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短編ミステリーオールタイムベスト50【日本編】

 短編ミステリーの個人的オールタイムベストを作ることにしたやつの日本編。私はミステリー演劇を作る人間であり、私はこんな趣味をしているぞというプロフィールとして最適だからだ。あと、公演の 宣伝。
海外50、日本50合計100作の短編を持って私のミステリー観を表現する。前編の海外編はコレ


なお、先に言っておくが私のミステリーの定義は≪ 謎が主題の作品 ≫ または ≪ 読者にサプライズを与える作品 ≫である。そのもとで選んだ50作。なお、偏りを防ぐため各作家1作ずつ縛りをした。
それぞれ、順位・タイトル・発表年・作者・受賞している場合はそのこと・収録短編集、そしてあらすじと感想の順番で記載している。さて、ベスト50。




50位 密告者(1966) 天藤真
 『星を拾う男たち』
 婚約者が実の母を殺したという密告が何者かからされた。この密告に対して探偵社の結婚調査部が調べる。やがて明らかになる真実。
 昭和のユーモアミステリーを代表する作家。ミステリーというより我が道を行く女探偵とそれに振り回される部下の活躍譚といった感じ。だけど、密告者の正体がかなり人を食っており面白い。いくらなんでもそれはどうなの?という真相でも雰囲気で通しちゃう。

49位 四〇九号室の患者(1992) 綾辻行人
 『フリークス』
 交通事故によって入院した芹沢園子。事故により体が欠損し顔にも大けがを負い何より記憶も混濁してしまった。本当に自分は芹沢園子なのだろうか?
 綾辻らしい幻想的でグロテスクな雰囲気がたっぷりな作品。ミステリーとしてはまぁそこそこといった感じだけど、兎に角ラストに明かされるビジュアルがすごい記憶に残っている。綾辻短編だと『どんどん橋』があるけど、やっぱ暗い話がいいよね。

48位 注文の多い料理店(1924) 宮沢賢治
 『注文の多い料理店』他多数 青空文庫 
 狩りをしていた紳士二人は山中で迷ってしまった。そんな時に山猫軒という西洋料理店を見つけ、中に入る。しかし、紳士たちに対して奇妙な注文の数々がなされる。
 ミステリーだよ。あえてとかじゃなくて皆童話の名作というイメージが先行しすぎているけど、不可解な謎と真実によってショックを与えるサプライズという構造はミステリーです。

47位 吉備津の釜(1959) 日影丈吉 
『日影丈吉傑作館』アンソロ『百年文庫 川』
 事業に失敗した主人公は偶然出会った男性が山崎という資産家と知り合いで、彼なら支援をしてくれるという話を聞き会いに行こうとする。その道中かつて聞いた船頭と川の魔物にまつわる昔話を思い出す。
 事業に失敗した男の話から突然にっぽん昔話になる。これどういう話?となってから上手い事オチがつく。構造的には割と洒落ており、オチも恐ろしいのだがどこかのんびりとした雰囲気がある作品。土着的だけど泥臭くない。

46位 全骨類の少女たち(1974) 寺山修司
 『寺山修司-1935-1983-』
 正体不明、謎の葉書の数々が寺山のもとに届くようになる。それらは炙り出しと書いてあるが炙っても何も出ていなかったり、鏡文字で書いてあったり奇妙な内容ばかりであった。
 小説というかエッセイなんだけどもここで書かれているのは魅力的な謎。文字で読む前衛芸術展のような趣もある、寺山修司的都会の幻想譚である。世間一般的なミステリー小説とは違うが奇妙な味ではあるでしょ。

45位 SUGOROKU(2007) 恩田陸
 『いのちのパレード』
 毎日お告げ通りに進む少女たち。彼女たちは上がりを夢見て今日もお告げを聞く。
 やはり恩田陸は奇想小説が一番面白い。タイトル通り人間スゴロクの小説だが、兎に角不条理なシチュエーションに尽きる。なぜ彼女たちはこんなことをしているのか、誰が一体お告げをしているのか。明確ではない恐怖感が作品全体に充満している。
 
44位 めんどうみてあげるね(1993) 鈴木輝一郎 
【日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)】
『めんどうみてあげるね-新宿職安前託老所-』アンソロ『謎-スペシャル・ブレンド・ミステリー-005』
 料金は安いがボケると退所しないといけない託老所。そこで老人たちと一人の少女と日々を過ごす老婆のきん。やがてボケた老人が次々と自殺していく。本当に彼らは自殺したのか?誰かに殺されたのではないか?疑問を抱いたきんのたどり着いた真実とは。
 読書好きにとっては鈴木さんは作家になれる方法ばっかり書いてる人というイメージしかないかもしれないが、この協会賞受賞作は恐ろしい。ボケた老人達が自殺するという強烈な謎にタイトルに込められた恐ろしい真実。でも主人公のきんが活発で読みやすくしている。

