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静謐と暗澹が交錯する無機質的なヒップホップ|Obscure SSとは何者か?
2024年12月7日。世間ではクリスマスの準備が進み、年末に向けてより一層暖かな綻びを見せる人々が増えてきた。
私にとっても、この日は一年の中で自然消滅的に過ぎ去っていく一日である、と思っていた。このアルバムがリリースされるまでは…
「日本のヒップホップとは何か」という問いは、今もどこかで談論風発に意見が交わされていることだろう。私も時々考えていることである。
個人的な解釈をこの場で述懐すると、日本という国の人間性自体が、否定的で内向的な側面を持ち合わせていることから、それらからの脱却、或いは表現伝達の進化として、日本のヒップホップは存在するのではないか。
難しい言い方をしているが、現にヒップホップというジャンル自体がそうした自己アイデンティティの革新性やリベラリズムに基づいた自由な表現スタイルを基盤としたものであり、アメリカや諸外国など犯罪が横暴していることもなければ、薬物が蔓延しているわけでもない。
ならば、そうした旧態依然の政治体系やSNSの急速的な普及によってパトス的思考へと変貌していった日本社会に焦点が当たるのも納得がいく。
私はこのアルバムを聴いて、この封建的な鎖国国家においても、こんなに自由で独創的で、革新的な作品と巡り合うことが出来るなんて、まだまだ日本も捨てたもんじゃないなと、上記とは相反する思考に至ったわけであるが、
私の考え方などさほど重要ではない。
重要なのは、彼らという存在がいかにして革新的なのか、ということである。前文が長くなってしまったが、これから今回の主題となる「彼ら」について述べていきたい。
Obscure SSの詩仙・Eftraという存在
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近年、関東や関西、九州などで様々なMC・プロデューサーが台頭しているのが印象的だが、私が注目しているのが中越地方である。
Eftraはその中越地方・富山県在住のMCであり、これまでも国内外問わず様々なアーティストとコラボを果たしてきた。
特に、長野県在住でWINTOWN信州松本に君臨するMC兼プロデューサーのMASS-HOLEとは幾度となくコラボをしてきた。
2021年発表のアルバム「ze belle」収録曲の「gro"win"up in the town」で客演参加をすると、その年の10月には共作となる「E.F.T.R.A ep」をWD Sounds、dirtainより発表した。
私が特に瞠目したのが、2022年に同じくMASS-HOLEがシングルリリースした「AVALANCHE」において、今やUSのアンダーグラウンドで一目置かれる存在となったLUKAHとも共演を果たしていたことである。ちょうどこの二ヶ月後に自身四作目となる「Raw Extractions」をリリースし、この年のAOTYを搔っ攫っていたのが今でも印象に残っているLUKAHだが、今やアンダーグラウンドシーンの王といっても過言ではないbilly woodsと肩を並べるほどの存在であることは確かだ。
そんなアーティストとコラボしている日本人のMCがいたことを無知のあまりに知らなかった自分が情けない。
今年においても、カリフォルニアはサンディエゴを拠点に活動するMC・SCVTTERBRVINがリリースした「The Rotten King」に客演参加するなど、着々とその活動範囲を広げている。
今年ももう終幕となるが、2025年からのEftraが如何にしてアンダーグラウンドシーンを駆け抜けていくのか楽しみで仕方がない。
要注目プロデューサー・Wazasnicsが創り出す無機質な世界観
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Obscure SSの世界観を語るうえで欠かせない存在なのが、Wazasnicsである。現行アンダーグラウンドを追っている私が、好きなプロデューサーをランキング付けするならば、間違いなくトップ5に入るだろう。
彼がその名を知らしめたのは、2020年にシアトルの鬼才・AJ Suedeと共作で発表した「Time Immemorial」だ。私も当時このアルバムがリリースされたときは度肝を抜かれた。M1の"Missing 411"に加え、M4の"Echo Chamber"はその名の通りエコーのかかった極上のイントロから幕を上げるのだが、これがまた素晴らしい。
それ以外でも、私が今最もプッシュアップしているNYのプロデューサー・Spanish Ranと長年のコラボレーターであるBloo Azulとの共作「Midnight Bloo」も必聴である。この作品にはSpanish Ranもミックスとマスタリングで参加しており、全曲合わせて15分と僅かながら、聴き終えたときの充実感は一つの映画を見終えたときと大差ない。
2019年には同じくSpanish RanのコラボレーターであるSauce Heistを客演に迎えたシングル「Black Voice」を発表しており、彼のハードなラップを引き立てる重く暗澹なBoom Bapを炸裂させている。
2023年には自身初となるビートテープをリリース。Wazasnicsとは何者か、という議題に対する答えがこの作品の至る所に詰まっており、現行アンダーグラウンドを象徴する音が集結した重要作品であるといえる。
そのほかにも、長年USの地下シーンを牽引してきたANKHLEJOHNやTha God Fahim、Jay NiceやCharis Crackなど錚々たる顔ぶれとコラボを果たしてきた彼が、このObscure SSを通してどのような道筋を辿っていくのか、蚤取り眼で追っていきたい所存である。
形而下における連想 : アバンギャルドな感情表現
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今作を語るうえで起点となるのが、如何にヒップホップという伝統性に縛られずに感情的な表現をできるか、ということではなかろうか。
今年は特に、他アーティストでもそういった一線を画した表現技法を取り入れている作品が多かった印象を受ける。ただそれもすべて諸外国の話であって、日本国内では目にする機会がなかった。
しかし、まるで雨後の筍のように養分が蓄えられれば、如何に過渡的様相であっても限界点など優に超えてしまう。それが私が抱いたこの作品の第一印象だった。
ある時、MCのEftraさんからメールでアルバムのコンセプトについてお話をいただく機会があった。それによれば "「水面を見せ、水中を連想させる」をベースに、夜から朝へ向かうタイムラインを意識して制作した " とある。つまりは「感情という形而下の物質そのものを曝け出しながらも、そこの奥深くにある感情の本質を想起させる」ということであろう。
通暁というタイムラインが如何に神秘的かつ無機質なものであるかということは、誰しもが経験したことのあるものだと私は感じるのだが、そうした普遍的な現象だからこそ、そこに自身の感情を曝け出すことにより見えてくる自分自身の本質というものを理解していく必要性があるわけだ。
今作においてEftraがビートよりも一段引き下がった位置でラップをしていることも上記の内容を踏まえれば合点がいく。
このObsure SSのアート観は、日本においても、その他諸外国においても見ることが出来ない唯一無二なものであり、昨今における物質主義や過度な商業主義が横暴したメインストリームに釘を刺す役割を担っているといってもいいだろう。
混沌にある現代だからこそ、彼らが魅せるその独創的な世界観の本質から表面上に揺曳する些細な感情まで、味が消えるまで噛み締めていかなければならない。
ARTIST PROFILE
Eftra : SNS
Wazasnics : SNS