ニュージーランド・バスキング・デイズ vol. 1
オークランド芸人、バスキングデイズ
メルボルンと言う街を貝に例えるなら、時にはその濃厚で独特な自己主張の強い味に辟易してしまうこともあるが、時間がある程度経つとまた味わってみたくなる魅力を持つ、牡蠣のような街と言えよう。
その一方で、オークランドは、毎日の食卓に並んでも素朴な味であるがゆえに飽きることはないのだが、いつの間にか我々の舌に馴染み、日々の生活になくてはならないような親しみを感じさせる、アサリのような街だと言えるかもしれない。
旅行者のバイブルと言っても過言ではない「地球の歩き方〜ニュージーランド編」に書いてあった、オークランドシティにある観光スポットの一つ、スカイタワーでムール貝が食べ放題であるとの記載を読みつつ、そのようなことを考えていた。
そう言えば、メルボルンでもムール貝が市場で売られていたのを見たことがあるが、食べたことことがなく、味の想像がつかない。
スカイタワーにはこの手の建造物にはありがちな街を一望出来る、展望室があるそうだが、少しも登ってみる気にはならない。大阪で言うところの通天閣のようなものだろうか。
さて、オークランドは小奇麗な街ではあるが田舎のビジネス街のような街である。メルボルンとは異なり、夜は人がほとんどいないので、自ずとバスキングは昼になってしまう。
メルボルンにいた頃は昼の2時頃に起きて主に夕方に活動していた私も、今ではすっかり朝の9時起きになり、11時頃には朝昼兼用の食事、いわゆるブランチをとって12時からのバスキングに備える生活になってしまった。
夜は時々ハーバーでバスキングをしているがあまり稼ぎにはならない。ただ寝付きが凄く良くなるので、ナイトバスキングはあくまでも健康のためだ。
昼のバスキングでは、バスカー仲間の以前からの助言通りか、CDがちらほら売れる。ドネーション、いわゆるチップはそれほど入らないが、一枚15ドルで売ってるCDが収入を支えてくれている。メルボルンでも昼バスキングすべきだったのであろうか。
しかし、全体的にはメルボルンの方が稼ぎが良いと思う。
それはメルボルンが、オーストラリアの広大な大地に根ざした魔力的な歴史文化が基盤となって築き上げられた街で、多種多様な文化や人種が混沌とした状態でも受け入れてしまう包容力を持っているからなのか、ただ単にオークランドが何処までも田舎都市だからなのかはわからない。
その一方で、ここオークランドでは人がものすごく気さくである。
CDを買ってくれた人が翌日に通りかかり、CDの感想を述べてくれることもざらである。そう言えば、中国人旅行者の若者が凄く演奏を気に入ってくれて、蓋を開けてみれば彼もミュージシャンだったのだが、CDを購入してくれただけでなくステーキを奢ってくれた。また、岩手県はいわき市に6年ほど住んでいて、震災も経験したという日本語ペラペラの方にもお会いしたが、日本でバーテンダーをしていた頃に良くソロギター音楽を聴いていて、昔を思い出すと言ってCDを買って行ってくれた。
この国の土壌には人との距離を縮めてくれている何かがあるのかもしれない。
いや、ただの田舎だからかも知れない。
バスキングスポットもメインストリートであるクィーンズストリートぐらいしかなく、バスカーも常勤している人がそれほどいないので、自ずとすぐに挨拶するぐらいの仲にはなる。
バスキングを始めた初日に出会ったヒューマンビートボクサーのタツさんと、翌日に会った韓国人ディジュリドゥ奏者のロカの二人は、私がオークランドに来る少し前に出会ったらしく、KJ soundと言う名のコンビを組んでいた。
タツさんの強靭なリズム感にトリッキーなロカのテクニックが光るとても魅力のあるコンビで彼らはもう既に街中の人に知られていた。タツさんは、私のメルボルン時代の戦友でもあるディジュ奏者のチャパ君と今年始めにオークランドで会い、そそのかされてバスカーになったらしい。
ロカは中国やマレーシアをバスキングで旅した後に、ニュージーランドに来たみたいだ。彼らとは常勤フルタイムバスカー組として仲良くなった。
ロカからは色々とバスキングの話を聞いたが、彼のバスキング旅が可能なのも彼のフレンドリーな性格なおかげであろう。何しろいつも笑っている。
会話は勿論英語であるが、お互いの拙い英語力でもそれを補うぐらいのコミュニケーション力だ。
ある日そんなロカが珍しく憤慨している様子だった。どうやらバスキング中に10ドル札を盗まれたようだった。
犯人はよく街を徘徊している不良グループの一員で、現場にいた他の仲間の静止も聞かずに、ロカがチップ入れにしていたディジュリドゥのケースから抜き取った。その一部始終を見たロカは激昂して犯人の女性の上着を掴み、取り押さえようとしたが、犯人は上着を捨てて逃走した。
警察にはもう既に連絡済みとのことだった。バスキング中にお金を盗られるのは割りと良くある話で、殆どは泣き寝入りで再犯防止に努めるしかない。
しかし、このあとの展開がオークランドの凄いところで、タツさんとロカがパフォーマンスの準備をしている最中に、いつも彼らのパフォーマンスを見ている人が声をかけて来て、ロカの元気のなさに気づいて事情を聞くと、彼らに同情したのか自分の財布から20ドル札を取り出し、ロカにそっと手渡した。
それを受け取る理由はないとロカは最初は断っていたのだが、相手の真剣な表情を見て、拒絶するのは逆に申し訳ないと思ったのか、ありがとうとお礼を言い20ドル紙幣を受け取った。そうこうしているうちに通報からそこそこ時間が経過していたが、警察がようやく到着した。
事情聴取で状況説明をするロカ。時々助け舟を出すタツさん。タツさんはしょうがないと思っているのか先程からあんまり怒ってない。そんなやりとりの様子を見て警察とトラブルにでもなっているのかと心配してか通りすがりの人が次々と声をかけてくる。
そのうち近くに座っていた台湾出身の日本語を話せるおじいさんが話しかけて来て、ことのあらましを私が説明すると同情してディジュリドゥケースに10ドル入れてくれた。
事情聴取を終えたロカにおじいさんのことを告げると彼はお礼を言いに行った。結果的に彼は盗られた以上のお金を人からもらったわけだが、次の日も彼は怒りが治まり切っていない様子だった。
それもそのはずで、バスキングしているときにもらったお金は10セントコインであろうと金額に関係なく、とてもありがたいものだ。そんな自分のパフォーマンスに対して敬意を払ってくれた人の気持ちが踏みにじられてしまったことがとてつもなく悔しいのだ。
そんな事件があった後も、彼らのパフォーマンスは相も変わらず大人気で、毎回多くの人の足を止めている。私はと言えば、中々苦戦している部分もあるが、1月中旬にはオークランドを去り、ロトルアでなんとか一週間ほど湖を眺めながら過ごせそうだ。
続く
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