43位 メイ先生の薔薇(2008) 今邑彩
 『鬼』
 薔薇の鉢植えを持っている男性。彼はとある話をする。それは小学生時代担任をしていたメイ先生。美人で優しく皆から愛されていたメイ先生。しかし、先生は寿退職することになってしまった。皆で先生を見送ろうとする。
 不気味で妖しい作家性が炸裂した作品。うん、そうなんだ。あらすじだけだと爽やかな作品っぽいけど今邑彩がそんな作品書くはずがないんだ。ここから悪夢的な物語へと変貌する。兎に角そのおぞましい光景が頭に残る。

42位 人魚姦図(1978) 戸川昌子
 『黄色い吸血鬼』
 美青年の俳優はとあるバイトをする。それは水槽に入り中にいる生き物と水中で性行為をしてほしいというものだった。
 タイトルがやばいしあらすじもヤバイけど、実のところ耽美的な雰囲気でそこまでエログロ的な雰囲気ではない。奇妙なバイトにまつわる悲劇を描かれる。異常な設定から導かれる美しさがここにはある。
 
41位 18番ホール(2003) 横山秀夫
『真相』
 選挙に立候補した男。選挙戦を勝ち抜き彼は絶対に当選しなければいけなかった、その秘密はすべて18番ホールに隠されていた。
 横山短編だと「動機」「第三の時効」が定番だけどこういうドツボにハマっていく話好きなのよ。秘密を守るため選挙を戦う男だがどんどん窮地に追い込まれというのは読んでいてドキドキする。そして、皮肉な結末。


40位 不運な旅館(1959) 佐野洋
 『千の謎から』
 とある旅館で妻が死んだ。それを伝えられた夫はその伝えを待ち望んでいた。それは夫の殺人計画が成功したということだからだ。だが彼は知らなかった。彼の愛人も同じく妻の殺人計画を立てていたのだ。二人の殺人計画が交差し、そして。
 1000作以上の短編を書き、年間優秀作のみ収録される推理小説年鑑に60年から97年の37年間掲載の連続記録を持つ(その後2000年と2008年に掲載)短編の名手。夫と愛人2人の殺人計画を交互に描き、その通りですねとしか言えないタイトルまで一直線。旅館が可哀そう。

39位 手首の問題(1997) 赤川次郎
 『手首の問題』
 OLは下着泥棒に悩まされ続けた。出勤前に偶然現場を見つけたOLは職場の余興でもらった手錠で泥棒とベランダをつなげて出勤してしまう。困ったのは泥棒、彼は絶対に正体がバレてはいけない理由があった。
 赤川次郎はユーモアの中に陰惨を隠しいれる作家だけどこの作品も下着泥棒が手錠で繋がれて大変というバカみたいな設定から、やっぱりブラックなオチまで行く。でも温かさもあるようなないような。

38位 賭ける(1958) 高城高
 『凍った太陽』アンソロ『わが名はタフガイ』
 大学のフェンシング部で剣が折れる事故が発生してしまう。その裏側には男女たちの心理の絡み合いがあった。
 日本ハードボイルドの黎明期に活躍し、2006年に突如復活した高城高。このフェンシングを題材にした作品は大学生たちの複雑な気持ちを描いた作品だけど、事故の真実から「賭ける」というタイトルの意味につながる展開は謎解き小説の面白み。

37位 俘囚(1934) 海野十三
 『獏鸚』アンソロ『変格ミステリ傑作選 戦前篇』『文豪たちが書いた怪談』 青空文庫 
 博士である夫を殺害して新たな生活を手にしたのもつかの間、夫は妻とその愛人に恐ろしい手術を行う。囚われの身になった妻に絶望な出来事が起こる。
 日本SFを開拓し、奇妙なSF推理小説を多数書いた文豪。怪人のような夫による復讐譚は戦前のSFらしい荒唐無稽さと、エログロ的な雰囲気がたっぷり詰まった作品。アングラ大衆娯楽小説。

