な経歴と"blue-background"という字面からすると「民主党支持」みたいなニュアンスにも聞こえる。が、オハイオ州ときて、両親が肉体労働者だから、ここで言う「blue」は民主党の青ではなく、「Blue-Collar(ブルーカラー)」の青だとわかる。「労働者階級の家庭の出身のことをこんな風に言うんだ」と勉強になった(なお、オハイオ州で労働者階級というとまさにトランプの票田である)。
彼は、アメリカ人の中では珍しく週末もめちゃくちゃ仕事をするのだが、それはニューヨークの投資銀行でもまれたということ以外に、ご両親が働き者だったから、それを受け継いでいるようにも想像できる。
また、彼はアメリカ企業のお偉いさんで、エリートコースを歩んでいる割には、結構言葉遣いが汚い。日常業務の中でも「Shit」の利用度が他のエグゼクティヴと比較して高いので、不思議だなぁと思っていたのだが、言葉使いには家庭環境の影響が大きいので何となく納得してしまった。
なお、私の体感としては、目上の人の前では「Shit」や「Fワード」を使うアメリカ人は非常に少ない。会議がくだけてきた感じになった時に、一番上の人がそれらの言葉を使い、少しその場が和み、他の人も遠慮がちに使い始めるという流れが多いように思う。
その会議では、彼が最上位であるということと、オフサイトという解放感がさせたのか、いつも以上に絶好調で、
Here are my two stupid dogs.
これは、俺が飼っている2匹のアホ犬どもなんだけど。(自己紹介で自分の家族と犬を紹介する時の表現)
I used to be such an asshole.
昔の俺って本当に最低だったんだよね。
Oh, that’s total shit.
あぁ、それはくそったれなやつだな。
とスラングと汚い言葉全開だった。「折角のオフサイトだから気楽にオープンにいこうぜ」というトーンで場を和ませようというより、「あぁ、マジで素でしゃべってるやつだな」という印象だった。そういう彼の一面が興味深いと共に、言葉回しが面白く静かにウケていた。
UCLA卒業でニューヨークの投資銀行でもまれた上司っていうと少し近寄りがたいところがあるけど、顔を2日間突き合わせて、一緒にお酒を飲むとやはり強く相手のことがわかるので、仕事もしやすくなる。
彼がオハイオ州の中西部の労働者階級をルーツに持つと語るのは、まるで「俺は今でこそエリート面して偉そうな肩書持っているが、そういうルーツにこそ俺の誇りがあるからよろしく」とメッセージにも感じた。
オハイオ州で労働者階級といえば、まさにトランプ支持の票田であるが、それは彼にとって政治的な発言ではなく、『一生懸命に働いて自分の道を切り開く』という、彼の価値観の現れなのだろう(なお、はっきりは聞いていないが、今までの言動から彼は民主党支持っぽい)。
何気ない発言や所作から、その人のバックグラウンドや価値観が垣間見えるものだ。これこそ対面の醍醐味だと改めて思う。顔を突き合わせて、同じ時間と空間を共有することで、言葉では伝わりきらない何かが伝わる。それが、普段のコミュニケーションをより強固にし、仕事のしやすさにもつながっていくのだろう。