見出し画像

天才子役なんかを見てたり聞いたりすると
いつも思うことがあるんですよね

それは…
その時にしかできない事ってのがある
ってこと

往々にして天才子役と呼ばれる時
それはその年齢の早さで大人のようなSkillを見せた際に表現される

受け答えにせよ
演技にせよ
私生活にせよ
思考過程にせよ

まあこれはこれで
その人の人生。
他人がどうのこうのと言う権利はないでしょう

ただ僕の人生を振り返った際に強く感じるのは
子供の時は子供をやってたからこそ
今大人になれてるって事

子供って言っても
未熟なんではなく
実は本当に多感で繊細な心を持ちます

子育ての
お父さんやお母さんは
子供を見てて感じる事があるはずです

子供も
ほんとによく見てるし
聞いてるし
考えてます

やけど
それでも子供の時は
欲望やら気持ちが抑制できないのも事実

僕も子供の時は
なんか大人の世界の
色々な事は感じながらも
全力で子供でした

自分の欲望が通らないなら、泣くし怒るし
すぐ機嫌が悪くなったり
文句も言えば
不満も言う
友達と殴り合いの喧嘩もすりゃ
先生ともぶつかり合う
物に当たった事もあるし
通学中は関係のない人とも喧嘩になったり

まあ僕も僕で
なかなかの10代でした

今、結構鮮明に覚えているものです
それは
それだけ
これはやっちゃいけんよな
って頭で思考しつつも
実際は抑えられてなかった
って事やと思います

その時の経験での財産はやっぱり
自己犠牲する人間ってのを
現実に肌感で感じれた事

これに尽きます

母は何度も学校に呼び出されてたし
僕がよく感情的な際にも
逃げずに向き合ってくれてました

警察の世話にもなった時には
母に加えて
僕を可愛がってくれてた体育の先生も
勤務外の時間やのに駆けつけてきてくれて
警察に謝ってくれてました

うーん(゜-゜)
今思っても、自己犠牲というか
すごい事やなー。と思うんですよね

好き勝手+手前勝手
やりたい放題
喧嘩ばっかり
文句に不満
またすぐにキレる
しかも責任もとれやん年齢やから
また偉そうにモノを言う
言う事は聞かない
聞かせようとしたら暴れる

そんな子供相手にも

逃げずに全力で向き合ってくれた人間ってのが
やはり、いたんですよ

僕は子供の時に
その事を
映画やドラマやドキュメンタリーとかじゃなくて
現実の世界で
この目と耳を含む全感覚で感じる事ができました

これが1番の財産ですかね

今でも自分の中で
最後の最後は
信用できる人間ってのがいる
1番の根拠となってます

やはり実体験で感じるのはLEVELが違うと思います

僕を怒るわけでもなく
ただただ逃げずに
見守ってくれた大人が数人いました

まるでスキマスイッチの曲じゃないですが
まるで全力少年。って感じです

あの時
今でもやはり思うのは
警察に補導された際も
心の中では自分を責めてたし
情けないと思ってたし
謝ってましたが
実際には口にできない
皮肉しか言えないって状態でした

ってことでね
子供の時は子供をやったからこそ
今はその反省と
強い感謝の気持ちで
大人になれたと思うんです

そりゃもちろん
成人してから上記に記した事をやってりゃ
危険人物ですから(笑)

やはりまだ子供やったからこそ
子供として助けてもらえたんですよね

今日の話と直接関係あるわけではないですが

エリクソン発達段階

ってのがあります

まあ雑く言えば
子供の時はしっかり子供としての問題と向き合う
そうすることで発達は成熟していき
成人なら成人
青年なら青年
としっかり成長していけるって見方です

これが
子供の時に子供をやらずに
まるで聖人君子みたいな発言と行動をして
しかもそれを大人が称賛した時
子供達は子供という経験を飛ばしてしまう

それは短期的には成熟したようには見えます
が、
例えば今日の僕のようなエピソードががっぽり抜けます

年齢は大人になってるのに
突然感情コントロールができなくなったり
暴れてしまったり
喧嘩したり
何かわからんけどモヤモヤしてイライラしたり

そして自己犠牲する人間やら
むちゃくちゃな自分にも逃げずに向き合ってくれる人間も
見たことがなかったりするからこそ
人間を最後の最後でも
信用できない。

なんてことになる危険はあるんです

人間ってやっぱり信用できる。
大人がそう思えるのには

自分の人生において
圧倒的な強い根拠。
つまり経験が必要とも言われます

それぞれのライフステージに
今しかできない事が存在します

今しかできない。
今経験しておくべき事。
それは何か?
を考えてみるのも楽しいです

そして子供がいる方は
子供の時は
子供に大人っぽさを求めるのではなく
全力で子供をやらせてあげてみてください












いいなと思ったら応援しよう!