36位 象の消滅(1985) 村上春樹
 『パン屋再襲撃』『象の消滅』
 動物園から象が飼育員ごと消滅した。しかし、脱走したというには不可解な謎が多すぎる。逃げたのではなく消滅したとしか思えない状況。事件は解決することなく時は過ぎ徐々に忘れ去られていく。事件に興味がある主人公は偶然出会った女性に事件の話をする。
 私は村上春樹は短編しか好きじゃない。春樹は短編ぐらいが一番バランスがいいと思うんです。そういう意味で、最も奇想を楽しめるのがこの作品。象が突如消えてしまったという謎から奇妙な解決と世界の不可思議さを描くラストまで。

35位 赤罠(1952) 坂口安吾
 『明治開化 安吾捕物帖』 青空文庫 
 不幸が立て続けに起きた大旦那は生前葬を行う。大旦那の入った小屋に火をつけ、燃え盛る前に生まれ変わって出てくるという演出をするはずだった。しかし、大旦那は出てくることなく火に飲まれてしまった。何故自ら死を選んだのか。
 文豪屈指のミステリーマニア安吾自慢の安吾捕物帖。純粋な推理パズルとしての小説を目指したシリーズの中でとびっきりトリッキーな1作。大旦那の自殺という謎からどんどん展開が二転三転し最初に見えたものとは全く違う風景が見える。

34位 美神(1952) 三島由紀夫
 『鍵のかかる部屋』他多数
 古代彫刻の権威である博士は病の床に伏せり、まもなく臨終を迎えようとしていた。彼はかつて発見したアフロディテの像にまつわるとある秘密を話す。それは博士がアフロディテの像と二人だけの秘密にするため、とある情報を書き換えたことだった。
 教科書で読んだことがある人も多い作品(実際私もそう)。ショックを残すラストとか話の作り方は奇想ミステリーに他ならない。見ようによっては、完璧な計画がトラブルによって予想外の結末を迎える犯罪小説とも読める。

33位 他人事(2007) 平山夢明
 『他人事』
 交通事故により崖に宙ぶらりんになった男。妻と娘は一体どうなったのか。そんな時に声が聞こえた。何とか助けを求めようとするがその声は男を嘲笑するような事ばかり言って助けようとしない。
 平山短編で一番は「おばけの子」だけど純文学なのでコレ。エログロ異常作家の印象があるだろうが実はオチに力を注いだちゃんとしたミステリーも描いてる。これはグロテスクな真実が強烈なショートストーリー。この世の不愉快と軽薄さを煮詰めた作品。

32位 グリーン車の子供(1975) 戸板康二 
【日本推理作家協会賞(短編部門)】
 『グリーン車の子供』『中村雅楽探偵全集2グリーン車の子供』
 歌舞伎俳優の中村雅楽にある歌舞伎の出演依頼がくる。しかし、どうも気が乗らない。断ろうとしているときに雅楽はグリーン車と親子連れに出会う。その親子と過ごしているうちに雅楽は出演を決める。
 北村薫以前の日常の謎の傑作。これのどこがミステリー?事件はいつ起こる?と思うかもしれないが真実が明かされた瞬間、仕込まれた伏線に驚く本格ミステリーへと変貌する。面白い所は中村雅楽というシリーズ探偵を謎の一部に取り込んだこと。

31位 黒衣の家(1990) 法月綸太郎
『法月倫太郎の冒険』
 とある家で老人の葬式が行われ親戚が集まる。それから間もなく老人の妻が毒殺されてしまう。容疑者たちは皆アリバイがあったり動機がなかったりと犯人の有力な容疑者が見つからない。
 悩める探偵作家が敬愛するロス・マクドナルドばりの家族の悲劇を描いた作品。割と伏線が分かりやすく今となっては珍しくないオチだが、最後の手紙は胸が締め付けられる。法月倫太郎(作中の探偵のことね)の紳士的カッコよさも見れる。

30位 あるフィルムの背景(1963) 結城昌治
『あるフィルムの背景』
 検事が事件の資料として回収したポルノフィルム。それを調べていると検事の妻が映っていた。遠回しに本人に確認すると翌日に自殺死体として見つかる、検事はフィルムの真実にたどり着くため撮影者を探す。
 昭和ハードボイルドを代表する作家。妻の自殺という悲劇を迎えた検事が執念のみで真実を探り出すハードボイルド。全編にわたり絶望に溢れており、やがて訪れるラストの虚しさ。なぜ世界はこうも残酷なのか。
 
