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来季以降の「伝統の一戦」ユニフォームについてアレコレ提案する特集
プロ野球ではセ・パ交流戦が開幕しましたね。
交流戦ユニフォームに関する記事を書こうかなどうしようかな、と迷っているところでもありますが、その前に触れておきたいことがありまして。
阪神と巨人の共同企画である「伝統の一戦 ~THE CLASSIC SERIES~」の話です。
今年は4月1〜3日の東京ドーム3連戦、5月20〜22日の甲子園3連戦で開催され、両チームが復刻ユニフォームを身に纏って試合を行いました。
そのユニフォームというのが、両チームの対戦が「伝統の一戦」と呼ばれるようになったルーツとされる、1936年の第1回日本一決定戦(通称「洲崎の決戦」)にて着用していたユニフォームの復刻版だったんですよね。
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2022年「伝統の一戦」感想
皆さん、ご覧になってどう思われましたでしょうか。
私個人としては、非常に満足度の高いイベントだったなと思っています。
正直、どちらも「復刻ユニフォーム」と呼ぶにしては現代的な要素を取り入れすぎている感は否めません。
あくまで「1936年オマージュのイベントユニフォーム」と言った方がしっくりくるな、という感じです。
まあ、何せ30年代の復刻なので致し方ない部分はあるんですけどね。
ただ、せめて背番号のフォントくらいは当時を再現して欲しかったなと思わなくもないというのと、ストッキングスタイルの選手があまりにも少なすぎたというのと。
それでも「非常に満足度の高いイベントだった」と思えるのは、そのような不満点も含め両チームの様式が揃えられていたからだ、と分析しています。
一方はめちゃくちゃ気合入れてるのに、もう一方は適当な感じ、みたいにはなってないんですよね。
巨人側も阪神側も、同じくらいの気合の入れ方でユニフォームを作っているので、例えそれが「復刻ユニフォーム」と言うには物足りないものだとしても、それはそれで世界観がちゃんと構築されていると。
メディアやネット上でも、「大阪タイガース、62年ぶりの巨人戦勝利」なんていう感じで盛り上がってたのもよかったです。
「大阪タイガースっていう名前だったの知らなかった」みたいな声をチラホラ見聞きしたりもして、それだけで復刻イベントをやる意味っていうのを感じますよね。
「伝統の一戦 ~THE CLASSIC SERIES~」が始まった当初なんて酷くて、阪神ばっかりが気合入れて復刻ユニフォームとかやってるのに(特に2017年のはNPBの復刻ユニの中でもおそらくトップクラスの完成度)、一方の巨人はスカした顔で(私の思い込みの可能性アリ)通常ユニフォーム着てたんですよ。
私はただ阪神ファンであって別にアンチ巨人とかでは全くないのですが、この時ばかりは「いけ好すかね〜」って思いましたね。
話が逸れかけましたが、そんなこんなで今回の「伝統の一戦」は非常に楽しく見られました、という話でございました。
長い長い前置きはここまでとしまして、いい加減本題へ参りましょう。
来季以降の「伝統の一戦」はこんなんでどうですか?
やっぱりいいものは続けてもらいたい訳で、来シーズン以降もこんな感じで「球史に残る名試合で着用していたユニフォームを両チーム揃えて復刻」という形式でやっていって欲しいな、と。
それに向けて、「伝統の一戦と言えばこんな試合があったよね」っていう振り返りをしつつ、「その時どんなユニフォームを着てたっけ?」っていう確認をしていき、それに基づいて「来季以降はこんなコンセプトでどうでしょうか?」というお節介も甚だしい提案をしていくのが今回の特集です。
前もって予防線を貼っておきますが、特別“ツウ”なチョイスみたいなのはしてないです。
あくまで「ユニフォームの話」をするのがこのnoteのメインですので、ベースとなる試合に関しては、あえて今更私が語る必要もない“どベタ”なチョイスばかりとさせていただきました。
①1959年6月25日「天覧試合でG長嶋がT村山からサヨナラHR」
伝統の一戦を語る上では絶対に外せないのがこの試合。
この試合をきっかけに、村山実さんが「打倒長嶋、打倒巨人」という執念を燃やすようになったとされています。
この時に生まれた「村山対長嶋」というライバル関係が、後の「江夏対王」「江川対掛布」といった形で受け継がれていく訳ですね。
今となってはこういうバチバチのライバル関係みたいなのは無くなって久しいですが…
そんな話は置いておいて。
この試合で使用されていたユニフォームと言えば?
