Non-GAAP指標について語るときに僕が語ること
メリークリスマス・イブ。
この記事は会計系Advent Calendar 2023 #ACC_AC 24日目の記事です。
クリスマス・イブにこの記事を読み始めたあなたに告ぐ。
今カラデモ遲クナイカラ日常ヘ歸レ
オ前達ノ父母兄弟ハ國賊トナルノデ皆泣イテオルゾ
…。
本日の記事はNon-GAAP指標について、食後にマカロンをかじりながらまったりお茶を飲む感じで語ります。脱力してお付き合いいただければと思います。
Non-GAAP指標の定義と浸透の歴史
Non-GAAP指標の定義
そもそもNon-GAAP指標とはなんぞや? という方には例を示すのがわかりやすいかと思います。「広告費用前営業利益」とか「のれん償却前営業利益」とか、例のアレです。謎のミルフィーユ図と並んで、開示されると一部の界隈が喜んで玩具にするやつですね。けしからん界隈だ。
読んで字のごとくGAAP(Generally Accepted Accounting Principles; 一般に公正妥当と認められる会計基準)に準拠しないで企業が独自に計算した指標のことを意味するわけですが、画一的な定義があるわけではありません。
定義の一例として、証券監督者国際機構(IOSCO)は「a non-GAAP financial measure is a numerical measure of an issuer’s current, historical or future financial performance, financial position or cash flow that is not a GAAP measure」[IOSCO, 2016, p.3]としています。「GAAPによって計算されない、企業の現在、過去、または将来の経営成績、財政状態、またはキャッシュ・フローの状況を示す数値指標」とでも訳しましょうか。この定義には3点の要素があります。
GAAPに準拠していないこと
財務指標であること
数値指標であること
したがって、財務指標ではない経営指標、例えば契約顧客数や保有店舗数はNon-GAAP指標には含まれません。また、昨今多く議論されているサステナビリティやESGに関連する非財務情報とも異なった概念です。
我が国においては金融庁が2019年に「記述情報の開示に関する原則」を公表し、「記述情報は、財務情報を補完し、投資家による適切な投資判断を可能とする。また、記述情報が開示されることにより、投資家と企業との建設的な対話が促進され、企業の経営の質を高めることができる」[金融庁, 2019, p.1]としており、同原則「1-3. 経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等」に「経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等(KPI)には、ROE、ROICなどの財務上の指標(いわゆる財務KPI)のほか、契約率等の非財務指標(いわゆる非財務KPI)も含まれる。」[同上, p.10]との記載があります。ここで述べられている「いわゆる財務KPI」がNon-GAAP指標と同義であると考えられます。
うさんくさい指標の代表みたいな扱いをうけがちなNon-GAAP指標が、思いのほか、ちゃんと議論されているという印象を受けるのではないでしょうか?
米国におけるNon-GAAP指標の誕生と規制
Non-GAAP指標の歴史は古く、時に西暦1990年代、米国で新興企業が開示し始めたのが起源といわれます。「GAAPなんかで俺たちの真の姿を表現できない、俺たちは自由に本当の強さを示してやるぜ」みたいな熱い想いをを胸に抱き、Non-GAAP指標を開示し始めたわけです。昔はプロフォーマ利益とも呼ばれていましたので、こちらのほうが馴染みのある方も多いかもしれません。
Bhattacharya et al. (2003) は1998年から2000年を対象期間として、四半期ベースのNon-GAAP指標について以下のことを報告しています。
70%の企業でNon-GAAP利益がGAAP利益を上回っていること
GAAPで損失計上の企業でNon-GAAP指標の開示頻度が高いこと
開示企業は情報通信業など新しいビジネスモデルの企業に多いこと
Non-GAAP指標の情報有用性がGAAP指標の有用性を上回っていること
…なんだか、ちょっときな臭い雰囲気がある気がしませんか?