29位 作並(1957) 島田一男
『夢魔殺人事件』『ポピュラーミステリーワールド 4島田一男集』
 かつての知り合いである盲目の女に両行先で偶然再会した男。女の恋人は別の女と共に金を持って逃走し一人残されてしまい流れ流され作並の温泉旅館に。そんな話を聞いた男はやがて女と因縁のある者の死を目の当たりにする。
 かつては推理作家協会の会長だったが今では時代小説が復刊するくらいでミステリー作家としては忘れられた感があり、この短編も入手困難な忘れ去られた作品だ。でも、一人の女を軸にした恐ろしい怨念の物語と泥臭さのない物語構造。これだけでもなんとか復刻してくれないか。
 
28位 ボッコちゃん(1958) 星新一
 『ボッコちゃん』他多数
 あるバーのマスターが作った人造美女ボッコちゃん、簡単な受け答えしか出来ないがボッコちゃんはバーに来る男たちの人気者となる。やがて、彼女のもとに悩める男がやってきてとある提案をする。
 一番好きな「どんぐり民話館」はミステリーじゃないんで。ミステリーというベクトルだと同じくらいの作品があるから気分によって変わるけど、とりあえずはこの代表作。無駄が省かれつつも配置された伏線に従って破滅へ一直線。

27位 人でなしの恋(1926) 江戸川乱歩
 『江戸川乱歩名作選』『猟奇と妖美の江戸川乱歩』他多数 青空文庫 
 亡くなった夫の話をする女。当時女は夫が家の土蔵でどうやら毎晩愛人と逢瀬を重ねているらしいと気づく。ある夜、女は土蔵へ向かうと話し合う二人の声が聞こえる。愛人を見ようと夫が出た後に土蔵に入るが、愛人の姿は影も形もなかった。愛人はどこへ消えたか。
 世間一般ではとあるテーマの名作として知られるが、私がこの作品が好きなのはあらすじのように人間消失物の密室ミステリーとしての要素を持っている所。そして密室が解明された瞬間美と怪奇の乱歩世界へと入る2段構えが良いのだ。

26位 彼は誰を殺したか(1930)  浜尾四郎
『日本探偵小説全集5 浜尾四郎集』 青空文庫 
 妻は浮気しているその事実に気づいた男はこの浮気相手を抹殺してしまおうと計画する。そしてその日男はいよいよ実行に移す。浮気相手は死んだ、だがその直後男は車にひかれて死んでしまった。
 貴族・検事・弁護士、そして戦前を代表する本格ミステリー作家。大名作「殺された天一坊」よりも好き。はいはい男の嫉妬モノねと思わせてから主人公が死ぬという急展開、でも、まだ序盤なのよ。ここからトリッキーな構造に運命をめぐる人間の業が凝縮される。

25位 目撃者はいなかった(2016) 芦沢央
 『許されようと思いません』
 男は自分が発注ミスをしてしまったことに気づく。何とか隠ぺいするために搬入先にこっそり向かい隠ぺい工作が完了するが目の前で交通事故が起きてしまう。唯一の目撃者だが隠ぺいがバレないように黙ることに決めた男の前に、目撃者を探す女が現れる。
 短編集で直木・山本・吉川のエンタメ3賞候補になっている現代短編の名手。その中で一番はコレ。仕事のミスを隠そうとしたばかりに地獄に追い詰められていく男を描いて大好き。目撃者を探し出すために悪魔のようになる女が恐ろしくも素敵な作品

24位 迷路(1998) 阿刀田高 
 『花あらし』 アンソロ『七つの怖い扉』
 女を殺してしまった男は実家にある井戸へと投げ入れる。しばらくして見てみると女の死体は消えてしまった。その後男は死体を名が入れるがそのたびに井戸から死体は消えている。
短編集と収録作で直木と協会賞、水と油の2賞を制覇した偉人(皆そのこと覚えてる?)。 これはある意味もう一つの代表作。2chのコピペとして広まっており、あらすじを読んでこれコピペじゃねぇかと思った人いるんじゃないかな。元ネタです。猟奇的ホラーから合理的な真相だけど悪夢が続くオチへとつながる構成。

23位 おたね(1960) 仁木悦子
 『粘土の犬』
 裕福な家に生まれた女性はかつて自分の家に仕えていた女中のおたねと再会する。おたねはのんだくれで暴力的な夫に苦しんでいたが祭りの夜に落ちてきた石にぶつかる事故で死んでしまった。そんな思い出話をすると、おたねはある話をする。
 読みなれた人だったらあらすじだけである程度話の真相に気づいたかもしれないがそんな浅い話じゃない。事故の真相、その先にあるラストの一言。このわずか一言に恐ろしさと悲しみと愛情と、作品の見方すら変える夫婦の関係が詰まっている。
 
