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『はなしあい』#4 死ぬべき人間はいかに生くべきか 月本昭男 (立教大学・上智大学名誉教授)

1.概要


●2024年度修学院フォーラム「いのち」第2回
「『ギルガメッシュ叙事詩』と旧約聖書」
●講師 立教大学・上智大学名誉教授 月本 昭男さん
●2024年9月15日(日)~16日(月・祝)
●会場 関西セミナーハウス

2.王ギルガメッシュの物語

月本 昭男(立教大学・上智大学名誉教授) 

 今もパレスチナのガザでは、イスラエルとイスラム主義組織ハマスの間で熾烈な戦闘が続き、多くの市民と子供が犠牲になっている。これには、ユダヤ教やキリスト教が深く関係している。なぜこんな悲惨な事態が生じ、収まるところを知らないのか?ユダヤ教やキリスト教を生み出してきた旧約聖書や新約聖書は、パレスチナ周辺の人々からどんな影響を受けてきたのか?それを探りたいと思い、月本昭男先生に「『ギルガメッシュ叙事詩』と旧約聖書」について語っていただいた。
 「ギルガメシュ叙事詩」は、古代メソポタミアの都市国家ウルクの王ギルガメシュの物語である。これは紀元前2千年紀の初めに編まれ、粘土板に楔形文字で刻まれ、以後1500年に亘ってヘレニズム時代までも書き継がれ、読み継がれた文学作品である。そこには「生と死」「友情」「女性の自立」などの普遍的な問題が語られており、それらは旧約聖書にも取り込まれた。
 月本先生は、何度もパレスチナの発掘調査に当たられ、古代オリエント史を幅広い視点から研究されてきた、旧約聖書の研究者である。今回は、その広範な経験と知見を基に、多数の図版を用い、また現地調査で発掘された粘土板なども示して、今回のテーマについて丁寧に語ってくださった。

3.比類なき死生観

 講演は3回に分けられ、第1回は「死ぬべき人間はいかに生くべきか」と題された。この叙事詩には、ギルガメシュの王が、その友エンキドウと出会い、様々な経験を重ねた後に、彼と死別する様が語られている。王にとってエンキドウとの死別は、耐えがたい痛手であり、王は、その死を乗り越えるために様々な試みをし、死ぬべき人間はいかに生くべきかを、自らに問う。その結果、死をものともしない英雄的生き方や、死への恐怖から永生を希求する生き方、限られた人生を享受する生き方、不慮の死を避ける生き方などがあると悟るが、どれを選ぶかは読者に委ねられている、として終わる。この死生観は、死後の世界の存在を前提としたエジプトの死生観と著しく異なっていた。これに対し、旧約聖書は、死者の赴く世界について思弁を弄することはせず、人は、唯一神信仰のもとで、神の祝福のなかに地上の生を送ることに集中すべきことを勧めた。そして後に新約聖書は、キリストの復活に希望を託して生きるべきことを勧めた。

4.「友情」と「女神の誘惑」

 第2回の講演では「古代文学における友情とその展開」と題して、ギルガメシュ叙事詩で語られた王とエンキドウの友情が、ギリシャ神話の「イリアス」と「オデュッセイア」に語られたアキレウスとパトロクロスの友情や、旧約聖書サムエル紀に書かれたダビデとヨナタンの友情と対比して語られた。これらはいずれも、英雄間の友情物語である。古代ギリシャ・ローマにおいては、真の友人とは誰かが論じられたが。古代メソポタミアや、旧約聖書においては、そのような友情論は展開されなかった。旧約聖書のヘブライ語では、友と訳される語は隣人、寄留者をも意味する。友=隣人=寄留者という同等関係が成り立ち、友情は隣人愛に吸収された。この考え方は、新約聖書にも引き継がれた。
 第3回の講演は「女神イシュタルの誘惑とその周辺」と題して、ギルガメシュ叙事詩で語られた女神イシュタルのギルガメシュ王への誘惑を、エジプトやギリシャに伝わる女神や既婚女性が若者を誘惑する物語と対比して語られた。古代メソポタミアや、エジプト、ギリシャにおいては、女神や既婚女性が若者を誘惑する物語が多く語られたが、これらの物語の背景には、家父長制的社会の制約から自らを解放し始めた女性の姿が映し出されている。しかしいずれの物語においても若者が誘惑を退けた。これは、当時の社会が女性の自立した姿勢と行動を認めようとしなかったことを示している。古代メソポタミアでは、既婚女性が若者を誘惑する文学作品は生まれなかった。それは既婚女性による婚外情交には厳しい処罰が定められていたからである。

5.聖書はギルガメッシュ叙事詩の影響を受けている?

この法は旧約聖書にも引き継がれた。婚姻は契約関係であり、姦淫は契約違反であった。旧約聖書においては、神ヤハウエとイスラエルの民の関係が夫と妻の契約関係になぞられ、異教崇拝は淫行であるとされた。イエスは、情欲を抱いて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのである、と言われた。
こうして『ギルガメシュ叙事詩』に語られていることを、エジプトやギリシャの思想と対比し、さらに旧約聖書や新約聖書の思想と比較してみると、旧約聖書や新約聖書に書かれていることのユニークさが浮き彫りになり、大変興味深い学びの時となった。
この3回の講演は、関西セミナーハウスのホームページ掲載のYouTubeライブラリーを通して希望者に配信される。是非ご聴講ください。
(報告=小久保 正:京都大学名誉教授)

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