ここでEnron社に登場してもらいます。2002年の経営破綻と粉飾決算で会計史に永遠に名を刻んでいる会社ですが、Chapter11(連邦破産法第11条)申請直前の決算発表において、「recurring earnings(持続可能な利益)」が黒字であることを報告しています。GAAPでは損失であるにもかかわらず、Non-GAAP指標では黒字を、しかもGAAPよりも人目を引くかたちで報告していました。当然ながら、投資家をミスリードするとして批判されました。
これを受けて、米国証券取引委員会(SEC)は投資家向けにリリースするNon-GAAP指標に関する規制として、Regulation Gを定めました。また、SECへの提出書類に記載するNon-GAAP指標に関する規制としてRegulation S-K item 10(e)があります。規制の骨子は以下の通りです(PwC(2016)を参考にしました)。
もっとも比較可能性の高いGAAP指標を開示すること
GAAP指標への調整過程を開示すること
GAAP指標をNon-GAAP指標と同等以上に目立つ形で開示すること
経営者がNon-GAAP指標が有用だと考える理由を開示すること
経営者がNon-GAAP指標を利用する目的を開示すること
ポイントは、Non-GAAP指標の開示が禁止されているわけではなく、適切に開示するためのルールを設定していることです。このような規制は、Non-GAAP指標のGAAP指標に対する補足情報としての有用性を認めつつ、情報利用者の意思決定を誤らせないための配慮といえるでしょう(このあたりの議論は古庄(2005)などに詳しい)。
これら紆余曲折を経て、SECに上場する企業におけるNon-GAAP指標開示は完全に浸透したといえるでしょう。山田(2019)の報告では、Non-GAAP指標を開示する企業の割合は、1996年は59%であったものが、2006年は76%、2016年は96%、2017年は97%と増加しています。
我が国におけるNon-GAAP指標の浸透
一方、2006年頃から、我が国においてもNon-GAAP指標を開示する実務が増えるようになりました。米国では新興企業から始まったのとはやや傾向が異なります。我が国では情報・通信産業がもっとも多く、これは先述のBhattacharya et al. (2003) の結果と整合的ですが、不動産、食品、陸運といった成熟産業での開示例が先行していることが特徴的であると中條(2019)は指摘しています(後述)。「戦略の必要性から、あるいは戦略遂行の成果をよりよく描写する指標として」Non-GAAP指標を利用しているというわけです。
日本銀行(2020)によると、日経225構成銘柄企業のうち36%が何らかのNon-GAAP指標を開示していました。これは米国S&P500 構成銘柄企業のうち 97%、英国FTSE100構成銘柄企業のうち95%が開示していることに比較すると少ない割合ですが、増加傾向にあります。
なお、2018年度では、IFRS適用会社においてNon-GAAP指標の開示割合は約6割と相対的に高く、日本基準適用会社では同約2割と相対的に低い水準です。IFRS適用企業で開示されるNon-GAAP指標は(1)非反復項目を調整した指標(例「コア営業利益」)、(2)EBITDA、(3)日本基準の営業利益に相当する指標(例「事業利益」)です。一方で日本基準適用会社で開示されるNon-GAAP指標はEBITDAが6割を占め、企業独自の調整は少ないとされます。
日本市場で開示されるNon-GAAP指標の情報効果については、中條(2019)が検証を行っています。2004年4月1日から2017年3月31日に開示された決算短信を対象に、「EBIT」「EBITDA」「実業ベース」「調整後営業利益」「キャッシュ・アーニングス」「キャッシュ・インカム」の用語で開示された指標を抽出した結果、606件が抽出されました。そのうち情報・通信産業が117件ともっとも多く、これは先述のBhattacharya et al. (2003) の結果と整合的です。
一方で、陸運業(90件)や不動産業(66件)が相対的に多いことは、米国とは異なる特徴であると指摘しています。具体的に数値を開示しているのは265件であり、EBITDA、平準化EBITDA、調整後EBITDA等様々な指標が開示され、その定義も多様です。
これらNon-GAAP指標とGAAP準拠利益を比較すると、Non-GAAP指標のほうが大きな金額であり、この点について米国と同様の傾向です。日本市場におけるNon-GAAP指標の情報効果を検証するために、Non-GAAP指標とGAAP準拠利益の差額を説明変数とし、CAR(累積異常投資収益率)を被説明変数とする回帰分析を実施した結果、実績値の差額と予測値の差額のいずれもCARに対して負の効果を与えていました。実績値の差額は統計的に有意ではありませんでしたが、予測値の差額は有意な関係が示されました。
ちなみに我が国においては、Non-GAAP指標開示に関するルールは皆無です。無秩序に海外の後追いをする海外のルールを取り入れているかに見える我が国の会計制度ですが、記事執筆時点ではこの点はスルーされています。
IPO市場におけるNon-GAAP指標開示
ここまでは流通市場(上場市場)におけるNon-GAAP指標開示について概観してきました。では発行市場(IPO市場)における開示状況はどうなっているのか気になりますよね?よね?