22位 蜘蛛(1930) 甲賀三郎
 アンソロ『日本探偵小説全集1』  青空文庫
 物理化学から蜘蛛の研究に転向した辻川博士の研究室は長い支柱の上に乗っており不格好な灯台の様だった。そこから、研究室を訪れた潮見博士が転落死してしまった。そして辻川博士も蜘蛛に噛まれて死んでしまった。やがて助手は辻川博士の日記を見つける。
 謎解き小説に本格という名前を付けた本格ミステリーの創始者。奇妙な研究室と蜘蛛という2つを主軸に豪快なトリックと語り・日記の二層構造で人間の狂気を描いた傑作。兎に角短い中にアイデアを放り込み手数が多い。 

21位 ジョーカー・ゲーム(2008) 柳広司 
【吉川英治新人文学賞】【日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)】(収録短編集にて)
 『ジョーカー・ゲーム』
 昭和12年、スパイ組織D機関が設立された。佐久間は日本軍より監視として派遣される。昭和14年、佐久間はD機関の訓練生と共にスパイ疑惑のアメリカ人の自宅を調べることになった。しかし、そこには罠があり佐久間は証拠を見つけないと破滅を迎える状況へ追い込まれる。
 大ヒットスパイシリーズの始まりを告げる第1話。謎自体はアメリカのスパイは証拠をどこに隠したかという「盗まれた手紙」方式なのだが、そこに昭和14年という時代、軍人である佐久間と全く違う常識を持ったD機関のスパイたちというエッセンスが組み込まれ新たな形に。

20位 魔術師(2018) 小川哲
『嘘と聖典』アンソロ『短篇ベストコレクション 現代の小説 2019』
 姉弟はマジックのビデオを見る。それにはタイムスリップをするマジックが映っている。マジシャンが若い頃の自分に会うマジック。誰もタネが分からず、マジックなのか本当にタイムスリップしたのか。しかし姉はこの不可能魔術を再現しようとする。
 壮絶な作品。読み方によっては豪快なトリックの本格ミステリーにも哀切なSFにも解釈できる奇想小説 (実際翻訳版が中国のSF賞の銀河賞候補になった)。同時にマジックによってすべてを壊された家族の復讐小説という側面もある。読む人によってジャンルが変わる小説なんて初めて読んだ。天才。

19位 北の館の罪人(2008) 米澤穂信
 『儚い羊たちの祝宴』
 母が亡くなりとある館に住むことになった少女。その館には裕福な一族の長男が住んでおり少女は彼の世話をすることになった。病弱な彼から不可思議なお使いの数々を言い渡される。
 少女ミステリー短編集より、最後の一撃が強烈な作品。収録作だと「玉野五十鈴の誉れ」が一番評価高いけど、これもすごくない?一番好きなんだけど何で評価低いの?主人公が魅力的な美少女小説としても、終盤に全ての構図が反転する作品としても素晴らしい。

18位 しあわせは子猫のかたち 〜HAPPINESS IS A WARM KITTY〜(2000) 乙一
 『失はれる物語』『失踪HOLIDAY』『しあわせは子猫のかたち』
 新しい家へ引っ越してきた青年、そこは前の住人が殺害されたいわくつきの家だった。そこになんと、姿が見えない幽霊として殺された女性がまだいた。男と幽霊、そして猫との共同生活。奇妙だが可笑しい共同生活がはじまった。
 女性の殺害事件を描いたミステリーで伏線も巧み。でもそれらは、豊かな物語性を高めるために存在している。青年と幽霊の交流を描いており2人の生活がほほえましくて、そしてやがてやってくる結末でボロボロ泣く。

17位 人を殺すことができる国(2002) 時雨沢恵一
 『キノの旅Ⅴ』
 旅人のキノは次に訪れる国が人を殺すことが許可されている国だと聞く。用心をして入国するがとても平和で穏やかな国だった。しかし住人に聞くと口をそろえて皆、ここは人を殺すことが許可されている国だと答える。
 ライトノベルの金字塔より、殺人が許可されているのに平和な国というキノの世界でしか成立しない謎を持った作品が登場。キノは海外短編のような雰囲気を持った作品が多数あるが特にこの作品のラストはアメリカのショートストーリーのような小粋さがある。

