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DXレポートとレガシーシステム

こんにちは! 
今回は、経済産業省の『DXレポート』とレガシーシステムを取り上げて解説を加えてみたいと思います。

『DXレポート』(初版)と『DXレポート2』(中間報告書)の原文については、それぞれ経済産業省のウェブサイトをご参照ください。
 リンク:『DXレポート』(初版)2018年9月
 リンク:『DXレポート2』(中間報告書)2020年12月

「2025年の崖」や「年間12兆円の経済損失」など、挑発的なメッセージが功を奏し、流行語大賞も夢ではないほどDXが盛り上がりました。しかしながらDXという言葉は、語る人や使われ方によって微妙に意味が異なる、不思議な言葉でもあります。

そこで混乱の起きないよう、最初に本コラムにおける言葉の認識合わせを行ないましょう。DXはデジタル・トランスフォーメーション(Digital Transformation)の省略形です。本コラムでは『DXレポート』本文にも引用されている、IT専門調査会社 IDC Japan社の定義(以下)を採用することにします。

DX(デジタル・トランスフォーメーション) 引用:IDC Japan株式会社
起業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立することを指す。

簡単に「デジタル技術を活用したビジネス変革」を意味するとご理解いただければと思います。

『DXレポート』への誤解

さて皆さんは『DXレポート』に対してどのような印象をお持ちですか?

・『DXレポート』はDX成功への羅針盤となる資料
・「2025年の崖」を超えるにはレガシーシステムの刷新が重要

残念ながら2つとも違います。

おそらく『DXレポート』で引用されたDXの定義に、デジタル活用、変革の牽引、新たな価値創造、競争力の優位性などと記載されているため、素直に捉えると『DXレポート』を進めることでDX(定義の内容)が達成できると勘違されるようです。

それに加えて、DXの成功企業としてGAFAやUber、ネットフリックスなどの黒船軍団が、卓越したビジネスモデルを背景に競争優位に立つ姿を目の当たりにすると、日本企業も早急にDXに取組み、競争力を高める必要性に迫られたことも『DXレポート』を過大な期待へ向けた一因ではないかと考えます。

改めて『DXレポート』(初版)の「検討の背景と議論のスコープ」を読み直すと、まずレポート作成の背景として日本企業のIT化の遅れが指摘され、議論のスコープとして「DX を実現していく上でのITシステムに関する現状の課題やその対応策を中心に議論する」と明記されています(以下原文)。

検討の背景と議論のスコープ(DXレポート 本文4ページより)
 以上の背景を踏まえ、IT システムが今後 DX を実行していく上での大きな課題であることから、本研究会では、DX を実現していく上での IT システムに関する現状の課題やその対応策を中心に議論することとした。

ここは、見逃されがちなのですが重要なポイントです。
『DXレポート』の主眼はデジタル・トランスフォーメーションのうち、デジタル(ITシステム)の部分に置かれ、トランスフォーメーション(ビジネス変革)は最初からスコープ外だったのです。

したがって『DXレポート』は、最初に記載した「DX成功への羅針盤となる資料」ではなく、「ビジネス変革を支えるための、デジタル化への変革(トランスフォーメーション)」脚色すると、「VUCAの時代において、柔軟性とスピート感を持ってビジネス変革を実現すべく、まずはデジタル基盤を整備する」ことを目的に作成された資料なのです。

とはいえレポートで指摘されていることは非常に重要で、当然ながら早急に実施する必要があるのですが、『DXレポート』に書かれた内容を進めるだけではGAFAになれないことは認識しておかなければなりません。私自身、ここに気付くのが遅れ『DXレポート』に過度な期待を抱いていました。

次に「「2025年の崖」を超えるにはレガシーシステムの刷新が重要」という問いですが、残念ながらこれも間違いです。

下図は、多くのセミナーで流用され『DXレポート』の代名詞となっている、本文27ページ、そしてサマリー版の最初に登場する「2025年の崖」全体像です。ここで問題視されているのは「複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システムの残存と、それが原因で爆発的に増加するデータを活用しきれずにDXを実現でないと、デジタル競争の敗者となる恐れがある」ということで、決してレガシーシステムの刷新を謳っているのではないのです。

2025年の崖

ITベンダーにとっては、レガシーシステムの刷新は大きなビジネスチャンスなので、ここはおおいに危機感を煽りたいところですが、安易に乗ってしまうと多大な出費につながる可能性があるので注意しましょう。

早急に行なうべきことは、レガシーシステムに存在するデータを利活用できる状態にすることなのです!

