絶望的な夏
ずしりと、
全体重が地球に沈んでいく。
まだ蝉の声は聞こえない。
だけども、この蒸し暑い日々が、
やつらを招いているから、
もうすぐ、本格的な夏がやってくると、私は知っている。
私は夏が好きだ。
暑い日に、雨の降ったあとのアスファルトの匂いが好きだ。
幼い友人と遊んだ帰り道を思い出すから。
帰ると母が作ってくれていたクレープを思い出すから。
都会のビルに反射した入道雲が好きだ。
先の見えない宇宙と繋がっている気がして。
あの日の帰り道に、まだ取り残されてるような気がして。
畳から香るい草の匂いが好きだ。
風鈴の音が今にも聞こえてくるから。
花火大会の日に浴衣を着付けて貰ったことを思い出すから。
夏…
夏…
ああ、私にはこんなに沢山の思い出があるのに、
心の中がまるで真冬の氷のように、
冷たい、溶けない、動かない。
私の背骨は曲がり、内臓を押し潰す。
綺麗事を言ってしまえば、
凪いだ水面のように静かな心。
そんな言葉は本心じゃないと、心の奥で思っている。
きっと大時化だ、大嵐だ。
きっと涙だ、悲しみだ。
行き場を無くした温もりも、
もうすぐ来る暑い日に紛れて消えてしまうだろう。
それでも時計の針は右回りのままだ。
知ってるんだ。
人間は一人で生きていけないこと。
愛は心を豊かにしてくれること。
過去に囚われていては、何も変わらないこと。
前を見なければ、幸運は掴めないこと。
知っているから、なんなんだ。
足音が近づいてくる。夏の足音が。
私はラムネのビー玉を転がして、炭酸みたいに弾けて消える夏の日を、
手のひらの中に握りしめて離さなかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?