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2022年12月に読んだ本

1 牧野楠葉『アンドレ・バザンの明るい窓』★★★★★

詩集。安川奈緒『MELOPHOBIA』を想起させるような色味の表紙。詩自体も安川奈緒の未発表詩ですと言われたら信じてしまいそうな雰囲気がある。だからつまり好き。終始不穏である。

すでに終わりを迎えた音楽は
荒れた芝生のうえになみだをこぼし
丘の上の腫れ物となって
墓のまえを通り過ぎるだろう

熟した午後の果実
「大人向け」

2 松井ひろか『十六歳、未明の接岸』★★★★★

詩集。精神を病んだことのある人間がそのときのことを書いた詩なんてものは掃いて捨てるほどあり、私の第一詩集もその中の一つであるが、この詩集はよかった。帯に「半生のエピファニーを清らかに謳い上げる」とあるがその通りの詩集である。「春になれば」という、母と姉妹の3人が風呂場の窓から暴走族を見ている詩が非常に印象的。「狂い咲き 荒くれの」ってかっこいい。

3 春日武彦『鬱屈精神科医、怪物人間とひきこもる』★★★☆☆

モンスターの出てくるB級映画を観まくりながら鬱屈精神科医が鬱々としているエッセイ。面白いがかなりキモい。鬱屈精神科医シリーズを本作から読み始めるのはB級映画ファン以外にはおすすめしない。まずは占いのやつを読んだ方がいい。

4 宿久理花子『からだにやさしい』★★★★☆

詩集。前読んだ『here』より好きだな。身体的で伸びやかな文体。川上未映子の初期の小説に近しい趣がある。

きみは、でもべつに悪くない。あたしが仕事に行ってるあいだ、あたし以外の女とこの部屋でやってたのは、雰囲気でなんとなく知ってるけど、最終的にその女もあたしも一緒くたで、だーれも悪くない。さいてい。くそやわ。らへんの経由でさみしいよと思う。ふたりで一個のからだになれたらいいのに、別々やし、抱き合っても別々っていうんが余計に際立っていくみたいで、きみの体温や重さは嬉しいけど、嬉しいけどさみしいよね。
「無差別愛」

5 和山やま『女の園の星』★★★★☆

なんかもうすっかり人気作家だ。特にストーリーというストーリーはなく、小ネタの応酬みたいな漫画。私的には『夢中さ、きみに。』の頃にあったキモさがもうちょっとほしいかも。しかしまあ面白い。

6 稲岡大志・長門裕介・森功次・朱喜哲編『世界最先端の研究が教えるすごい哲学』★★★★★

編者と編集者が知り合いなので買ったが、知り合いじゃなくても買っていたと思う。タイトルはダサいが普通の入門書と違い最新の研究のさわりがたくさん知れて面白い。「マッチングアプリで好みでない人のタイプを書くのは差別か?」「ヘヴィ・メタルを「ヘヴィ」のしているのは何か?」「「進次郎構文」は無意味なのか?」などキャッチーなタイトルのものも多い。知らない哲学者の名前がいっぱい出てきてよかった。

7 斎藤潤一郎『武蔵野』★★★★☆

地味な人が地味な場所を散歩する地味な漫画。しかしなかなかよい。南武線には川崎の怨霊が渦巻いているとあるがとても分かる。読んでも全然行ってみたくならないのがよい。そういうのってあんまりないから。

8 モーム『英国諜報員アシェンデン』★★★★★

津村記久子の『やりなおし世界文学』で書評を読んで面白そうだったので読んでみたらとても面白かった。出てくる人間が全員濃ゆい。割かし普通なのは主人公だけである。どの人物も描写が上手すぎて、ああこういう人いるわ、という特徴を摑んでいるので、読んでいると人物が立ち上がってくる。物語の要請で人物が現われるのではなく、人物が物語を要請している。とにかくみんな生き生きとしているのである。私が好きなのは最後の章に出てくる尋常ではないおしゃべりのハリントンと主人公の元恋人で変人アナスタシア。この二人の友情のようなものは私の周りの人間関係にある種の近さがある気がした。私はこの作品が初モーム。『月と六ペンス』より先に読んでもいいと思う。『月と六ペンス』も読んでみたくなった。

9 クラウディア・カルブ『不安なモンロー、捨てられないウォーホル』葉山亜由美訳★★★★★

副題は「「心の病と生きた12人の偉才たち」。私はこういう系の本好きなので面白く読んだ。才能が認められ社会的に成功すると性格等が破綻していても許されるが、逆に歯止めが利かなくなり病が進行、本人ももっとつらい状態になる、ということがあるなと思う。本書の中からだと典型的なのがハワード・ヒューズ。アインシュタインが浮気性なのは知らなかった。

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