APIを作成してデータを出し入れ可能にしたり、EAIやETLでデータ統合や変換を行なうことで十分事足りる場面も多く存在します。その観点で、再度レガシーシステムを見直してはいかがでしょう。

日本企業のIT環境はどこに問題があったのか

では一体、経済産業省が警笛を鳴らさなければならないほど、日本のIT環境はどこに問題を抱えていたのでしょう? 

~ ITシステム「2025 年の崖」の克服とDXの本格的な展開 ~

これが、初期版『DXレポート』の表紙に書かれた副題です。
副題は、レガシーシステムの断捨離とデジタル化の促進を意味してますが、有識者の方々はこの双方に問題があると認識されているのでしょう。

IT投資はどこに向いていたのか?

最初の問題であるレガシーシステムの断捨離ですが、もう少し問題を整理してみましょう。

日本企業のIT投資の内訳

この図は、調査コンサルティング会社のITR社がまとめられた、日本企業のIT投資の内訳を参考に作成しました。新規投資とは新規システム構築や大規模なリプレースを指し、定常費用は既存システムの維持運用や軽微な改修を意味します。『DXレポート』が発表された前年のデータなので、レポートが問題視する状況が含まれている可能性があります。

この割合をみると、企業のビジネス成長に向けたIT投資は、全投資の約1割にも満たないということが解ります。ITR社の調査だけでなく、経済産業省の情報処理実態調査報告書を見ても、リーマンショックや東日本大震災を挟んだ10年間におけるシステム投資傾向もさほど変わりません。

ビジネス変化に対して、ITの対応速度が遅いと言われる所以はこのあたりにありそうです。DXに取り組みたくても、残念なことに投資がまわらいのです。これは、システム部門が経営者から不信感を持たれる原因の一つでもあります。

もう一つ、別の視点で日本のIT市場を眺めてみます。

技術革新ブームとハイプサイクル

リサーチ&アドバイザリ企業であるガートナー社が提唱するハイプサイクルとは、特定技術の成熟度や採用状況、社会への適用度などを、キーワード単位で曲線上にプロットした概念図です。多くの企業が参考にし、そのリリースを心待ちにしています。

ハイプサイクル

日本ではガートナー・ジャパン社が2007年より『日本におけるテクノロジのハイプサイクル』と題して、日本のICT市場における代表的な40のキーワードを取り上げ発表しています。

2010年代の日本市場を振り返ると、リーマンショックと東日本大震災を経験後、ネットワークコンピューティングの台頭や持たざる経営へのシフト、さらに災害時のBCP対策などと相乗して、急速にクラウドコンピューティングの需要が高まりました。日本のクラウド元年と言われたのもこの頃です。

その後、製造業を中心とした第4次産業革命(独インダストリー4.0、米IIC)への移行に伴ない、IOT(モノのインターネット)やAI(人工知能)などの先端技術を積極的に採用する機運も高まります。

さらに技術革新ブームはDXへと続き、2010年代中盤はこれらを支える技術要素がハイプサイクルの黎明期から流行期として取り上げられました。

ハイプサイクル DX

ハイプサイクルが語る糞詰まり現象

ハイプサイクルに採用された2010年代の技術要素を年ごとに重ねてみると、面白い現象が見えてきます。それは、2010年代の中盤から後半に向けて、DXを支える最新の技術要素がなかなか右側へシフトしなかった(定着に向かわない)ということです。

おまけに2017年版のハイプサイクルでは、突如として「レガシー・アプリケーションの近代化」と「メインフレームのレガシー・マイグレーション」という2つの新たなキーワードが出現したのです。

なぜ2017年になって、ハイプサイクル曲線の後半に、レガシーに関連するキーワードが追加されたのでしょう。

ハイプサイクル レガシー

この二つの現象を考え合わせると、レガシー・アプリーケーションが目の上のたんこぶになり、新技術の定着を邪魔して糞詰まり現象を起こしているかのように読み取れます。

2017年版のハイプサイクル発表の後、『DXレポート』(初版)が発表されるのですが、このような経緯もあり初版では特にレガシー・アプリーケーションに対する問題提起が「2025年の崖」として大きく取り上げられたのです。

年間12兆円の経済損失、その根本原因は?

