『笑えよ』
「ちょっと、死んでみようかと思って。」
その時俺はどんな顔をしてただろう。
きっと、目を見開いて口を開けて間抜けな顔をしてあいつを見ていたんだろう。
そんなことより、フェンスに寄りかかったまま笑って言うあいつの顔も言葉も信じられなかった。
コイツのことをちょっと知ってる奴が見たら冗談だと笑うかも知れない。
けど、俺が屋上のドアを開けたたった数分間で違和感が生まれた。
「なに、言ってんだ。」
「そんな怖い顔してると男前が台無しだよ。」
ホラ、まただ。
「あ、鳥が飛んでる。」
俺に背を向け空を仰ぎながら言う。
なぁ、おかしい。
やけに静かな屋上が?
それとも高所恐怖症のコイツがフェンスに近づいてることが?
それとも目を俺と合わせないこいつが?
それとも俺の話を聞かないコイツが?
それとも「死」と言う言葉を嫌うコイツの発した言葉が?
それとも―――
カシャ.
「やっぱ怖いなぁ、ココ。」
あぁ、全部だ。
「…おい、何があった?」
「んー?」
何があった、だなんて自分で言ってて笑っちまう。
何かあったなら、コイツはこんなに悩まない
ふとした言葉、誰かの行動、
ちょっとしたことでコイツは馬鹿の俺には分からない思考で深みに嵌っていく。
コイツがこんな風になるのに気付くのは、
いや、こいつがこんな風になるのは俺の前だけかもしれない。
それは、コイツの一面を知っているのは俺だけと言うことに喜ぶべきか、
コイツがもっといろんな人に自分をさらけ出せてたら、
こんな辛そうな顔を見なくてすむんだろうか…。
「ま、話さなくてもいいけどな。危ないからこっちに来い。」
「うん。」
俺のそばに寄ってきたかと思えば
ゴロン、とその場に寝転んでしまった。
「んー、空が遠い。」
ぐーっと右手を伸ばして呟く、
目を泳がせ俺を確認すると
「へへっ、近いなぁ。」
困ったように笑うコイツの顔は好きだけど、
泣きそうに笑うコイツの顔は見たくない、
「いつまで立ってんの?」
むくっと起き上がりじーっと俺を見た。
俺は目線の高さに合わせてしゃがんだ。
「なんか、今日は笑わないね。」
「あのな、話聴いてくれるか?」
「いいよ~」
「俺はお前がそんな顔してんのは嫌だ。」
「え、そりゃ整った顔とは言えないけどさ、」
「そうじゃなくて」
「………」
きっと、気付いてたんだろう俺が何を言いたいのか。
「さっき、話さなくてもいいって言ったけど、
本当は話して欲しいし頼って欲しい。」
「いつも申し訳ないくらい頼ってんだけど…。」
「もっと頼ってくれよ。泣いてもいいんだ。
普段、何考えてるのかわからないし。正直そんなに考え込まなくてもいいじゃねぇか、って思う時だってある。」
「…」
「俺には分からないかもしれない。
けど、分かりたいと思うんだ。お前をずっと待ってるほど俺は大人になんかなれない。
けど、受け止める。何が辛いのかとか原因が分からなくてもいい。
思ったこと俺に言ってみろよ。お前は一人じゃないんだ、俺がいるから。」
「なんか、今日はよくしゃべるね。」
「言っておくけど本気だからな。」
「うん、分かってる。だから、今度はこっちの番ね。
ちょっとね、考えちゃった。
何で頑張ってんのかな。って、
自分より頑張ってる人だっていて、自分のやってることが頑張ってるってならなかったら、
『頑張ってる』って所詮主観だし、認めて貰えなかったら虚しいし、
けど、全く自分が認めてもらえてないわけじゃないことも分かってる。
それなのに時々凄く悲しくなって、なんで自分がここにいるのか分からなくって、
なんで自分は自分として生きてるんだろうって、自分以外は全部嘘で誰かのゲームの一部なんじゃないかって、
考え始めたら止まらなくって、泣きたいのになんか笑えてきちゃって…。
話を聞いてもらえるだけで気分がよくなるのも知ってる、けど誰かに話すきっかけがなくて、
自分でつくろうともしないで、こうやって気付いて貰うまで自分を放っておいて、
もう自分がどうかなっちゃいそうで、あー、今自分いっぱいいっぱいでまずいな、とか、
消えちゃいたいって思うのに、誰かに会うとそんな考えどっかに消えちゃう時もあれば、
ふとした拍子に思い出してど坪に嵌ったり、もう分けわかんなくなっちゃうだ。」
いつの間にかこいつの目には涙が溜まってて、
コイツを抱きしめてる俺がいた。
「それでも死にたくないんだよ、生きたいから、誰かに支えてもらいたくって、
誰かを支えたくって、でも誰かに支えてもらいながら、生きてるの分かってる、
でも与えてもらうばっかしで、自分は返せてんのかな。」
「…返せてるどころか、与えてばっかだ。俺は同情とかで言うんじゃない、
我慢しなくていい。俺の言葉で傷ついたりしたら言ってくれ、いちいち言わなくてもいい、
ただ溜め込まないでくれ。」
「うん、ごめん。」
なんで泣きながら謝るんだよ。
俺はお前のそんな顔が見たいんじゃないんだ。
おい、口ぱくぱくさせてるだけじゃなに言ってるか分からない、
「―――ぃ!!」
だよ、誰だうるさいな。
「――おい!!」
「…あ?」
「もう昼休みだよ。サボってんじゃネェよ。」
「(夢?)」
「なぁ、どんな夢見てたんだよ。」
「…お前が泣いてる夢。」
「はぁ?なんで?」
「なんでだっけな。」
全然思い出せねー。
「へんなの。あ、てかさ昨日給料日だったろ?ジュース奢って。」
「なんで俺が」
「えー…」
おい、そんな泣きそうな顔すんなよ
クシャ。
「?ちょ、髪がくしゃくしゃになるんだけど。」
「元々だろ?」
「は?!てめぇのセットした髪ボサボサにするぞ?」
「ジュース奢らないぞ。」
「すみませんでした。」
チャリ.
「俺ウーロン茶な。」
「パシリかよ。」
「なんか文句あんのか?」
「ないよ。
ありがと。」
小銭を俺から受け取ると眉を下げて笑った。
(俺の見たかった顔だ。)
「ちょっと、待て。俺も行く。」
「えー、いいよ。一人でも」
「行かせろよ。」
「しょうがねぇなぁ。」
「ハハッ、」
あぁ、いつも通りだ。