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『もしもし、こちら弱いい派』への感想

芸劇eyes番外編 vol.3『もしもし、こちら弱いい派 ─かそけき声を聴くために─
7月22日~25日
開場:東京芸術劇場・シアターイースト

演劇ジャーナリストの徳永京子氏がプロデュースする若手ショーケース企画第3弾。今回は徳永氏が提唱する弱いい派という演劇の潮流に属する3劇団の作品を上演する。
 弱いい派をの概念について公式HPから引用すると
「「弱さ=可哀想」ではなく、余白や愛嬌、知恵やしたたかさを味方に付けた表現を「弱いい派」」ということである。

【以下ネタバレ感想です】



いいへんじ『薬をもらいにいく薬(序章)』
作・演出:中島梓織
出演:飯尾朋花、小澤南穂子(以上、いいへんじ)、遠藤雄斗、小見朋生(譜面絵画)、タナカエミ
声の出演:松浦みる(いいへんじ)、野木青依

 仕事中に倒れてしまった女性は長いこと店に姿を見せておらず、同僚が業務のために自宅を訪れる。そこで彼女は同僚にあるお願いをする。

 タイトル通り、上演予定の作品の序章部分である。しかし、これ単独で成立するように作られている。
 主人公は精神的に薬を飲まないと外出すらできない状態。しかし薬が切れてしまって薬を取りに病院に行くことすらできない。これが『薬をもらいに行く薬』というタイトルになるわけだが、そんな彼女が恋人に会うため空港へ行くまでの過程を同僚と共に想像をするのだが、これを3人が次々とステージに置かれている衣装に早着替えしたりして主人公の部屋で話が進行するにもかかわらず外の風景へと変化させる。
 ステージいっぱいに置かれたボックスが街並みになったりお店のカウンターになったり演劇的抽象をポップに味付けをしている。
 そして、精神的に外出が難しい女性の話という暗くなりそうなものを軽やかにどこかのんびりと描く。同僚は決して彼女の精神性を否定することなく、何とか彼女の力になろうと様々な提案をする。
 軽いと言っても勿論彼女の直面している現実は重たいものである。恋人に会いたいのに気軽に外出すらできない。だが、彼女のその精神性を作者はある種のユーモアとして描く。精神の弱さをある種の個性として描いているかのような感覚。それこそ弱いいなのかしらと。
 さて、外出するイメトレをした彼女達は恋人に出会えるのか?それは本編を見てみよう。

ウンゲツィーファ 『Uber Boyz』
作・演出・出演:池田亮(ゆうめい)、金内健樹(盛夏火)、 金子鈴幸(コンプソンズ)、 黒澤多生(青年団)、中澤陽(スペースノットブランク)、 本橋龍(ウンゲツィーファ)

 遥か未来、地球は平面説が実証されていくつもの階層が重なっている世界となった。遥か地下にある物を目的地に運ぶUberBoyの主人公は謎の物体に寄生されたがそれこそ配達物だったのだ。ホログラムのコナンとともに目的地へ向かうがそこに配達物を狙うUberBoyzが現れる。

 問題作。軽やかないいへんじが作り上げた空気を突然のアニメのような世界観設定でぶち壊した。でもまぁSFかくらいだったんだけどルフィの格好をしたコナンが登場した時点で気づいた。これオルギア視聴覚室だ。オルギア出演劇団がウンゲ(本橋氏のソロ)・コンプソンズ・盛夏火と3つ出ている時点であれなのにアニメ脚本家でアニメネタも入れるゆうめいの池田氏がいるんだからそりゃもうパロディ祭りよ。
 でもただのパロディ演劇ではない。自転車に乗って爆走するダイナミックさ。ショーケースなので舞台装置らしいものはない。しかし、壁の扉をオープンにすると劇場の廊下が見えるのだが照明によってまるで地下空間のように見えるのである。多彩な小道具と照明で世界を構築。そしてアクションシーン、映画の迫力を演劇に持ち込んだ。
 物語自体は正直よく分からない。様々な要素がつなぎ合わされそれを熱気で動かす。そしてオチがまさかの実はゲームの制作発表会でのデモだったというメタネタ。僕が面白がりネットでは絶賛と酷評を同時に見かけるのが納得する。賛否両論こそ素晴らしい演劇なのだ。
 この作品は俳優陣6人による合作だが、ウンゲ常連の黒澤氏以外は劇団の主宰者・演出家なのでそれぞれの作風が混じり強烈なカオスに。誰がどこを書いたか分かりづらいが、私が唯一誰が書いたか分かる部分があった。金内健樹氏が書いたであろう部分だ。だってあそこだけ盛夏火だったんだもん。健樹さんも健樹さん役だったし、特に
「なんでわかったの?」
「山勘だよ」
ヤマカン?『フラクタル』の?」という部分(記憶で書いてるから厳密には違うかも)。あまりにも面白くてゲラゲラ笑ったんだけどあの広い劇場いっぱいにお客さんが入っていたのに、あれ?笑ってんの私しかいねぇんじゃないの?となった。これはもう、健樹さんが書いてるでしょ。

コトリ会議『おみかんの明かり』
作・演出:山本正典
出演:牛嶋千佳、三ヶ日晩、原竹志、まえかつと(以上、コトリ会議)

 死者と会うことができる湖で女はかつて死んだ男と再会する。しかし湖は暗く男の顔が見えない。女は顔を見たくて湖に入ろうとするが…。
 ウンゲツィーファが焼け野原にしてしまいこの後はどんな劇団でもきついよなぁと思っていたところ暗闇の中ライト一つで登場。パッと照明がついたと思ったらそこに湖が現れた。隕石の跡というおみかんの明かり。照明一つで異空間を作り出せるその美しさに冒頭5分で感動してしまった、
 そして、別れた男女というテーマで情緒たっぷりで描く。顔の見えないあなたに会いに行くと湖に足を踏み入れた瞬間、突然銀河警察が現れる。死者に干渉するのは宇宙の条例違反であると光線銃を片手に警告してくる。
 そう、あんなに美しい始まりをして突然スラップスティックなコメディのアクセルがかかるのである。しかも絶妙なタイミングで入る笑いが外さない。マニアックな笑いのウンゲよりもこちらの方が笑いを取ってたくらい。だってあの始まりからこの展開は想像できないもん。
 しかし、美しさを失わないのは流石。湖に入るシーン、効果音をすべて役者が発する擬音にしていたのだがこれがユーモアと美的センスを兼ね備えた演出。ラストにはアッと驚くようなシーンもある。本当にアッと声出して驚いたもん。だって生首が吹っ飛んでくるんだもん。
 スラップスティックな物語は愛の前での人の弱さを導き出す。

 という3劇団。社会的の弱い者の視点からの演劇というテーマから持つイメージに反して全ての作品で笑いが生まれていた。
 精神的問題を抱えた女性、ウーバーの配達員、そして恋人を失った独身女性?とそれぞれ社会においては弱者やかわいそうと思われている題材を描いている。そしてそれを暗さを交えつつもエンタメ的な表現で描く。
 
 弱いい派というコンセプトとしてどうなのかは分からない。手つきがあまりにも違いすぎて頭に“?”が浮かんでいる人は多くいるだろう。正直私も過去作との比較ができないので厳密になるほどこれが弱いい派だなと感じたのはいいへんじだけだったのだが、面白いからOKです。



 

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