というわけで、ここからはIPO市場について見ていきます。
米国IPO市場におけるNon-GAAP指標開示
例によって、実務が浸透している米国IPO市場から見ていきます。
PwC (2021) は米国市場IPOにおけるNon-GAAP指標とKPIの開示に関する包括的な報告を行っています。Non-GAAP指標の開示はIPO企業の間で過去30年にわたって浸透し、現在では重要な情報提供機能を担っているとされています。Non-GAAP指標の情報提供機能を活用する利害関係者として投資家が代表的ですが、投資家に限定されるものではありません。投資家の他、経営者自身、アナリスト、格付機関、投資銀行(我が国では証券会社)、同業他社が各々の目的に従って、開示されるNon-GAAP指標を活用しています。
具体的には、米国IPO企業の75%がNon-GAAP指標を開示しています。2017年7月~2020年6月のIPO企業を対象に開示されているNon-GAAP指標の種類を調査したところ、調整後EBITDA(28%)が最も多く、調整後純利益(14%)、EBITDA(7%)と続きます。一方で、これらに属さない独自指標の開示が35%と多い点も特徴的といえます。
産業別の観点では、消費者産業、ヘルスケア産業、産業用製品、製薬・ライフサイエンス、エネルギー・公共事業・鉱業といった分野で調整後EBITDAが普及しています。テクノロジー・メディア・通信産業では調整後EBITDAが最も利用されていると同時に、調整後純利益の開示も多いとされます。
IPO時に開示されるNon-GAAP指標の情報効果を検証した例として、Nerissa et al(2022)は米国市場における2003年~2019年のIPOを対象にNon-GAAP指標の開示とIPO時の株価形成について定量的な分析を行いました。
検証期間における1,509件のサンプルのうち590件がNon-GAAP指標を開示しており、Non-GAAP指標開示企業のアンダープライシング※は非開示の企業よりも小さくなることが報告されています。これは、Non-GAAP指標は情報価値を有しており、それが公開価格に適切に織り込まれていることが示唆されているといえます。
※市場で決まる初値と公開価格の差額。一般に初値>公開価格となる現象が観察されます。公開価格(BB方式下では投資家の需要予測に基づいて決定された価格)が初値(市場で決定された価格≒適正価格(とも言い切れないのが難しいところですが))を下回っていることからアンダープライシングと呼ばれます。市場価格よりも低い公開価格で割り当てられた投資家はラッキーですが、発行企業にとっては、ミスプライシングによる低い株価による資金調達となり、間接コストを強いられているとも言えます。この問題についてここで多くを語りませんが、非常に論点が多く、IPOにおける主要な研究分野のひとつです。興味ある方は例えば岩井(2010)、鈴木(2017)、金子(2019)、金子(2021)などが参考になります。
日本IPO市場におけるNon-GAAP指標開示
では我が国のIPO市場におけるNon-GAAP指標の開示状況はどうなっているでしょうか。上述の通り、流通市場(上場市場)においては36%の企業が開示していました。IPO市場もそれくらいの浸透度があるのでしょうか。
実は日本のIPO市場におけるNon-GAAP指標の実態はよくわかっていません。ので、わたくしが2018年~2022年のIPOを対象に調べてみたところ、下表のような指標が開示されていました。Non-GAAP指標の開示箇所などのルールもないので、EDINETを用いて「有価証券届出書(新規公開時)」の【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】をパワープレイで調べた結果ですので、網羅性の担保はされていないことに留意ください。
とはいえ流通市場に比べると非常に少ないのが実感で、米国の75%にまったく及ばないどころか、流通市場の36%にも遠い感じがします。日本のIPO市場におけるNon-GAAP指標開示の実務は事例がちょぼちょぼ出始めたところ、といった印象を受けました。
内容としては、同じEBITDAという名称を使っていても定義がバラバラだったり、明確な定義が読み取れないケースもありました。また、上場に関する費用を除外しているケースは、上場後の正常収益力を見る点で有益な気もしますが、広告宣伝費やマーケティング費用を調整するのはちょっと無理筋なんじゃないか議論があるところだと感じました。
