台北・バスキング・デイズ vol. 3
台北芸人誕生!! 後編
新システムで鳴らした音はとてもクリアだった。いや、この音でいいんだろうか。
スピーカーの位置は私の前に置いているギターケースの横。西門駅の外壁を横に「西門町へようこそ」と書いていある門に向けて音を出している。よって、演奏中はスピーカーの後ろ方向に出ている音でしか、セッティングの良し悪しが確認できないわけだが、身を乗り出して適切な音が出ているのか、確認してみるもよくわからない。
判断しようにもブランクのせいか「こんなんでよかったっけ?」と疑心暗鬼になりかけたが、とりあえずこのまま続けようと思い、色々と曲をこなしていく。
弾いている曲はとにかく弾きやすい5曲にしぼり、その中には事前に得た情報で「タッピングとアップテンポ」の曲が受けるとのことだったので、二、三曲混ぜておいた。そうやって演奏を続けていくと、時折足を止めてこちらの方を凝視している人が出てくる。
その内コインをパラパラと入れてくれる人が。待ち合わせをしていたのか、高校生ぐらいの子が100元札を入れてくれた。もし、CDが手元にあったなら売れていたかもしれない。続いて、100元札を入れてくれたのは、黒いハットを被った人と坊主頭に細長い髭を伸ばした男性の二人組であった。
お礼を言おうと思い、そちらの方向へ目を見やると、二人組はこちらに会釈しつつも、足早に去っていった。目が合った時に何か物言いたげだったのでひょっとすると日本人なのかもしれないな。
そうやってバスキングを続けていると、駅の外壁の向かいに並ぶお店の前でずっと立っていた人がコインをパラパラと入れてくれる。まだまだ本調子じゃない感じがする。
もう少し頑張れば、バスキングの勘を取り戻せて、周囲の人の感触が良くなるかもと、思った矢先、黄色の蛍光色のベストを着たお巡りさんがやってきた。彼はライセンスがごにょごにょと何やら英語で言っていたが、そのままおとなしく退散することにした。
次はとりもあえず近場に行こうと思い、西門駅の裏手へ移動。しかし、日本で、結局教えてくれないCMでおなじみの駄菓子、ポリンキーのオブジェが陣取っていた。しっかりとカタカナで「ポリンキー」と書いてあるんだが。台湾人はひょっとしてカタカナを読めるのかもしれない。
そして、ちょうど南北に走る車線の多い道路を背に、左手には歩行者用の横断歩道があり、西門町から出てきた歩行者に向かって音が当たるように機材をセッティングしていった。メルボルンでもよくやっていた方法で、向かってくる歩行者に向かってスピーカーを向けておけば、歩いている人にはより長い時間演奏を聴いてもらえるわけだ。
さっそく演奏を開始したのだが、しばらく演奏を続けるも思いのほか体が疲れていたので、その日はもう帰宅することにした。
すっかり忘れていたが、バスキングは体力勝負。自分のペースをコントロールすることが重要なのである。
こうして、早い目に宿に帰り、フロントにCDが届いていないか確認しにいくと、先ほど100元札をくれた二人組が。黒いハットの人の前には大量の楽器があった。
ひょっとするとと思い話しかけたら、案の定そのお二人はバスカーであった。二人とも世界をバスキングしながら旅しているらしく、台北のバスキング事情についても色々とお話を伺えた。
「西門駅の周辺はそもそもライセンスがあろうがなかろうがバスキング禁止なんだよ」と。なので警察に7割ぐらいの確率で止められるらしい。
警察も人通りの多い西門町へ頻繁に巡回に行っているらしく、西門町の入り口付近なんかでバスキングしてたら確実にすぐに見つかり、下手すれば準備中に止められることもあるとのこと。知らないことは恐ろしい。
候補からは除外だな。西門町でのバスキングは本来ライセンス制でメルボルンみたいに外国人でも取れるものではない。ただ、警察が注意するって言っても、「ここでやっちゃダメだよ〜」とか割と優しめな感じが多いらしく、中には「パスポート見せろ」と言われるケースもあるらしいが、その時は「ホテルに忘れました。マジすんません。」と言ったら見逃してくれたらしい。
