初めて読んだ韓国人作家の作品がこの本で良かった> 『わたしたちが光の速さで進めないなら』(キム・チョヨプ著)(2024.12.15 読了)
確か中学生くらいの頃まで、SF は Space Fantasy の略だと思い込んでいた影響からか、私は「SF」というと宇宙船がドンパチやるイメージをいまだに引きずっているような気がしています。
そもそも最後に読んだ SF が何だったか全然思い出せなくなっているくらい、SF なんて長い間全く読んでいません(小松左京の何かだったような気がするのですが)。そんな私ですが、書評家の石井千湖さんが YouTube 「ポリタス TV」で紹介していた本のなかから、特に面白そうだった『わたしたちが光の速さで進めないなら』を買ってみました。
短編 7 作からなる作品集ですが、全て読み終わったときに穏やかな読後感がありました。これが著者のカラーなのか、韓国人作家の特徴なのか、そもそも SF 小説とはそういうものなのか、正直言って区別がついていません。しかし冒頭で述べたように宇宙船ドンパチ物のイメージを引きずっていた私にとっては少々意外な読後感でした。
意外な印象を抱いた最大の理由はおそらく、科学技術に関する具体的な設定や説明的な描写が、私が想像していたよりも少なかったためだろうと思います。もちろん宇宙船とか、ワープ航法、ワームホールなどといったおなじみのワードは登場しますが、それらを使うプロセスなどはほとんど描かれませんし、どの作品においても宇宙船の形や性能などに関する描写はほとんどなく、単にストーリーを成立させるための道具として扱われているような印象を受けます。
私はむしろ、ダイバーシティや差別問題(『巡礼者たちはなぜ帰らない』)、女性の働き方やワークキャリア(『館内紛失』)などといった、現代社会で既に顕在化している社会問題や、破壊的イノベーションによる弊害(『わたしたちが光の速さで進めないなら』)が、科学技術が進歩した未来にどのような形で現れるかを描いているところに、この本の面白さを感じました。
著者がどのように意図したのかは分かりませんが、前述のようなテーマを際立たせるために、著者がその構想力や想像力を存分に発揮して、それぞれの作品に様々な未来の科学技術を配置したような気がしています。そのような意図であれば、科学技術のディテールは大して重要ではないのかもしれません。
全体的に、穏やかに語るような文体で進む部分が多かったからか、登場人物の心情に思いを巡らせたり、現代の社会問題などについて考えさせられたりしながら物語の結末を迎える、という感じの作品が多かったと思います。そのような影響もあってか、読む前の予想や期待とは全く異なる読後感を味わえた、面白い本でした。
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