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ニュージーランド・バスキング・デイズ vol. 2

オークランド芸人、クリスマスに撃沈する 


クリスマスまであと二日と迫った日の昼下がり、クィーンズストリートのTopShop前でバスキングしながらあたりを見回すと人々が、街中に溢れんばかりに漂っているクリスマスムードに酔いしれているかのように、ゆったりと通り過ぎて行っている。

ソロギターがあたかもベストマッチしているかのような穏やかな雰囲気だ。

それを裏付けるかのように、CDもいつもの倍近くのペースで景気良く売れて行くし、チップも良く入る。前日までの不調が嘘のようだ。

やはり、前の日の夜にKJ soundのタツさんとロカを誘って韓国BBQに行ったのが正解だったようだ。

元々二人が何回か足を運んでいた食べ放題のお店なのだが、二人の話を聞いて興味を持った私が一度食べに行ってみたいと、あと、ロカがクリスマスが終わるとオークランドを去ってしまうこともあったので、二人に提案したのだ。

普段バッパー住まいの私は料理するのが面倒くさいので外食ばかりの生活である。しかし、外食では一人分の量が如何せん足りない。

それにバスキングは体力勝負で、とてもエネルギーを必要とする。韓国BBQで大量の肉とご飯とワカメスープを平らげた私はそれまでの不調の原因が栄養不足にあったと確信した。

胃袋一般人代表のタツさんと、たまたま同行したワーホリ中のトモミさんは私の食事量に目を丸くしていた。がっしりとした体格で、見るからに大食漢であるロカも「ケイスケさん、スゴイー」と片言の日本語で驚いていた。

いや、君も黙々と大量のトッポギと肉を食べていたよね。

しかし、肉を大量に消化した効果は絶大で、翌日のパフォーマンスに音に変換しきれないぐらいの余裕が滲み出ている感じがした。

そしてタイミング良く世間はクリスマスシーズン。ふと見上げた視線の先には私が12月始めに来たときからある巨大なサンタクロースのオブジェが。

日本人の感性からは大きくかけ離れた欧米人センス丸出しのサンタ像の、その薄気味悪く微笑んでいる顔も、以前はあれ程腹立たしかったのに、今では何故かこのクリスマスムードを、画家ドラクロワが描いた自由の女神の如く、頼もしくも先導しているように思えてならない。

いや、自分もこの雰囲気に浮かれている人々に感化されてしまっているのだろうか。

サンタ像から道路を挟んだ向かいにあるベンチに目をふと移すと、そこには、左手には寄付を要求する旨の書かれたプラカードを抱え、右手には少量のコインが入った透明のプラスチックのコップを持った肥満体の男が。彼は街で良く見かける物乞いで人々の注意を引きつけるため、いつもコインの入ったコップを音が良く鳴るように小刻みに振っている。

しかし、コップを振るスピードがいつもの倍近く速く、そして荒々しい。その姿はまるで、このクリスマスムードの熱気に呼応しているようだった。コップを回すスピードが速いからってもらえる金額が増える分けないと思うんだが。コップの中味がコインではなく、何らかのフルーツであったら程よく混ざってさぞかし美味しい飲み物が出来るであろう。

クリスマスというのは、かくも人々を狂わせてしまうのか。

サンタを先頭に、クリマス百鬼夜行が行進しているかのようだ。

こうして、この日はクリスマスシーズンへの手応えを確かに感じたバスキングであった。

KJ soundのタツさんはまぁまぁだと言っていた。やはり雰囲気が穏やかであった分ソロギターの方が手応えを感じやすい日であったのかもしれない。

それでも、KJ sound二人のドネーションの分け前と自分のCDを売っていた分を合わせたロカの方が私より若干稼ぎが多かったが。

しかし、翌日私の方はそれほど手応えが良くなく、KJ soundの方が調子が良かった。前日に比べると道行く人々に緊張感のようなものが感じられたが、それを上手く触発して、人々を盛り上げることが出来たKJ soundに大きく軍配が上がったのであろう。

やはり、最大のイベントであるクリスマス、12月25日に向けて人々の気持ちが高ぶってきているのかもしれない。そして、それに触発されるように、我々フルタイムバスカー組の期待も大きく膨らんで行くのであった。

クリスマスにはシティから人がいなくなるという話なので、我々が色々な人のアドバイスを集約し、議論し、熟孝して立てた計画は、KJ soundの二人はミッションベイへ、私はタカプナマーケットへ、それぞれオークランドシティ郊外にあるバスで片道10分ほどのエリアに行くというものであった。

