出ていったビート (最終話)
長男と同い年の太陽クンに
「なんなら引き取り運賃はボクが自腹きりますから
お願いします!」
と懇願され、
結局N社にアルシオーネをお願いすることになった。
止まっているか、数年前に頭を低く下げて
腰を曲げて乗った記憶があるくらいで
走っているところをじっくり見たことがなかったことに気づく。
ジロウと2人で見送った。
「こうしてみると、かっこいい車だね」
フロント部分が薄く前に伸びるシルバーのスポーツカーは
するっと東へ走っていった。
もう一台のビートの方は
夫が残した車の部品やオイルや工具などを引き取ってくれる
Mさんにお願いすることにした。
確定が50万で、もし高く売れたらプラスしてくれるという。
ビート用のパーツも全部持っていってもらえることになった。
サブロウと2人で夕飯を食べていると
Mさんから電話がきた。
「鈴木さん、突然なんですけど、今から取りにいっていいですか」
私の部屋のすぐ外に停まっている緑色のビート。
朝7時26分ぐらいに見送って、
夜は8時ごろ、私が仕事をしている時に帰ってくる音を聞いた。
スーパーの買い物以外はビートで出かけた。
「えー、ビートで行くの?」
座席が狭くて、お尻に道の振動がガタガタ響く乗り心地が
あまり好きではなかった。
「え? もう取りにくるんですか」
「はい、ちょっと、キレイにしてあげようと思って」
一昨年はこれで栃木のミートtheビートというイベントに行ったんですよ。
F1レーサーの佐藤琢磨が来たんですって。
去年は好きなユーチューバーのイベントがあったんですけど、
サーキットは軽で幌の車は走れないそうで行かなかったんです。
あ、後ろにワイルドスピードのニトロのぬいぐるみが置いてあるんです。
カーナビもバックモニターもパワーウィンドウも自分でつけたんですよ。
ドアをあけると地面が光るんです。
あ、ハンドルと上の幌の予備もあります。
心の準備もないまま
ビートが出ていってしまった。
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