『DXレポート』の記載では、システムダウンの原因は以下の割合になっており、人的ミスを除く 79.6%がレガシーシステムに起因して起こると指摘されています。

 ① セキュリティ 29.1%
 ② ソフトの不具合 23.1%
 ③ 性能・容量不足 7.7%
 ④ 人的ミス 18.8%
 ⑤ ハードの故障・不慮の事故 19.7%

そしてこれが年間最大12兆円の損失につながるのですが、この損失12兆円というのは、DXができず変革に取組めなかった場合の機会損失ではなく、レガシーシステムに起因したシステム障害による経済損失(経済損失の算出根拠は本文27ページを参照)を意味しており、過去の統計から4年後には発生すると予測される損失額なのです。

これほどの損失を生むレガシーシステムの根本原因は。。

フタコブラクダが邪魔をする

下図は、システム開発工程ごとの作業負荷をグラフにしたものです。赤い点線は一般的に開発曲線と言われる新規開発時の工数曲線を示しています(実際にはカットオバー後の不具合対応で、すぐに下降線にはならないと言われますが)。

ふたこぶらくだ

これに対し青の実線は保守メンテナンス時の工数曲線を表します。前半部分の影響度調査を含む修正箇所の特定と、後半部分のテスト工程に工数が偏るため、その形から「フタコブラクダ」の曲線と言われています。

レガシーシステムの保守メンテナンスともなると、以下の「レガシーあるある」にあるように、多くの工数を投入せざるを得ず、その結果、ビジネス成長のシステム開発に投資が回らないという悪循環に陥っています。

【レガシーあるある】
・ システム構築時のベンダーとの取引は終了している
・ システム毎にベンダーが異なるためシステム間連携が考慮されていない
・ システム構築時の社員は移動や退職している
・ 仕様書などのドキュメントが残っていない
・ 仕様書などのドキュメントが正しくメンテナンスされていない
・ ソースコードを見なければアプリケーションの仕様が解らない
・ そもそもソースコードを見ても解らない
・ COBOLやPL/I のプログラマーが居なくなった
・影響度の範囲が解らないので、少しの改修なのに多くの工数がかかる

このうちのいくつかに心当たりはありませんか?

フタコブラクダはDXの足かせ

同様に、一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会が「デジタル化の進展に対する意識調査」として、既存システムがDXの足かせとなっている理由を調査したところ(n=99)、以下のような結果となっています。

ご覧の通り、ドキュメントの不整備、システム間連携、テスト工程の負荷などを筆頭に、レガシーあるあるが続いています。

・ドキュメントが整備されていないため調査に時間を要する (49)
・レガシーシステムとのデータ連携が困難 (46)
・影響が多岐にわたるため試験に時間を要する (45)
・技術的な制約や性能の限界がある (39)
・有識者がいない、ブラックボックス化しているため触れたくない (38)
・維持・運用費が高く、改修コストを捻出しにくい (37)
・分析に必要なデータが不足している、ない (35)
・特定メーカーの製品・技術の制約があり、多大な改修コストが発生 (35)
・特定技術に関する技術者を確保するのに、多大なコストが発生 (22)
・メーカーのサポートが切れており触れたくない (4)

不均衡なIT投資バランスの原因となり、年間12兆円と予測される経済損失を引き起こし、またDX推進の足かせとなっているレガシーシステムですが、各企業においてIT投資バラランスや、今後予測される経済損失など、どのように認識されているのでしょうか。

やはり、レガシーシステムへの負荷を下げない事には、DXへの取組みにおいて工数面や費用面での足かせになると思われます。

『DXレポート2』は待ったなしのデジタル化押し

初版から約2年後の2020年12月に『DXレポート2』(中間報告書)が発表されます。ここには約500社の診断結果として、DXへの取組状況は9割以上の企業が未着手レベルか、散発的な実施でしかないという衝撃的な結果が報告されています。

日本企業のDXへの対応遅れはどう捉えればいいのでしょう。

企業はDXには取り組まなくていいのか、それとも「いつやるの?、今でしょう!」の時期ではないのか、またどこから手を付けていいのか判断がつかないのか、そもそも「質問されているDXって何?」の定義が曖昧なのか、などなど、どうも問題点がはっきりしないのもDXの特徴の一つだと思います。