まずは巨人。
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現行ユニフォームとかなり似ていますね。というかほぼ同じです。
というのもある意味当然で、2021年から使用されている現行ユニフォームはこのユニフォームをオマージュする形でデザインされているのです。
1953〜1960年まで使用されたもので、ニューヨーク(現サンフランシスコ)・ジャイアンツのユニフォームデザインをトレースする形で球団史上初めてオレンジが取り入れられたという、エポックメイキング的なユニフォームなのですが、実は一回も復刻されていません。
現行ユニフォームとの違いと言えば、背ネームと胸番号がないこと。後はなんと言ってもレギュラーカットのストッキングスタイル。
正直デザイン自体は普段とあまり変わらないだけに、明確に「復刻感」を出すにはこのストッキングスタイルを全員強制レベルでやっていくのがいいと思いますね。
さっきも言いましたが、今回の「伝統の一戦」の残念ポイントの一つが、ストッキングを出す選手が極端に少なかったことで。
せっかく当時のものを模したライン入りで用意されていたにもかかわらず、という感じでしたので、やっぱり選手にはちょっと我慢してもらってストッキングは出して着てもらいたいです。
余談ですが、巨人はこの時代からラグランスリーブ仕様をいち早く取り入れていました。
そして阪神。
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1958〜1959年に使用されていたユニフォームです。
「阪神タイガース」に名称変更したのが1961年ですので、「大阪タイガース」時代の最終盤を彩ったユニフォームということになりますね。
細かい話になりますが、帽子マークが「O」だったのはこのユニフォームまででした。
「大阪」最終年となった翌1960年に新たに登場したものの、名称変更により1年で廃止になった「OT」マークというものが存在します。
その他の特徴を挙げるならば、かなり濃ゆ目のブルーグレーもそうですが、1番はローマン体風の背番号の書体でしょう。
イラストは村山さんの背番号「11」なので伝わりにくいですが、特に「2」や「7」などはかなり特徴的な雰囲気を纏っています。
オシャレですよね。
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②1968年9月17日「T江夏、G王からシーズン記録となる奪三振」
村山さんから「俺はこっち(長嶋)、お前はあっち(王)」と説かれたルーキーイヤーから1年、エースの座を受け継いだ2年目の江夏豊さんが記録したシーズン401奪三振というシーズン記録。
最終的には401という記録を残した訳ですが、稲尾和久さんが保持していた当時の最多記録353を抜く、354コ目の奪三振を記録した相手はライバルの王貞治さんでした。
この試合で使用されていたユニフォームと言えば?
まずは巨人。
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1961〜1974年とV9真っ只中に使用され、今でも「強いユニフォーム」として認識されているユニフォーム。
使用期間14年は球団史上最長です。
特徴と言えば、やはり腕とパンツ脇の2本ラインと爽やかなパウダブルーに近いブルーグレー。
まあ、正直語られすぎていて私からあえて語ることなんてもうほぼないんですけども。
2007年の交流戦でも復刻されていますし、1981〜1992年に使用されていたユニフォームはこれのオマージュ。
2012年の「GERAT CENTRAL」ではその1981〜1992年モデルを復刻しているという、言わば「親の顔よりよく見たユニフォーム」なわけで。
巨人が単独で復刻するとなれば微妙なところですが、やはり阪神との時代合わせというところに意味があるのです。
その阪神はというと。
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1965〜1969年に使用されたユニフォーム。
「ユニフォームを変えると低迷する」という当時囁かれていたジンクスにビビった首脳陣が勝ち負けに関係ないオールスター戦から導入することにした、という逸話のあるユニフォームです(ほな変えんかったらええのにな)。
50〜60年代に球界全体でよく見られた極太ラインが特徴で、太い黒の一本線が無骨な雰囲気を纏っていますね。
あまり語られる機会の少ないユニフォームですが、マニアの間では地味ながらに結構人気のあるユニフォームなんです。
また、70年代にはカラフル化に伴って黄色のラインが入るようになりますが、そのベースになっているのがこのユニフォーム。
70年代に確立した「黄色ラインのユニフォーム」というのは現在にまで受け継がれている様式ですから、その元になったものであるこのユニフォームについて阪神ファンはちゃんと語る義務がある、というのが私の持論です。
因みに、この頃はまだホームユニフォームには虎マークが付いていませんでした。
③1999年6月12日「T新庄が敬遠球を打ってサヨナラ勝利」
元々超有名な上に、さらに新庄BIG BOSS爆誕によって咋オフからあらゆる場面で擦られまくっているこのシーン。
もうウンザリだよ!って人もいるかと思いますが…笑
まずは巨人。
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1993年、長嶋監督の復帰を機に一新され、2002年まで使用されたユニフォーム。
「ネオ・クラシック」全盛だった当時の流行の要素でもあるラケットラインが施された他、帽子やアンダーシャツ、ロゴ、番号など、それまで黒色でデザインが施されていた部分が「ミッドナイトブルー」という黒に近い濃紺に変わったことが最大のトピックでしょう。