坊主で髭の方がおっしゃるには「世界中回ったけど台湾は一番人が優しい」との評であった。色々と世界中のバスキング談義を終えた後、お二人とは別れた。
翌朝、と言ってもやはり昼過ぎに目覚めてフロントに「荷物届いていない?」と聞きに行くと、CDが届いていた。よし、これで本格的にバスキングできるぞと思い、夕刻に備えた。
そして、昨日挑戦するも開始早々力尽きてしまった場所、西門駅裏手側、もといポリンキー像前。背は道路に下界を見下ろさんが如く鎮座するポリンキー像と対峙するようにしてセッティングした。背水の陣スタイル。
時刻は5時にスタート。しかし、何か違和感が。派手な曲では足を止める人がちらほらいるが、その感触を裏付けるかのようにコインを入れてくれる人はほとんどいない。何故だろうと思いつつ、ふと顔をあげると、欧米人男性とアジア人女性の二人組が立っていた。男性の方がコインをパラパラ入れてくれて、「いい演奏だね。僕も楽器をやっているんだ」と名刺を渡してくれた。
確かに楽器演奏者には受けるのかもしれないな。しかし、これではないなという違和感が心の中にあった。しばらく続けるもCDが売れるどころか、チップもほとんど入らない。これは場所を変えるしかないと思い、移動することにした。ここではない、ここも違うかなと、ふらふらと歩き回って、結局、歩道に等間隔に植わっている街路樹の根元に陣取った。
ちょうど歩道が道路側は自転車専用と反対側は歩行者専用に分かれていて、歩行者側にはお店がずらりと並んでいた。この場所はちょうど街路樹のおかげで歩行者の歩くスペースが他の場所より少し狭まっているので、よりスピーカーの近くを通ってもらえるはずだ。
そして、スタートすると演奏を開始して、しばらくするとちらほらコインを入れてくれる人がいるが、反応してくれる人は少ない。場所は直感的に間違ってないはずなのに何故だろうか。その日は、ほとんど成果もなく終了した。
次の日は雨であった。亜熱帯気候なので雨が多いと聞いていたが、しょうがないことだと思い、その日は休息することにした。
それにしても、宿泊しているバッパーが800円という格安で、そこそこ寝床は快適でそれなりに満足できる宿だが、こうくつろげる広々としたオープンスペースはないものか、しばらく滞在したら別のところに移動しようかと考え始めていたのだが。
とりあえず洗濯機を探そうと思いロビーから地下に通じる階段を降りていったらすぐ右手にあるではないか。ソファーが並びテーブルもあり、バーだって完備されている素敵な空間が。
雨の日はここでダラダラしよう。こうして、大荷物を担いでの引越しはなくなったと安堵した。
その翌日はパラパラと雨が降っていたが、夜は晴れるとのこと。お昼にブランチを平らげ、近くにあったスタバでコーヒーをすすりながら読書に励み、4時には機材を準備してまとめ宿を出た。5時に西門駅裏を試してみるも全くうんともすんとも言わない感じだった。
自分の中でやっぱりこれは場所が違うな、これは違うなという違和感があったので納得できる結果だ。そう思い、昨日試した街路樹根元へ移動してバスキング開始。しかし、少し反応があるも、何かが違う気がする。
強いて言うならば、歩行者の数とか、何と言うかこう熱いエネルギーみたいなのがほとんど感じられないのだ。出国前に抱いていたイメージとだいぶ違うなと思いつつも、イマイチな成果でその日も終了した。
翌日昼食を終えた私は、真っ先に画用紙を買いに行った。オーストラリアやニュージーランドでは、紙に自分の名前とフェイスブックのアカウント、そしてCDの値段を書いたものをギターケースのところに置いていて、それで十分だったのだが、ここもやはり異国の地である。勝手が違うのかもしれない。
もっとアピールをしても良いのではないか、と思い、買った画用紙の1枚目には英語で、自己紹介とフェイスブックとインスタグラムのアカウント名、そしてCDの値段を記入した。
2枚目には、ネットで調べた中国語で自己紹介に、自分は日本から来て、台湾は今回が初めてであることを書き加えた。そして、両方の用紙には「謝謝」と付け足した。
この日は金曜日、台北バスキング最初の週末だ。何としてでも結果を出さねばならない。武者震いをおさえつつも出撃準備を整えていった。
続く