中小企業支援で「非選択的診断」アプローチを追求する中小企業診断士への期待
0. “非選択的診断”が必要なケースがある
中小企業の現場には、大企業とは異なる難しさがあります。たとえば、同じ経営者の悩みの中に「資金繰りの見通し」「IT導入の不安」「地域社会との関係未確立」「後継者問題」など、数多くの課題が存在します。こうした状況では、ある分野に特化した専門家を個別に呼べば解決……とはいかないケースがあります。
そこで、中小企業経営者が直面する経営課題を臨床問題の複雑性の四分類¹である「1. Simple problems」「2. Complicated problem」「3. Complex problems」「4. Chaos」を踏まえ、これらのケースを整理します。医療における「患者の症状や病態の複雑度」を、中小企業の「経営課題の複雑度」と対比して示しています。なお、ここでいう「診断」には、伴走支援などの課題解決に資する「対応」も含みます。
1. Simple problems:要素が少なく、対処法が分かりやすいケース
ケース例:
地方の小規模なパン屋を営む経営者が、「最近、近隣に競合店が新たにできたため、一部商品の売上が落ちている」と悩んでいる。ただ、売上の8割に相当する常連客の購買行動は変わっておらず、この店の商品・サービス・値段などに対しても不満がみられない状況です。
特徴
原因が比較的明快:新たな競合店の出現が一部商品の売上減につながった可能性が高い
対処法もシンプル:売上が減少している商品と競合店の商品との関連性、競合店の商品等の評判を踏まえ、商品改良や販促強化などのセオリーに沿った対応が成果を生む可能性が高い
組織内の意見対立も少ない:問題と原因、施策のつながりがわかりやく、組織内の合意が得やすい
このケースは、比較的短期間で現状を把握し、解決策を提示して改善に向けた行動をとりやすいです。
2. Complicated problem:複数の要素が絡むが、段階的に対処可能なケース
ケース例:
従業員数30名ほどの機械部品メーカーが、販売から在庫・購買・請求等に至る一覧の業務を支援する統合ITシステムの導入を検討しています。ここでは、プロジェクトの戦略目的の設定、各業務の新旧業務フローの設計・調整、業務ごとの導入済み既存システムとの連携・整合、従業員のITスキルの育成、さらには数百万円単位の導入コストの確保など、導入に向けて解決すべき要素が複数存在しています。そして、社長はこの導入に前向きだが、現場には「混乱する」「費用対効果がみえない」などの不安も広がっています。
特徴
複数の要素が関係:経営戦略、業務・組織設計、人材育成、IT技術、投資判断・資金調達などにまたがる
手順を踏んだ対応:導入に向けた手順を段階的に整理し、段階ごとのコストや対応期間を見積もるなど、コンサルティングとシステムエンジニアリングの両観点から手順を整理し対応できる可能性が高い
改善の手順が理解しやすい:一見複雑でも、要素を一つひとつ適切に対処することで改善が期待できる
このケースは、社長と現場間の認識差異が生じる原因を把握するなどのヒアリングが必要ですが、専門家の連携により対応できる可能性が高いです。複雑な問題にみえるものの解決手順は、比較的組み立てやすいのがこのケースの特徴です。
3. Complex problems:要素同士が相互作用し、対処法が分かりにくいケース
ケース例:
三代目の若手社長が率いる家族経営の食品加工業で、家族経営特有の要素(先代の影響力、親族の思惑、生え抜き社員の扱いなど)を有します。市場競争が激化するなかで新規設備投資の可否をめぐる意見対立があり、組織として方向性がまとらない状況が続いています。経営陣と従業員間では、現状の課題認識に温度差があり、社長自身のリーダーシップが経営陣からも従業員からも試されています。さらに地域コミュニティへの貢献、従業員の離職リスク対応、新入社員獲得、管理者層の育成などの課題もあり、社長のなかでそれらの対応優先順位は、日々変化しています。
特徴
多面的な要素が相互に影響:家族関係、従業員心理、市場環境、地域連携などでの課題が同時進行で変化し、相互に関連している
対処には反復的なアプローチが必要:組織文化にあわせて組織内の合意形成等を進めながら、対応策を実施し、その効果を測定し、改善し、次なる取組みの設定と実行を繰り返す
このケースは、各問題を個別的にアプローチするだけでは、十分な対応ができない可能性があります。家族経営の経営バランスの急激な変化など、多数の要素が絡み得ます。そのため、一つの分野の専門家だけではなく、このような多要素併存状況に対応できる中小企業支援者も必要になります。
4. Chaos:急な変動や危機が重なり、先を見通せないケース
ケース例:
ある中小企業において、主要な仕入先が自然災害により製造困難となり、仕入コストが倍増し、海外市場の規制変更や、得意先の経営不振により債権回収難が生じ、社長の突然の病気などが重なり、企業全体が混乱状態となっています。経営陣は、時間的・精神的な余裕がなく、日々生じるトラブルに対処する“火消し”に追われている状況です。その中で、社員は現状に不安を募らせ、組織に対する貢献意欲や仕事に対する動機が低下し、販売や製造など各業務の主力社員が離職を考え始めています。
特徴
次の展開を予測不可能:一つの危機に対処しても、また別の危機が襲う状況にある
状態の鎮静化が必要:緊急対応を優先し、状況の鎮静を図る
その場での優先順位づけ:混乱を抑えながら、最低限企業が回る状態を確保することを優先した判断が求められる
このケースでは、経営者が「先を考える余裕のない」状態にあります。まずは解決が見込める危機を選定し、連携すべき専門家と繋ぎ順次対応し、状況が落ち着いた段階で改めて全体の再建方針を組み立てる、という応急処置→安定化→再構築の全体的なプロセスを推進できる中小企業支援者が求められます。
5. 非選択的診断アプローチへの期待
上記の例をとおして、私が注目しているのが、どのケースにも対応ができる非選択的診断を追求する中小企業診断士の中小企業支援のあり方です。まず、選択的診断は、「ある分野の専門コンサルタントである」と標榜し、その領域での経営診断を行うものです。一方で、この非選択的診断では、どの分野・産業などに限定せず課題を受け入れて対応します。この考え方や姿勢は、現行の中小企業診断士資格の試験内容や資格更新の過程では、十分には培われにくい状況です。ただ、それにもかかわらず、中小企業支援の現場では、このような支援が必要となるケースがあります。ここに需給のギャップが存在しており、この領域に関する中小企業診断士の新たな価値創造について、議論する余地があると私は考えます。
今後、中小企業診断士が、非選択的診断を行えているためには、このための体系的な教育やその前提となる研究の推進などが必要です。そこで、たとえば、ギルド(協会)や学会などが、経営診断における成功・失敗情報(経営診断パール)や、経営診断をとおした省察的実践活動の情報を蓄積・分析することから始めるとよいと私は考えます。これらを通して、中小企業支援における経営診断の質向上に向けた実践・研究が進み、非選択的診断アプローチを追求する中小企業診断士の育成がさらに進むことが期待されます。
1 General practice — chaos, complexity and innovation
Carmel M Martin PhD, MSc, Joachim P Sturmberg PhD, MFM, FRACGP
First published: 18 July 2005
https://doi.org/10.5694/j.1326-5377.2005.tb06943.x