16位 死ぬより辛い(1971) 夏樹静子
 『ゴールデン12』
 目を離した隙にまだ幼い我が子が窒息死する事故が起きてしまった。母は悲しみ、何も知らない夫が眠っている間に無理心中をしようとする。しかし、その時夫の服から同僚の子供が同僚に宛てた手紙を見つける。死ぬ前にせめてと思いとある行動に出る。
 読んだ後、怖っ!と口に出して言ってしまった唯一の小説。死ぬより辛い目にあってしまった主婦が起こした行動によって予想外の事実が判明する。ラストはもはや恐怖小説、ホラーベスト50に入れてもいいかも。といってもオカルトじゃない人間が恐ろしいのだ。

15位 監獄部屋(1926) 羽志主水
 アンソロ『日本探偵小説全集11 名作集1』『戦前探偵小説四人集』『江戸川乱歩と13人の新青年 〈論理派〉編』 青空文庫
 北海道でタコ部屋に入れられ過酷な労働を強いられている人々。過酷な労働で死ぬのはまだましな方で、鬱憤晴らしや見せしめに殺されることも珍しくない。そんな所に政府の役人が検査しにやってくるという。
 作者は戦前に4つの短編だけ残して消えた泡沫作家だがこの作品がアンソロで読まれ続けた結果、他3人と抱き合わせという形で全集が出た一発屋の伝説。当時の過酷な労働者を描いたプロレタリア文学と同時に、「落雷の様な結末」と北村薫が評した強烈なオチが待ち受ける作品。

14位 鬼畜(1957) 松本清張
 『鬼畜』『張り込み』『松本清張傑作選 [6]憑かれし者ども』 アンソロ『冒険の森へ-傑作小説大全-3 背徳の仔ら』他多数
 男は印刷業で成功し裕福になり、外で愛人も作った。しかし一度商売がいかなくなるとどんどん悪い方向へ行ってしまう。そして男には愛人との間に生まれた子供たちが押し付けられる。子供を養う余裕もなく、男の妻はとある計画を提案する。
 長・短編両方を得意とした社会派の巨匠からは映画化もされた代表作。小心者の男が鬼畜へとなり下がる作品。いきなり性格が変わるわけではなく、気が弱いまま悪事に染めざるを得なくなる人間の描き方が流石。そして、思わず読み返す伏線は同時に親子という関係性を考えさせる物で、その上手さに唸る。

13位 明日のための犯罪(1954) 天城一 
【本格ミステリ大賞(評論・研究部門)】(収録短編集にて)
『天城一の密室犯罪学教程』
 とある殺人現場。雨が降ってできたぬかるみには犯人の足跡と思われる物があったが、建物から出た足跡は途中で消えていた。
 いわゆる足跡のトリックでアイデア自体は非常に単純。しかし、よくもまぁわざわざそんなことをと思わずを得ないトリックでそれが話の余韻にもつながっている。密室の論文を書き実践編として論文に従った作品を書く短編集の中でユーモラスな一品。

12位 蝉かえる(2018) 櫻田智也 
【日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)】【本格ミステリ大賞(小説部門)】(収録短編集にて)
 『蝉かえる』
 かつてボランティアとして訪れた地にやってきた男。偶然出会った昆虫学者と昆虫マニアの男にボランティア時代に遭遇した出来事を語る。それは、災害で行方不明になった女の子が幽霊となって目の前に現れたという話だった
 霊を目撃するという怪奇譚から、合理的な解決に至る。でも、真髄はその先なのだ。解決のその先、登場人物の行動と発言の真意に気づいた瞬間タイトルの意味にも繋がる物語。謎の外にも物語はつながっておりそれは謎とも繋がっている。間違いなく令和を代表する短編。

11位 切り裂きジャック30分の孤独(2009) 歌野晶午
【本格ミステリ大賞(小説部門)】(収録短編集にて)
 『密室殺人ゲーム2.0』
 殺人鬼が自らの殺人をクイズにして出題し殺人鬼が推理するネットの掲示板。今回出題されたのはとある人間が部屋の中でバラバラ死体として発見された事件。当時、犯行現場は切断された被害者の両足がつっかえ棒の役割をしており、密室となっていた。
 密室殺人ゲームシリーズより。作品は独立してるけど、短編集が前作読者を前提にしているから勧めづらかったけどこの鬼畜トリックが好きだから。クイズのためだけに人を殺す人間だからこそできる倫理観ゼロ、最低最悪の密室トリック。


