2023年10月に読んだ本
あまりに溜めすぎて心の枷になっているので消化していく。
1 キム・チョヨプ『この世界からは出ていくけれど』カン・バンファ、ユン・ジヨン訳★★★★★
キム・チョヨプの第二短編集。第一短編集同様、とてもよかった。今の時代の小説だなと思う。他者と共同体の問題が扱われており、常に弱い立場にあるもの、マイノリティへの目線がある。特に印象的だったのは「ローラ」。自分の生まれ持った身体に違和感を感じている人たちの話で、たとえば彼らは腕が2本あることに違和を感じており、1本の方が自然、ないし、3本の方が自然だと思っている。もちろん単純に性同一性障害の人たちの問題と重ねることはできないが、SF小説としても思考実験としても面白いと感じた。
2 末井昭『自殺』★★★★☆
何て言うか凄まじい話が丸っこい字で書かれているみたいな本だ(実際には普通の明朝体なのだけど)。母親のダイナマイト心中から始まり、借金の話も不倫の話も周りの人たちの話も、最後はガンにまでなってとにかく凄まじい。頭が切れるタイプの人では決してないけど、言葉巧みな人ではないからこそ嘘や綺麗ごとを書かないようにと努めるその慎重な筆致に人柄を感じる。末井さんの人としての弱さはそのまま温かさでもある、そんな風に思わされる。
以下は「二人のホームレス」という章から。
3 小原晩『これが生活なのかしらん』★★★★☆
これは本書の内容にそこまで大きく関わらないが、元美容師が文章を書くというのは珍しいと思う。私はたぶんそういう作家に初めて出会った。
自費出版のエッセイ『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』が話題になり、売れたので商業デビューとのことだが、そっちは未読。独立系書店で売れる今の時代のエッセイという感じ。一人暮らし、二人暮らし(恋人と)、三人暮らし(友達と)、実家暮らし、寮暮らしの話がそれぞれ綴られているのだが、こういう切り口で書けるのは面白いなと思った。まずそもそもこの5つを20代で経験している人ってそんなに多くないだろう。時代は丁寧な生活からゴミのような宝石のような生活へと移行している。インスタ映えの隙のない画像からエモい隙だらけの映像へ。
4 奥野克己『はじめての人類学』★★★★★
人類学の概観が面白く学べる新書、と言ったらいいか。奥野克己がオモシロおじさんであることはもう分かっているので、他の本も読んでいきたいと思った。
5 畑中章宏『感情の民俗学 泣くことと笑うことの正体を求めて』★★★☆☆
平たい表現ではあるのだが、文章があまり上手でないところが若干読みにくい。幕間で感情が会話をしているのだがそういうのが寒くてキツかった。が、「感情は歴史的なものである」という本書の第一前提はとても理解できた。
6 春日武彦『自殺帳』★★★★★
相変わらず面白い。あとこの人はすでに別の本で書いたエピソードを何度も使い回したりということをしない。書いたことを大体ちゃんと覚えていて、意図的に同じことは書かないようにしているのだろう。
この本の中ではたくさん自殺した人の話が出てくるが、一番印象的だったのはアメリカの北爆を支持した佐藤栄作の訪米に抗議するため73歳にして首相官邸前で焼身自殺を遂げた由比忠之進。彼に対する筆者の評価の辛辣さが面白かった。
人は弱ると視野狭窄に陥り極端に走りがちである。本人はいたって真剣なのだが、傍から見ていると結構キツイというか、厳しい。冷笑するしかない。こういったことはよくあって、本当によくあって、だからこそ、そこに嵌まり込まないように気をつけなければと思う。
7 暮田真名『ふりょの星』★★★★★
短歌の「私性」に疲れていたので、染みた。川柳いいな。言葉の意味を解体して自由自在にくっつける、そんな印象。短歌はときに私のお気持ちがうるさい。川柳は美味しさを志向しない料理みたいだ。
8 松岡千恵『短編集ヘンルーダ』★★★★☆
書店員の初短編集とのこと。特に冒頭の書店員たちの物語「備品奇譚集」が気に入った。
大体こういうタイプの人って海外に行くのだが(この物語の中でもTさんは海外に行ったらしいという噂である)、海外に行ったくらいでどうにかなるんだろうかと私はずっと疑問なんである。
9 岡本真帆『水上バス浅草行き』★★★☆☆
今の時代の短歌だなと思う。若い人が共感しそう。小原晩と同じ層。これは作品の評価というより好き嫌いの問題だが、こういう普通の人の普通の文学が(本当に普通の人が書けるのかは別として)私はやっぱり正面から良いとは言えないな、あんまり好きじゃない。捻くれているので。