マーケットは以前二人が参戦して、とても雰囲気が良く、ソロギター向きだと勧めてくれた。

そうだ、マーケットだ。これまで3週間ほどオークランドでバスキングをして来たが、かつてメルボルンで経験したようなインパクトのある稼ぎには至っていない。

もうこれしかないと思った。

タカプナマーケットは毎週日曜の朝7時には開いているらしく、8時には場所取りをする必要があると聞いた。

朝の6時半には起床しようと目覚ましをセットしたのだが緊張で5時に目が覚めてしまい、時間になるまでネットを見ながら過ごした。

そして、起床後はてきぱきと支度を終え、CDを30枚ほどカバンに詰め込み、バッパーを出発した。

7時頃にシティを歩くのは初めてだが、人がものすごく少ない。早朝であるし、何せ今日はクリスマスだ。それほど驚きはない。

バス停に予定通り到着してバスを待っていると、同じくバス待ちの旅行者の二人組が話しかけて来て、タカプナマーケットへの行き方を聞いて来た。自分も同じ目的地であるが、今回初めて行くことを告げて、二人で電子掲示板を確認した。

その時に男性がふと聞いて来た。

「今日ってマーケット開いているの?」

さすがにクリスマスと言えどやってるだろう。メルボルンでもクリスマスにスーパー閉まっていたけど、何らかのお店は開いていたし。何を言ってるんだ、君は。

色々な独り言が頭の中を駆け巡る中、確信が今イチ持てなかったので「やってるはずだと思う」とだけ答えた。完全に寝起きの頭では大して思考力が働かないのであまり深くは考えなかった。

定刻より少し遅れて来たバスの運転手に聞くとそのバスはタカプナマーケット行きだと言う。よしよし順調だと思いつつ、窓の外の風景を眺めてみる。

急勾配な坂を上り下りして、広々とした芝生に覆われたグラウンドのそばを通り過ぎ、ヨットがたくさん浮いている穏やかな海を、長い橋で渡ってたどり着いた街はとても雰囲気の良い小奇麗な街であった。

バスから降り立ち、そう言えば、マーケットの正確な位置を把握していないということに気づいた。

近くで煙草を吹かしていたバスドライバーらしき女性に聞いてみると、「マーケット?そんなのやっているわけないでしょう。クリスマスにはどんな店も全てクローズよ」との返答が。

いや、そんなことって。

茫然自失としていると、同じバスの乗客のお婆さんが話しかけて来た。オーストラリア訛りで聞き取りにくい部分もあるが、マーケットは毎週日曜日に開催されるが、一年のうちたった一日だけの休みがクリスマスであること、近くにビーチがあって人がいるにはいるがバスキングはそこでは出来ないことを教えてくれた。

確認のため、レストランやカフェが並ぶ、他に誰も歩いていない通りを抜け、ビーチに出た。

そこにはビーチをゆったりと散歩する人々の姿が。

バスキングする気を完全に失った私は、その光景をベンチに腰掛けぼーっと30分ほど眺めた後、オークランドシティへ引き返すことにした。帰りのバスに揺られながら、失意のうちに、タツさんに携帯でメッセージを送った。

あとは、ミッションベイに一縷の望みを託すしかない。

バスは、朝九時頃にも関わらずほとんど人がいないオークランドシティ中心部に到着した。

バスから降り立ち、ふと見上げた視線の先にはあのサンタ像が。

両脇には二匹のトナカイを従え、閑散としたオークランドにたたずむ、相も変わらず薄気味悪く微笑んでいるサンタ像。

こうなることを全部知っていたのか?

あの微笑みは全てを見越していたのかもしれない。

もはや今となっては役目を終えたサンタ像にはどことなく哀愁が漂っている気もするが、心なしかその顔は自分の与えられた使命を見事にやり遂げた誇りに満ちているようにも見える。

いや、帰って寝よう。

こうして私はとぼとぼとバッパーへと歩いて行った。

バッパーのベッドでくつろいでいると、ほどなくしてタツさんからミッションベイ撃沈の知らせが。

KJ soundの二人はシティに引き返して来たが、諦めきれないのか、人のまばらなシティでバスキングを開始する。

しかし、そんな彼らの奮闘空しく、無情にも我々のクリスマスバスキングは何のハイライトも迎えず、カーテンコールもないまま静かに幕を下ろしたのであった。

続く。

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