10位 かけひき(1904) 小泉八雲
『小泉八雲集』 アンソロ『冒険の森へ-傑作小説大全-2 忍者と剣客』
 江戸時代、とある屋敷で罪を犯した男が処刑されようとしていた。男は命乞いをするが受け入れられず、男は屋敷のものを皆呪うと言い放つ。その時、屋敷の主は男にとある提案をする。
 江戸時代の随筆家・山崎美成の「欺きて冤魂を散ず」を基にした掌編。打ち首される人間の怨念を描く怪談であるが、強烈なインパクトと理知的な解決を兼ね備えた優れた短編として成立している


9位 羅漢崩れ(2010) 飛鳥部勝則
 アンソロ『からくり伝言少女 本格短編ベスト・セレクション』
 とある男女がかつて起きた事件について喋る。それは道にバラバラ死体が落ちていた。それはまるで死体が一度蘇り、歩いている最中に再びバラバラになったかのようだった。
 涅槃ミステリーでコアなファンの多いカルト作家の漆黒ミステリー。怪奇小説のような謎から合理的な結末に至るが、そこにあるのは更に漆黒の現実。夜の闇に浮かぶような女性の描き方で超常的なことはなくとも幻想的な雰囲気を演出している。

8位 雪華楼殺人事件(2001) 有栖川有栖
 『絶叫城殺人事件』
 とある廃墟に男女が住み着いたが片割れの男が死体で発見される。誰かに殴られた後ビルから落とされたのだが、だがその落とされた場所は密室状態であった。男女の仲は不安定で
 すごい所は真相はほぼギャグのぶっ飛んだモノなんだが、だからこそ哀切さが構築されている所。馬鹿馬鹿しいのに馬鹿馬鹿しさがない。その真相がこの作品の世間的評価を下げている一因なのだろうが、だからこそオールタイムにふさわしい密室の傑作だと思う。

7位 藪の中(1922) 芥川龍之介
『藪の中』『地獄変・偸盗』他多数 青空文庫
 平安時代、藪の中で男が殺された。夫婦が盗人に襲われて夫が殺された。そのような構図が証言が積み重なるたびに反転し、証言同士が矛盾を生み出す。
 和製リドルストーリーを代表する傑作がここで登場。殺人事件が証言のたびにいくつもの姿に変える、誰が嘘をついているのかだとしたらその真意は。見ようによってはパラレルワールドの断片が提示されているようでもある。断片同士が反発する謎の世界。
 

6位 遠くに瑠璃鳥の鳴く声が聞こえる(1992) 麻耶雄嵩
 『メルカトルと美袋のための殺人』
 別荘に招かれた美袋三条は昼寝から目覚めたときに出会った女性に惚れてしまう。しかしその女性が別荘の主を殺害し美袋の隣の部屋で自殺をしたような状況で発見される。美袋は他殺を主張するが、もしそうだとするならば現場は密室となってしまう。
 新本格屈指の問題児・麻耶雄嵩の歪んだ大傑作。どんなありえない結論でも推理で辿り着いたものが答えであるの究極系。密室の謎と、何故美袋は彼女に一目ぼれしたのかというのが一つにつながる狂気の構造。論理的なのに幻想的。

5位 砂糖合戦(1989) 北村薫
 『空飛ぶ馬』
 大学生のわたしと噺家の円紫師匠がとある喫茶店に来ていた。ふと店内を見回すと女の子たちが我先と競うようにコーヒーに大量の砂糖を入れていた。なぜ彼女たちは砂糖をたくさん入れているのか。円紫師匠が導いた答えとは。
 日常の謎の金字塔。近年は人の死なないほんわかミステリーと解釈されるジャンルだが、沢山砂糖を入れる少女から人間の悪意が姿を現すこの作品を筆頭に、本来は日常にあるからこそ邪悪な闇を描いている。勿論、悪意をあぶりだす円紫師匠の名探偵物語としても。

4位 砂漠を走る船の道(2008) 梓崎優
【ミステリーズ!新人賞】
『叫びと祈り』アンソロ『砂漠を走る船の道:ミステリーズ!新人賞受賞作品集』
 ジャーナリストの斉木は塩を運ぶため砂漠を移動するキャラバンに同行し取材をしていた。そんな彼らに砂嵐が襲い掛かり、そして連続殺人事件が発生する。なぜ犯人は砂漠の真ん中で次々と人を殺すのか。
 新人賞受賞作にして、天才現ると話題になった。砂漠での連続殺人という特異な設定、この物語だからこそ成立するあまりにも特異な動機。これだけでも素晴らしいが、実はもう一つ仕掛けがあり最後にドラマチックに炸裂するソレによってこの作品は伝説となった。

