万年筆と暮らすということ

想像してみてほしい。

季節は冬、外では雪が音もなく降りつづいている。暖炉の炎が生み出す熱はやさしく肌を撫でてくれるが、真夜中の寒さは身体の芯までもぐりこんでくる。

あなたは身震いして、熱いコーヒーを淹れてブランデーを注ぎ、ゆっくりと口に運ぶ。沈黙を埋めるために、ターンテーブルにレコードを載せる。ビル・エヴァンスのピアノが甘美な音で部屋を満たしていく。

心地よい音楽とほのかな酔いで、あなたは大切な人のことを思い出す。その人のことを考えた時にいつもするように、あなたは便箋と万年筆を書き物机において、目を閉じる。様々な言葉がやって来ては、過ぎていく。そして消えずに残った言葉を書き連ねていく。ブルーブラックのインクが、真っ白な便箋を染める。

この万年筆は、あなたの父が贈ってくれたものだ。社会人になったお祝いに、と照れくさそうに渡してくれた。頑固で融通のきかない父らしい、質実剛健な万年筆。それ以来ずっと、ペンケースの中の相棒の位置を守っている。

最初はコリコリと硬い書き心地だったが、今ではペン先が柔らかく馴染み、優しい文字を生み出していく。年老いて丸くなった父のようだ、とあなたは思う。

ブランデー入りのコーヒーを何杯か飲んでいるうちに、数枚の便箋が文字で埋まった。決して美しいとは言えないが、不思議な滋味がある。あなたそのもののように。

書き終えると手は心地よく疲れている。便箋を机上でトントンと揃え、抽斗にしまう。いつものように。この便箋が、この言葉があの人に届くことはない。決して、ない。

それでもあなたは折に触れて万年筆を手に取り、あの人への文章をしたためる。なぜこんなことをするのか、あなたは自分でもわからない。でも万年筆に導かれるように、ときどき心に溢れる想いを形にとどめる必要がある。抽斗で眠る無数の便箋たちを、いつかはこの暖炉で燃やしてしまおうと考える。でもまだその時ではない。

朝が近づいてくる。時計を見なくても、あなたは気配でそれを感じ取ることができる。万年筆のペン先を拭いて、ペンケースにおさめる。眠れそうになかった。朝の最初の光が窓から差し込んでくるまで、あなたは部屋でじっと待っている。

万年筆と暮らすというのは、そういうことだ。


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