長らくブルーグレーだったビジターユニフォームがグレーに戻ったこともあって、野球ユニフォームとしての「王道感」が非常に強いユニフォームになっていると思います。凄くかっこいい。
こちらでも詳しく言及していますので、是非参考にして頂ければと思います。
そして阪神。
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1983〜1987年に使用されたユニフォームを(ビジター用の帽子を除いて)ほぼ完全に再現したユニフォームで、1991〜2000年に使用されました。
因みに、1988〜1990年に使用されていたのは同じデザインでボタン式になっているタイプです。
本来ならこの間に使用されたビジター用帽子の違いの話とかもしたいんですが、残念ながら今回は阪神のホームゲームがベースなので、当然阪神はホームユニフォームを着用します。
ですが、ホーム用帽子にもちょっとエピソードがありまして、実はこの伝統の縦縞帽子はこの年限りで廃止されています。
1999年のオールスターに出場した新庄さんと和田豊さんがホームユニフォームにビジター用帽子を合わせて着用し、それをきっかけにしてかどうかはわかりませんが、翌2000年からビジター用帽子と同意匠の帽子をホームでも着用するようになったのです。
2009年に交流戦用ユニフォームとして既に復刻しているんですが、それは85年の日本一にあやかって、という形だったので(ビジター用帽子のデザインが1983〜1987年準拠)、「最後の縦縞帽子」という意味合いも込めて「1999年の復刻」をやる意味があると思っています。
④2011年10月12日「G高橋由伸、T榎田からサヨナラ3ランHR」
最後は少し変化球です。
読んで字の如く、高橋由伸さんが当時ルーキーだった榎田大樹さんを相手に、1-1の同点10回裏、代打でサヨナラホームランを放った、という試合。
2011年は巨人3位、阪神4位とどちらにとってもさほど「いいシーズン」ではありませんでしたが、当時内海哲也投手が中日の吉見一起さんとの熾烈な最多勝争いを繰り広げていたこともあり、この勝利を喜んだ巨人ファンの方は多かったのではないでしょうか(内海投手はこの試合に先発し10回1失点で勝ち投手)。
とは言え、前の3試合と比べるとピンと来る人は格段に少ないと思いますが、阪神ファン兼ユニフォームオタクとして少し語りたい部分がありまして。
なので今回は阪神の方からご紹介です。
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2007〜2011年まで使用されていたユニフォーム。
以前に触れた記事では脇の切り返しデザインについて重点的に語ったのですが、今回は背番号の書体にフィーチャーしたいと思います。
このユニフォームに使用されている、「Bernard MT Condensed」という丸っこい書体。どこかでこんな感じの書体見たことないですか?
そう、①でご紹介した50〜60年代に使用されていたローマン体に似てないですか?というお話。
実際に60年代をオマージュする意図からこの書体を採用したのかどうかは分からないですが、オタクとしてはどう考えてもそうとしか思えない訳で。
そんなユニフォームで巨人相手にサヨナラHRを喰らう、というストーリー性を買ってピックアップいたしました。
因みに、胸の「HANSHIN」ロゴの書体が90年代まで使用されていたものや現行のものと少し違うっていうのも、もし復刻する場合はちゃんと再現して欲しいディティールです。
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そして巨人。
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2006〜2013年まで使用された、アディダス製のユニフォーム。
「06HANAMOJI」なる花文字を模したカクカクした書体の「GIANTS」ロゴに、パンツ脇の3本ラインが特徴です。
完全にアディダス丸出しのデザインなので、おそらくこのまま再現というのは無理なんだろうなとは思いますが、2007〜2009年、2012〜2014年と2度の3連覇を果たすなど、低迷期(当社比)を乗り越え見事に「強いジャイアンツ」を取り戻したユニフォームということもあって、思い入れの強いファンの方々もいるでしょう。
ここはブランドの垣根を取っ払って、柔軟にどうにかして欲しいなというのが、「阪神ファンである前にプロ野球ファン」を自称する私個人としての想いです。
まとめ&補足
そんな感じで、ユニフォームを元に「伝統の一戦」の歴史をサクッと振り返る、という感じにもなりましたが、いかがだったでしょうか。
補足しておきますと、1985年の「バックスクリーン3連発」を入れなかったのは、その時期のユニフォームが、巨人が②とほぼ同じ、阪神が③と完全に同じユニフォームだったから、という記事の構成上の理由でございます。
もしこのような形で実際にイベントを開催するのであれば、いちいち新しくユニフォームデザインを考える必要がない分、楽に企画できるのでオススメですが。
④に関してはフリー枠というか、各々の思い入れのある試合を当てはめて考えてもらえたら、ということでちょっとマイナーどころをご紹介させていただいています。
阪神ファンとしての私個人の思い入れということであれば、例えば金本アニキが片手を骨折しながらヒットを打った2004年の試合とか、金本アニキが頭部四球を喰らった次の打席でホームラン打った2008年の試合とか、2014年のCSファイナルステージで巨人にスイープ勝ちして日本シリーズ行ったとか、色々出てきますね。これぞ伝統の一戦。
是非、皆さんの思い入れ深い「伝統の一戦」を教えて頂ければと思います。
以上、「お節介なのは承知の上で、来季以降の「伝統の一戦」ユニフォームについてアレコレ提案する特集」でした。ありがとうございました。