これらの指標の情報効果について、いろいろな要素をコントロールしながら重回帰分析を実施してみたのですが、あまり有益な成果は得られませんでしたので詳細は割愛します。サンプルが少なすぎるというのもありますし、日本のIPO市場での公開価格の決定過程には、仮条件の縛りが強すぎるなど色々難しい点が多く、情報効果を検証するのが難しい印象です。このへんは分析者の力量に左右されるところだとは思うので、「ザーコザーコ!!」と言われれば返す言葉はありませんが※。
※大きな声では言いづらいですが、主幹事証券会社の価格決定プロセスについては例えば公正取引委員会(2022)や日本証券業協会(2023)など読んでみてください。
終わりに
いろいろと議論を呼びがちなNon-GAAP指標について、その歴史的経緯や現状についてコンパクトに語ってみました。端的に読めることを重視したので正確性が犠牲になっている部分も多々あるかと思いますがご容赦ください。
個人的には、Non-GAAP指標については、上手に活用すれば利害関係者間の情報の非対称性を緩和し、適切なコミュニケーションを促す良いツールだと考えています。
一方で、Enron社の事例のように、恣意的な開示が投資家をミスリードさせる可能性を秘めていることを、開示企業は常に認識する必要があるでしょう。利害関係者間の意思決定に資するためには、誠実な指標設計や開示ポリシーを持つことが極めて重要であると考えます。
特に我が国においては現時点でNon-GAAP指標に関するルールはなく、企業が濫用してしまうと、悪貨が良貨を駆逐することになり、実務としての成熟がなされないままに、実務として腐ってしまうことが危惧されます。
とはいえポテンシャルを信じつつ、みなさんもどうか、「広告費用前営業利益」のことは嫌いになっても、Non-GAAP指標全体のことは嫌いにならずに、生暖かい目で見守ってください。
参考文献
Bhattacharaya, N., E. L. Black, T.E.Christensen, and C.R.Lason, 2003, "Assessing the relative informativeness and permanence of pro forma earnings and GAAP operating earnings", Journal of Accounting and Economics 36, pp.285-319.
Brown, Nerissa C. and Christensen, Theodore E. and Christensen, Theodore E. and Menini, Andrea and Steffen, Thomas D, 2022, “Non-GAAP Earnings Disclosure and the Valuation of IPOs”, Financial Accounting eJournalInternational Organization of Securities Commissions, 2016, ”Statement on Non-GAAP Financial Measures”.
PwC, 2016, 「GAAPかNon-GAAPか? SECが動向を注視」
PwC, 2021, “How NGMs and KPIs Can Impact Your IPO”
岩井浩一, 保田隆明, 2010, 「新興市場と新規株式公開の レビュー」。
金融庁, 2019,「記述情報の開示に関する原則」。
金子隆, 2019, 『IPO の経済分析-過小値付けの謎を解く』, 東洋経済新報社。
金子隆, 2022, 『日本型IPOの不思議―価格形成の歪みを解き明かす』, 慶應義塾大学出版会。
公正取引委員会, 2022, 「新規株式公開(IPO)における公開価格設定プロセス等に関する実態把握について」。
日本証券業協会, 2023, 「IPOにおける公開価格の設定プロセスの変更点・留意点等について」。
鈴木健嗣, 2017, 『日本のエクイティファイナンス』, 中央経済社。
中條佑介, 2019, 「経済社会の変容と非GAAP利益の開示」, 河崎照行編著『会計制度のパラダイムシフト』, 中央経済社。
日本銀行, 2020, 「わが国企業によるNon-GAAP指標の開示について」。
古庄修, 2005, 「米国における非GAAP利益の開示規制」,『経済系』, 第223集, pp.64-76。
山田純平, 2019, 「海外におけるNon-GAAP指標をめぐる動向」, 『企業会計』, 71巻, 9号, pp.74-80。