朝起きられないのは病気ですか?

はじめに

朝、目覚ましが鳴ってもなかなか起きられない。

立ち上がるとドキドキして胸が苦しくなったり、頭痛や吐き気がしたり、お腹が痛くなったりする。

長く立っていると目の前がぼうっとして、血の気が引くような感じがする。

疲れやすいうえに、集中力が続かず、頭の中にもやがかかったような気がする。

午前中はまったく体が動かず、学校や会社も休みがちになってきた。

周囲からはサボっているんじゃないかと思われていて辛い。

あちこちの病院へ行って診てもらっても、どこも悪くないと診断され、たいていは「こころの問題でしょう」などと言われる。

もし、これらがあてはまるなら、あなたは起立不耐症かもしれません。

「立ちくらみ」や「朝起きられない」という症状は、我が国の小児科領域で起立性調節障害として知られており、思春期に多く、成長に伴って自然に改善する一過性で、どちらかといえば軽症な疾患であるとされてきました。

しかし、なかには「大人になっても症状が持続している」「成人したあとに発症し、数年たっても回復しない」といった患者さんがいます。

さらにこの疾患では、一般的な採血や、レントゲン写真などの画像による検査では明らかな異常が認められない場合も多いのです。

このため、成人の患者さんは病院に行っても診断が遅れがちで、適切な診療が受けられないだけでなく、職場や学校、身近な家族からも理解が得られず、とても困難な状況に置かれています。

一方、海外では、同じ症状を小児に限定せず、成人も罹患する起立不耐症とよび、発症の要因は複合的なものと理解されています。起立不耐症の中でも代表的な疾患に体位性頻脈症候群(postural orthostatic tachycardia syndrome 以下POTS)があります。

POTSとは、立ったときの心拍数が毎分あたり30拍以上増加して動悸、胸痛、めまいやひどいときは意識を失うなどの症状を伴う疾患です。米国での罹患率は500人に一人とされており、それほどめずらしい疾患ではないことがわかります。

私は大学病院に勤務する内科医です。専門は循環器で、中でも神経循環器学という自律神経の不調による心拍や血圧の異常を扱う分野に携わっています。

私が初めてPOTSという疾患があることを知ったのは、米国 ヴァンダービルト大学医療センターの自律神経疾患センター(ADC)で 博士研究員 として勤務する直前のことでした。当時はまだ経験も浅く、実際にPOTSの患者さんを診察する機会もありませんでした。

ところが向こうに行ってみると、「専門家に話を聞きたい」「少しでも役に立つ薬や治療法が見つかるように研究に参加したい」というPOTSの患者さんが全米から集まっていました。

また、アメリカ国立衛生研究所(NIH)などの公的機関だけでなく、患者さんが組織する団体による研究補助金の募集もあり、とても活発に研究が進んでいる印象がありました 。毎年新しい知見が発表されていて、それがPOTSに対する理解を深めるために役立っているのだと思います。

というわけで、ADCでの仕事をとおしてあっという間に多くのPOTS患者さんと関わることになりました。そうしたなか、担当した患者さんから「立ち上がるたびに血の気が引くような感じがしたり視界がぼやけたりする。胸がどきどきして苦しい。午前中は体がだるくて起きられない」などの症状を聞いているうちに、私の中にデジャブな感覚が蘇ってきました。

そう、すっかり忘れていたのですが、私も中学生くらいまで同じような症状があったのです。いつも「どうして何となくスッキリせず、調子のいいときと悪いときがあって疲れやすいんだろう?」と考えていました。

しかし、当時は自分のカラダはそんなものだと思っていて、誰にも相談することはなかったのです。幸い私の場合、朝は少し弱かったものの、学校を休むことなく、いつの間にか症状は消えてしまいました。

私はこの本で、「海外ではこんなに進んでいるのに、日本はとても遅れている!」といった文句を言いたいわけではありません。そうではなく、子どものあいだだけと考えられがちな病態が実はそうではないということを知ってほしいのです。詳しくは本編で解説しますが、残念ながらこの疾患にはまだ特効薬がありません。

しかし、相手を知ることで少しでも不安な気持ちを和らげて、一人ひとりに合った方法でこの疾患を手なずけ、あなたが本当に過ごしたかった一日を送る自由を手に入れてほしいと願っています。

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