ニュージーランド・バスキング・デイズ vol. 7
風の街、ウェリントン
正直な話、私は旅があまり好きではない。自分の置かれている環境が大きく変化することにストレスを感じてしまうのだ。出来ることならば、毎日琵琶湖をぼーっと眺めながら魚釣りに興じていたい。
ところが、私は金太郎飴のようにどこを切っても同じような日常に飽きやすくもある。
何だか言っていることが矛盾しているとお思いだろうが、ややこしい性格であるとご理解していただきたい。
要は飽きない程度の頻度で変化が生じてくれれば良いのだ。
しかし、移動を頻繁に行う旅には強いストレスを感じてしまう。特に今回は荷物がとても多い。毎回長距離バスに乗る際にはドライバーに何か文句を言われるんじゃないかとヒヤヒヤしてしまう。
それでも滞在先が心地良ければ、移動の時に生じる緊張感から解き放たれた勢いもあいまって、よりリラックスできるものだ。
そういった意味でロトルア滞在は素晴らしかった。街のデザインもおしゃれで窮屈な感じがまるでしないし、ロトルア湖の湖畔もとても過ごしやすかった。
ロトルア滞在最後の晩も例の如く、湖畔にてジャンベを叩いていたのだが、一人の中年男性に声をかけられ、その男性がギターを持っているということでセッションする流れになった。
ジョージと名乗ったその男性は車から持って来たギターでシンプルなコードの弾き語りを始めた。彼のギターの腕前はお世辞にも上手とは言えなかったが、私もジャンベは初心者なので、二人でセッションするにはちょうど良いレベルだった。
三曲ほどセッションした後、話を少しばかりして、彼は元エンジニアだったが、今は無職でアメリカ人の友人と旅して回っていると聞いた。ほどなくして荷造りがあるからとジョージに別れを告げ、宿に戻った私は荷物をまとめ、翌早朝の長距離移動に備え、早めに就寝した。
北島の中心よりもややオークランド側に位置するロトルアは、長距離バスでオークランドから四時間ほどだ。
しかし、北島最南端ウェリントンはロトルアから8時間ほどの大移動が必要である。
朝9時前のバスに乗り、ウェリントンに着いたのが5時前であった。道中、熟睡していた私を他の乗客が揺り起こしてくれ、理由は知らないがバスをチェンジするということを教えてくれたが、荷物を別のバスに移動する際にバスキングセットとジャンベが入っているバッグが「これはオーバーサイズよ」と女性ドライバーに指摘されてしまった。
結局何もペナルティはなかったが。
あと、乗り換えたバスで何気なく読んでいた海外旅行のマストアイテム「地球の歩き方」に「ウェリントンはニュージーランドの首都」との記載を見つけ仰天してしまった。
オークランドじゃないのか。
よく思い返してみると、我が家にあった簡易世界地図にはそれぞれの国に、国名と首都と主要都市のみが記載されていて、ニュージーランドではウェリントンという名の都市に首都であることを示す赤丸が印字してあったことに気づいた。
そうかこれから向かっている都市は曲がりなりにも首都なんだな。
と思っているうちに、バスが最終目的地であるウェリントンの駅横に到着した。
異様にかさばっている荷物を、これでも昔はバイトで建築資材を4トンも運んでいたこともあるのだからと昔取った杵柄を無理矢理引っ張り出し、自分に発破をかけて押していく。
そうやって駅前の広場に出てみると風がとても強い。
それも尋常じゃないくらい。
ありったけのゴミが詰め込まれたビニール袋がなされるがまま風に飛ばされてしまっている。
何なんだこれは。
比較的風の強かったオークランドすらも遥かに上回っているではないか。
宿に何とか辿りつき、ネットで調べてみるとウェリントンは年間平均風速が8m/sで世界で一番風の強い街だそうで、通称「風の街」と呼ばれているみたいだ。
確かに今回のニュージーランド旅の情報提供者にしてお助けキャラのタツさんやチャパ君もウェリントンは「風が強い」と教えてくれたが、これほどとまでは思っていなかった。
せいぜい「たこが良く飛びそう」ぐらいの認識だった。
実際は、たこなんか飛ばしたらすぐに糸が切れて二度と戻って来ないか、飛び上がる前に壊れてしまうだろう。
以前書いたが風速30km/h、すなわち8m/s以上はバスキングに向かない。つまりウェリントンは平常運転で既にバスキングしづらい街なのだ。
夕食のために外に出てみると、平日とはいえ仮にも一国の首都であるにもかかわらず、人通りが少ない。せっかくライセンスを取得したのにこれは外してしまったか。
そして、翌日は残念なことに雨であった。
また、風が強いと体温が下がりやすいからなのか、前日に半袖で街を歩き回っていたせいか、体調を崩してしまった。仕方がないので体調不良のまま、カフェで文筆業に勤しんだ。
しかし、窓から見える雨の降り方がおかしい。風は相も変わらず強い状態だから、分度器を当てれば45度になるような角度で雨が降っている。そして時折、突風のせいか角度が30度ほどになったりする。
夕食時には韓国人が経営している日本食レストランに行ったが、その入り口から見える広場の木が人工的に補強されているにもかかわらず、強風に煽られ、あちらこちらへとぐわんぐわん揺れている。
景観を良くするためとは言え、そんな風当たりの良いところに植えられた木もたまったんもんじゃない。有名なアニメ映画「風の谷のナウシカ」では、作中に出てくる「風の谷」も案外こんなものかもしれない。
しかし、そもそも「風が強い」ということは不快指数の高い項目であって、決して誇るべきことではないのではないか。
ウェリントン育ちの少年はそれでも「風速8m/sで世界一」を他の街の人間に誇りを持って告げるのかもしれない。肩震わせながら。そして、少年の目にはきらりと涙が光るのだろう。
何でこの街を首都に選んじゃったんだろうか、ニュージーランド。
そして、翌早朝、フェリー乗り場へ向かおうと無人の受付に鍵を残してホテルをチェックアウトしたのだが、あいにくの雨。
どんどん雨脚が強くなる中、何とかキャッチしたタクシーの運転手は「住民はみんな強い風や頻繁な雨に慣れてしまったんだよ」とおっしゃる。人間の慣れとはすごいものだ。
フェリー乗り場で乗船時間を待ちながら窓の外を見ると嵐のような光景だ。
その時にふと、「風が強い」と「雨が多い」で「嵐が多い」という不吉な方程式が頭をよぎった。そう言えば、「嵐」と言う名前の日本食レストランを街中で見かけたが、自虐が過ぎるんではないだろうか。
無事に乗船して、フェリーの一番見晴らしの良いところからそんなウェリントンの遠ざかる町並みを眺めてみる。街が遠ざかれば遠ざかるほど安堵感が増していくのは、フェリーに乗るまでのややこしい行程が問題なくクリア出来た実感が増しているからなのか、それとも、いや書くのはあえてやめておこう。
強風が年がら年中吹き荒れる「風の街」、いや「嵐の街」ウェリントン。
こんな街でも慣れてしまえば、案外住めば都なのかもしれない。
理解はしたくないが。
次は南島最初の街ピクトンへ。
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