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ひらめきドラッグ


20年間、作曲家として音楽業界に携わっている私は、10年前に出したアルバムが大ヒット。グラミー賞を受賞した。
しかし、あれから私の曲の人気は下降の一途を辿ることとなる。
マスコミからは、過去の存在として扱われ屈辱的な生活を余儀なくされた。

かつての私は、アイデアが地下水のように湧き出ていた。
そして、滝のように降り注ぐ、賞賛のシャワーを浴びる音楽生活を送っていた。

もう一度、あの頃に戻りたい。
今の有り様でも、過去の栄光により肥大しきった承認欲求は、衰えることを知らなかった。


ある日、新宿の居酒屋で酒に溺れ、泥酔して道端に倒れ込んでいた私のところに、一人の怪しい老婆が近づいてきた。
インドネシア風の模様の入った、清潔とは言えない毛布に身を包み、毛布の中には色々なものを隠し持っているような雰囲気を纏っていた。

「ひらめきドラッグを買ってくれんじゃろうか?頭が冴えて、アイデアが出やすくなる薬なんじゃが?」

「ひらめきドラッグ?いくらなんだ?」

混沌とする意識の中で私は老婆の話を聞いていた。素面の状態だと、「アイデアが出る薬などくだらない」と言い、一蹴しているはずだが、泥酔状態により私の判断力は著しく低下していた。

朝、目が覚め、ポケットの中には、錠剤が10錠入ったケースが入っていた。
思わず財布の中を覗くと、入っていたはずの3万円が無くなっていた。

ここまでの経緯を思い出そうとしたが、途中からの記憶が一切ない。
私は泥酔した昨日の自分を恨んだ。


生活スペースより音楽スタジオの面積の方が広い自宅に戻り、私はポケットに入っていた錠剤ケースを取り出した。
するとポケットの中からケースとともに、一切れの紙がひらひらと舞い、床に落ちた。

それを拾って見ると、そこには薬の効用が書いてあった。
内容は以下の通りだ。


【効用】頭が冴えて、10日間アイデアが出やすくなる。
【副作用】寿命が1錠につき、2年縮む。


馬鹿馬鹿しい。
そう思いつつ私は、今の現状を打破するきっかけになるかもしれないという、微かに膨らむ期待を否定できないでいた。

「まあ、1錠だけなら」

そう思い、私は1錠飲んだ。曇った思考が、解放され、クリアな視界へと変わっていくのを実感した。かつての自分が戻ってきたような気がした。いや、それ以上かもしれない。

これなら……。

そう思い、私は作曲作業に没頭した。頭が冴え渡り、作り続けろと命じられているような錯覚に陥った。

10日目、スコアと全パート譜が完成した。

奇想天外なコード進行ながらも高い音楽性を保ち、それぞれのパートのフレーズの構成を工夫し、革新的なリズムとハーモニーを作りあげることができた。


私はそれを、制作会社に提出した。


酷く疲れた。
しかしながらも私は、今まで味わったことのないような、非常に充実した満足感を感じていた。
少し休憩をしようと、椅子に腰を掛けた瞬間、心臓にものすごい痛みが走った。

「うぐっ……がぁっ!……」

何故……。
薬の副作用は2年寿命が縮むだけのはずだ。

その時、私ははっとした。
私のもともとの寿命が、あと2年だったのではないか。
それを知っていれば、この薬を使うことは無かっ……。
そう自覚した瞬間、私の命は途絶えた。


***


数ヶ月後、ある日本人作曲家の最期の作品が、世界中で配信され、ダウンロード数はギネス記録を更新した。

この曲は、やがて『21世紀最大の名作』と呼ばれることとなる。


この最高の賞賛を、彼は知る由もない。








写真(フリー素材) https://www.photo-ac.com/main/detail/1801724?title=いろんな薬

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