3位 到着(1972) 筒井康隆
 『くさり』
 ある日突然すべてが潰れた。
 わずか数行の掌編。その中で“何故?という謎”と“その理由という解決”を成し遂げる。こういった掌編は最低限のパーツだけあれば成立するが、そこに筒井流のブラックユーモアと奇想を盛り込み全く見たことのない異常な世界を構築した。

2位 金の卵をうむめんどり(2008) 甲田学人
 『断章のグリムⅦ 金の卵をうむめんどり』『時槻風乃と黒い童話の夜』
 少女は亡き母との思い出を大切にしていたが新しい母親は家に残る実母の痕跡を消していった。大切にしていた遺品の指輪がなくなり、以前エサに混ぜて猫に食べさせたところを見ていた少女は今回もそうだと確信し、街中の猫たちを解体し始める。
 心優しい少女がお母さんとの思い出に囚われ闇に沈んでいく姿を描いたガールズノワール。異能力ホラーシリーズの前日譚。しかし独立しており且つホラーではなく犯罪小説である。夜の退廃的な美に溢れたコレを読んだ当時中学生の公社少年はこの作品によって完全に壊された。これがなけれ少女ばっかり出る演劇を作ってないかも。私の聖典。


1位  ホロボの神(1977) 泡坂妻夫
 『亜愛一郎の狼狽』
 戦没者の遺骨収集団と共に南国のホロボ島へ向かっている中神。偶然知り合った男に戦時中に起きた事件を語る。中神が所属する日本軍の小隊はホロボ島の先住民族の集落に滞在する。そこで酋長が日本軍の銃で自殺し、神の像が消え失せた。現場は密室状態で、自殺以外ありえない。しかし、男はある考えを話す。
 日本ミステリーの金字塔、亜愛一郎シリーズの1作で究極の密室トリックが出てくる。奇術師でもある泡坂妻夫だからこそできる騙しのテクニック。でも驚異はトリックだけじゃない。小説全体に張り巡らされた線が一本につながった瞬間浮かび上がる全体の構図、なんて緻密な物語なのか。そして一番すごいのはこれがのんびりとした雰囲気のユーモアミステリーだということ。ボケ―っとした顔で神がかる。


という50作。
 やる前は90年代以降が強いだろうなぁと思ったが存外バランスのいい分類になったんじゃなかろうか。ゼロ年代以降が多いのは想像通りだったけど、新本格全盛期の90年代より戦前の方が多くなるとは思わなかった。あと、40年代が1作も入らなかったなぁと。40年代は戦前から活躍する実力派と戦後派五人男(香山滋、島田一男、山田風太郎、高木彬光、大坪砂男)をはじめとした新世代が交わった面白い時代なんだけど。46年の木々高太郎「新月」は最後までぎりぎり入ってたんだけど天藤に追い出されちゃった。
 というか、五人男で唯一入ったのが現在ではほぼ読まれていない島田一男なのはびっくり(香山滋も読まれてないけどゴジラの原作者として名前残ってるから)。我ながら。

 ミステリーファンが読んで驚くだろうなのはこの手のランキングで100%入る世紀の大傑作、連城三紀彦の「戻り川心中」が圏外ということだろう。ありえない、何でと思われるだろう。それどころか短編の名手連城が1つも入ってないのはどういうことと思われそうだなぁと感じる。理由は単純、そこまで好きじゃない。
 鮎川哲也とかがいないのも同じ理由。

 そうは言っても定番は入ってる。特に泡坂妻夫はすごい。私は泡坂妻夫が大好きで、1作家1作縛りがなければ泡坂妻夫ベスト50になりかねんくらいだ(何があっても2位は変えないけど)。あと、協会賞と本ミス大賞の受賞作はやっぱり強い。協会賞は部門名がコロコロ変わるので一々書くのがめんどい(短編賞→部門の区別がなくなる→短編部門→短編及び連作短編集部門→長編及び連作短編集部門と短編部門)。短編集の扱いに苦労してんだね。
あらすじ描くとき思ったけど兎に角陰惨で暗い話が好きなんだなぁとか、オチで勝負する作品の多い事ね。傾向が似てるんでほぼ似たような誉め言葉になるんで難しい。言っておくけど似た作品は一つもないからね。
 
 そんなこんなで、海外・日本合わせて短編100作。これが私のミステリー観だ。

もしあれなら海外編をもう1度見てみよう。

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