そして『DXレポート2』では、レガシー偏重への反省を込めたうえで、改めてデジタル化への取り組みが強調されています。

また『DXレポート2』の発表と同時期に、ガートナー社からも最新のハイプサイクルが発表されました。不思議なことに、今回のハイプサイクルもDXレポートと歩調が合っていて、名称も『日本におけるテクノロジのハイプ・サイクル』から『日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル』へと変更になり、レガシー問題のテーマがすっかり消えて無くなっています。

レガシー問題を解決したことにするのか、レガシーは一旦横においてデジタル化を優先することにするのかはさておき、デジタル化待ったなしの時期に来ているのは間違いないようです。

レガシーシステムは断捨離すべし

『DXレポート2』には、初版にてレガシー問題を煽りすぎたために、読者の視点がレガシーに向きすぎたとの反省が書いてあります。レガシーシステムは新たにお金を生むわけではなく、維持管理に多くのコストがかかっているため避けて通るわけにはいきませんが、一気に刷新するには多大な費用と時間を必要とします。

すでに多くの問題を抱え早急に刷新しなければならないケースは別にして、今後に向けてレガシーシステムの対策を検討したい方には、まずはレガシーシステムの断捨離(スリム化)をお勧めします。冒頭にも説明しましたが、早急に実現すべきことは、レガシーシステムに存在するデータを利活用できる状態にすることです。

更新頻度の少ないシステムは一旦塩漬けにしておき、システム連携基盤を構築する(APIを作成してデータを出し入れ可能にしたり、EAIやETLでデータ統合や変換を行なうなど)ことで、当面はユーザ要件をアプリケーション側で吸収することも可能になります。

また、レガシーシステムの不具合による経済損失を防ぐためには、システムの可視化が最優先となります。前述日本情報システム・ユーザー協会の調査で挙げられたとおり、ドキュメント未整備による影響調査時間やテスト工数の増大、レガシーシステムとのデータ連携、ブラックボックス化など、フタコブラクダの前コブのツケが、後コブにも悪影響をもらたせているため、レガシーシステムのスクラップアンドビルドを選択しない場合、既存システムの可視化ができない事には前に進めません。

可視化とはシステムの関連図、CRUDマトリックス、フローチャートなどのダイアグラムを作成し、システムの保守効率を高めるための措置を意味します。既存システムからのリバースエンジニアリングで、ダイアグラムを自動生成できれば言うことがありません。
可視化を実現できると、自社のシステム化要件や周辺への影響度、概算費用などを精査して、品質を高めるためのリファクタリング(プログラムの動作を変えずにソースコードや内部構造を最適化する)を実施するのか、モダナイゼーションで延命を図るのか、一気にマイグレーションを実施するのかの判断が可能になります。

レガシー対策

ここまでをまとめると、レガシーシステムの断捨離は、以下の順に検討されると良いでしょう。

 ① レガシーシステムに存在するデータを利活用できる状態にする 
 ② 可視化を行ないフタコブラクダの最初のコブを低くする 
 ③ システム不具合に起因する経済損失回避の方法を模索する

まとめ DXへの取り組み

本コラムの冒頭では『DXレポート』の意図は、レガシーシステムの断捨離とデジタル化の促進にあると説明しました。そしてDXに向かうためには、デジタル化の促進に加えてイノベーションを伴うビジネス(モデル)変革を実施する必要があります。

最初にDXを「デジタル技術を活用したビジネス変革」と定義したのは、『DXレポート』がDXへの羅針盤であるかのような誤解があまりにも多いと感じたためです。

 ① レガシーシステム対策
 ② 企業のデジタル化促進
 ③ ビジネス(モデル)変革

DXを実現するには、この3点がセットになっていますが、『DXレポート』が提示する解決策は、唯一②の企業のデジタル化促進だけなのです。
もちろん②が重要であることには間違いありませんが、どれも重みは変わりません。①のレガシーシステム対策や②のデジタル化促進は、③のビジネス(モデル)変革を目的にした手段なのです。

また、得てしてDXは新規事業創出のためにあるような言われ方もしますが、日本企業の強みは弛まぬ改善にあります。『両利きの経営』で提唱されているような、探索と深化のバランスよりも、ディスラプターの探索を模倣して、深化を加えるやり方の方が合っているのかも知れません。

ビジネス(モデル)の変革には、時には失敗を繰り返し、またトライアンドエラーを伴うものですが、スピード感を持って柔軟に進めるためにはデジタル化が必要条件になるのです。

「出来ることからコツコツと」以外にはないのでしょうね。

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