岩倉具視の岩倉の部分
タイトルは尊敬するほりゆうさんのオマージュ
先週末、久しぶりに京都に行く用事があり、国際会館付近でしばらく時間をつぶさなくてはいけなかった
国際会館のあたりは京都に住んでいた時によく行っていたのだが、そういえば岩倉はあまり行ったことがなかったと思って、二、三時間ほど岩倉を散歩することにした
グーグルマップを調べると岩倉具視幽棲旧宅というのがあるらしいのでせっかくなので訪ねてみる
途中で木で矢倉を組んだだけの神社に出会った
山住神社といって岩の神を祀っている神社で、どうやら後ろに見える岩が御神体らしい
旧宅に到着すると、市から委託されたと思しきガイドの方が中を案内してくれた
観光客は僕一人だったので座敷に座布団を二枚敷いて、紙芝居みたいなスライドを使いながらマンツーマンで中を説明してくれた
ここは岩倉具視が洛中を追い出されたときに住んでいた家で、当時岩倉家が所領として収めていた岩倉村の領地にあたるらしい
岩倉具視はもともとは岩倉家の子供ではなかったが、十四才ごろ岩倉家に養子として迎えられたようだ
その後、宮中で頭角を現した具視は幕府と朝廷の間を取り持ち、和宮降嫁を実現させる一方で、それが尊王攘夷派を刺激し、洛中の邸宅から追われることになる
その時に隠れ家として使ったのがこの旧宅で「幽棲」という聞きなれない単語は当時の具視の状況を端的に表している
それにしても、以前左京区に二年ほど住んでいた僕だったが、知らないことが多すぎた
叡電に岩倉駅があって岩倉という地名があることは知っていたが、それがてんで岩倉具視と結びついていなかった
和宮降嫁も日本史の単語としては知っていたが、それがこの岩倉の旧宅とつながっていることなど思いもしなかった
それぞれ別個のものとして捉えていた知識が繋がる時、脳と体が喜んでいるのを感じる
京都では自分の目の前の風景と歴史が繋がる瞬間が多々あって、そういう瞬間が面白かったのだよなと再認した日であった