葛藤
最近は家にいる時間ばかりで、自炊することもこれまで以上に多くなり、同時に洗い物の頻度も増えている。そこで役立ってくれているのがこのアザラシスポンジ…アザンジだ。
ふわふわした白い面
The スポンジの黒い面
グレーゾーン
去年の誕生日にわたしの大学の後輩がくれたものだ。先日、家のスポンジのストックがなくなったので、大切にとっておいたこのスポンジを使用し始めた。
しかし、スポンジとして使用していると、なんだかもやもやとした気分になっている私に気が付いた。
...可愛すぎる。アザンジめちゃくちゃかわいい。油汚れを落とそうと必死にアザンジでお皿をこすっている自分があまりに残酷な人間なのではないかと思えるほど、スポンジそのものがいとおしい。このもやもやこそ、実用性と愛らしさとの葛藤のはじまりであった。
縦長の形状で、コップの奥までしっかり届くというのが魅力だとパッケージにも書いてあった。どれどれ…。
おっ、使い易さは抜群だ。普段のスポンジよりスムーズに入るからノンストレスでコップの底をピカピカにすることができる。キレイになってるかな…コップをのぞいてみる。
見てる。完全にこっちを見ている。結局あなたも可愛がっておきながらこんなところに突っ込むんですね…って言ってる。違うんだよ、アザンジ、分かってくれよ、生きていくためには…人間は愚かだ。
冷静になる。モチーフが動物だからか、どうしてもスポンジからいのちのにおいを感じてしまう。けれどアザンジの使命は、汚れたものをきれいにするということ。この子が持つかわいさは後付けなのだ。癒し要素はあとからくっついてきている。だから使命を果たす手伝いをしてから、感謝の気持ちを込めてめいっぱい可愛がってやる。それでいいのだ。
この子と生活を共にしてからというもの、洗い物という無機質なルーティンワークをこんなに感情豊かに楽しめている自分の存在にも気づく。これは確実に、アザンジが我が家の洗い物界へと参入してきてくれたからだ。一人暮らしにとって、いきもの(のようなもの)が傍にいてくれるというのは生活を豊かにすることへとつながる。
後輩へ
改めて素敵なプレゼントをありがとう。マジでかわいいです。I LOVE AZANZI.
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