
『赤と青のガウン 〜 オックスフォード留学気』(彬子女王殿下)(2025.2.16 読了)
この本を買った数ヶ月前のことはあまり詳しく覚えていませんが、Web で注文した本を受け取りに地元の紀伊國屋書店に行ったときに、レジの近くに平積みになっていた、徳仁親王(っていうか天皇陛下)の『テムズとともに 〜 英国の二年間』(新装復刊)の横に、同じく平積みになっていたのが目に留まって、二冊まとめて衝動買いしたと思います。
例によってしばらく積ん読した後、先に読み始めたのは『テムズとともに』でしたが、なぜか『赤と青のガウン』の方を先に読み終わりました。
読んでみて改めて分かったのは、オックスフォードの博士課程では皇族であっても特別扱いされないということでした。博士論文の執筆にかかった最後の一年間ではストレス性胃炎になるほどご苦労をされた様子が、実に詳細に、取り繕うことなく記述されています。私自身が博士論文をまとめきれずに中退となってしまった経験とも重なって、論文をまとめることの大変さがとてもリアルに伝わってきました。
もちろん皇族ならではの人脈に恵まれた状況も書かれていましたが、逆に皇族であるからこその苦労話(例えば留学終了の扱いについて宮内庁に抗議したことなど)や、寬仁親王殿下との間のやりとりについても、ここまで書いていいのか?と感じるほど具体的に書かれていて、皇族の方々に対する距離感が少し縮まった感じがしました。
ところで、この本の帯にはこんなフレーズが書かれています。

このフレーズからどのような印象を受けるかは人それぞれだと思いますが、私は書店でこれを読んだとき、常に護衛に守られて窮屈な思いをしていた状況から、留学先で自由になった、ポジティブな開放感が表現された文だと感じました。人によっては「やっぱり自分と違う世界で生きている人の本なんだな」と距離感を感じるかもしれません。
ところが読み進めていくと、上のフレーズが次のような場面で登場して驚きました。
留学当初、いちばん辛いと感じたのは、いつも一緒だった側衛がいなくなったことだった。日本から送ってくれた側衛が帰り、オックスフォードの寮で一人になったときのさびしさは言葉にしがたいものであった。(中略)一般の方には考えられないことだと思うけれど、生まれて初めて一人で街を歩いたのは日本ではなくオックスフォードだった。お店のショーウィンドウで気のなるものをみつけ、後ろを振り返って誰もいないことに気づいたときの、なんだか穴がぽっかりあいてしまったような気持ちはいまでもよく覚えている。
全然印象が違うじゃないですか。一人で異国にやってきた寂しさを表現された文だったんですね。このフレーズを抜き出して帯に使ったことが果たして良かったのか疑問を感じましたが、いずれにしてもこのような、ある意味でネガティブな部分まで具体的に書かれていることから、殿下のお人柄が伝わってくる感じがします。これも殿下が p. 346 で述べておられる「説明責任」のひとつなのかもしれません。
本書の中で最も驚いたのは、彬子女王殿下が大英博物館で法隆寺金堂壁画の写しを発見された場面でした。このようなものが、整理が追いつかず所在が把握されないまま人知れず眠っていたとのことで、大英博物館の所蔵品の膨大さが伺い知れましたし、そのような仕事の機会に恵まれたことが少々うらやましくもありました。
また、本書を読み進めている間ずっと感じていたのは、留学期間を通して教えを請うたり助けられたりした方々に対する感謝がとても丁寧に綴られているということです。こういうところからもお人柄が感じられます。
私が買ったのは文庫版なので、「文庫版へのあとがき」という嬉しいオマケもついています。本書は twitter でバズったのがきっかけで文庫版が出たそうですが(私はバズっていたときのことは知りませんでしたが)、その時の状況も次のように書かれています。
PHP 研究所に恐る恐る「重版はしていただけないのでしょうか?」と聞いてみた。すると、使用した用紙の生産中止などもあって、「採算が取れないので従来の単行本としては難しいけれど、文庫版であれば」というお返事をいただき、めでたくこの度文庫版として『赤と青のガウン』が生まれ変わることになったのである。(中略)再販の端緒を開いてくださった Tweet 主様には、心から感謝したい。
たとえ皇族の方のご希望とはいえ安易に重版できない出版業界の厳しい事情が垣間見えます。このような裏事情を披露してくださるのも、ちょっとした読者サービスでしょうか。
本文と関係ありませんが自分の著書の宣伝です。