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日本一長い路線バスに乗った話。


全長169.9km、停留所の数は168ヶ所、移動時間は約6時間30分ほど。
高速バスを使わない路線で、もっとも走行距離の長い路線バス。それが奈良交通の八木新宮線だ。
今回はそのバスに友人と乗ってきたので、その記録がわりの日記を書きたいと思う。
(※この日記は約6000字あります。思ったより長くなって自分でもびっくりです。)

ーーー

そもそも話は遡り、なぜこのバスの存在を知ることになったのか。それは三重交通の松阪熊野線バスの話に辿り着く。
松阪熊野線はその名の通り、三重県の松阪から熊野市までを走る路線バスだ。本州では2番目に長い路線バスとしても知られている。
しかしこのバスが、このたび廃止となってしまうのだ。

普段は電車に乗った旅をすることが多いが、乗り物好きとして、これは乗らなきゃならん!と謎の使命感に燃えた私は、こうした旅に付き合ってくれそうな友人に声をかけた。
(なお、この友人は別に乗り物好きというわけではまったくなかったが、変わったヤツだったので二つ返事で了承してくれた。ありがとう。)
そういった流れで廃止になってしまう前にと、友人と予定を立てて、バスの時間が早いので松阪に前乗りをして、朝イチでこのバスに乗る旅行を企てていたわけだ。
しかし、アンラッキーにアンラッキーが重なり、旅行のスケジュールがリスケとなり、再度予定した日程の時にはバスのダイヤ改正が行われた後で、松阪熊野線は平日に一本しか走らないバスとなってしまっていた。
友人は土日しか休みが取れない人であったため、平日にしか走らなくなった松阪熊野線に乗ることはどう考えても難しい。だが、せっかく二人で遊びに行く予定を立て、日程も確保したのだからバスには乗れなくとも旅行には行こう。そういう話になった。
バスに乗るという制約がなくなったのだから三重県以外に遊びに行くのもいいのかもしれない。旅行のスケジュールを一任された私はそれからウンウンと考えた。

そして思い出したのだ。日本最長の路線バスの存在を。

実は松阪熊野線について調べていた時に、そういえば本州あるいは日本最長の路線バスはどこなんだろうということが気になって調べたことがあった。そして検索の結果、奈良交通の八木新宮線が最長であるということが分かり、友人と"松阪熊野線が楽しかったら次は八木新宮線に乗ろうね"という話をしていた。
幸運なことに(?)、名古屋をスタート地点として考えていた私たちにとって、奈良県の八木(大和八木)は近鉄1本で行ける場所であり、松阪熊野線に乗るのとさほど変わらないスケジュールで旅程を組める。

私: よく考えたら日本最長の路線バスなら乗れるぞ。
友人: めっちゃいい。あり。

こうして私たちは日本一長い路線バスに乗ることになったのであった。結局路線バス旅になったのは、もうこれ何かの運命だと思う。

八木新宮線は平日、土日ともに運行している路線バスで、土日には観光特急「やまかぜ」というバスも走行している。道中には、いくつかの観光地もあるが、観光特急を含め1日に3本しか走っていないので、1日で168ヶ所のバス停を走破するには残念ながら観光地に立ち寄っている暇はない。

私たちは朝イチのバスに乗り込むために、朝の9時に奈良交通のバスチケット売り場に向かった。土日は朝イチのバスでも9:15に大和八木駅を出発するため、朝がゆっくりできるのが嬉しい。
すでにチケット売り場には人がいて、前に並んでいた人たちはみんな「新宮まで」と言う。
ここにいる人たちが今日このバスに一緒に乗る仲間たちか…と勝手に仲間意識を芽生えさせたところで私たちもチケットを買って、教えてもらった乗り場に向かう。
すでに10人いるかいないかほどの人たちが並んでいる。もちろん地元の人たちもいるとは思うが、この中の何人かはこれから6時間半ともに時間を過ごす人たちなのだろうと思えた。
やってきたバスは思いのほか小さなバスで、トイレなどはついていなさそうだ。しかし、車体には"奈良県-和歌山県"の文字が書かれており、このバスがたしかにこれから長い道のりを運んでくれるバスなのだと示していた。

今回乗ったバスのうしろ姿

しばらくバス停で待ったあと、出発時刻になったバスは定刻に動き出した。
ああ、もうこれから6時間半は降りられないのか…となんだか謎の覚悟を決めながら遠ざかる街並みを眺めていたのを覚えている。
(※一応ここで書いておくが、このバスはなにも6時間半走り続けるわけではない。運転手さんの休憩も兼ねて、3回ほど休憩が挟まる。先ほどパスにトイレがついていないと書いたが、休憩はトイレ休憩も兼ねているのでそこは安心してほしい。
ただ、1時間に1回は絶対トイレに行きたくなる、という人は少し大変かもしれない)

最初の休憩地点は五條バスセンターだ。そこまではおおよそ1時間ほどの道のりだ。比較的街中を走っていくので、地元の人が乗り降りすることも多い。しばらく街並みを眺めているとあっという間にバスセンターに到着した。バスセンターはイオンの真横にあって、10分ほどの休憩時間がもらえる。
バスの運転手さんによると"柿の葉寿司"が売っているらしい。
地元の名産品を食べるために昼ごはんを買わずにいた友人と、光の速さでお手洗いに行き、イオン内にあるスーパーをこれまた光の速さで駆け巡ったが柿の葉寿司は見つからなかった。
あまりにもお目当てのものが見つからないので二人で笑って、しかし友人は少し残念そうにしながらバスに乗り込むと、バスは緩やかに発車した。
そしてバスが発車した10秒後に、バスの左手側に"柿の葉寿司"の店があるのを見つけた。
「もしかして運転手さんが言ってた柿の葉寿司って、こっちじゃない?」と二人で笑った後に、やっぱり友人は少し残念そうにしていた。

そうしてバスセンターを越えて、五條病院を越えると、少しずつ緑の中へと向かっていく。この日はあいにくの天気だったが、バスに揺られながらぼーっと窓の外を見ていると友人からふいに何かが差し出された。
レトロというか、少し風変わりなものが好きな友人は今時にしてはあまりにも珍しい小型のラジカセを持っていた。中には森山直太郎の母が歌っているカセットが入っているらしい。
二人でイヤホンを分け合いながら、昔ながらの日本歌謡を聞く。少し薄暗い空と、日本の原風景を思わせる景色、懐かしさを感じるメロディ。
私は人生の中で路線バスに乗った思い出はほとんどないけれど、そこにはどこか遠い記憶が含まれているような気がした。

バスに乗ってしばらくすると、バスの運転手さんの車内放送が入る。どうやら運転手さんがガイドも兼ねてくれるようだ。長年運転をしている運転手さんだからこそ知っている、これまでの八木新宮線のことを教えてくれる。山が深く、おそらく人口はそこまで多くないであろうこのあたりのエリアは、土砂崩れもあったし、川の氾濫でかなり危険な時もあったようだ。また、昔は使っていて、今は使われていない道の跡も見ることができる。ここで生きて、生活してきた人たちの歴史が垣間見えるようだった。

しかしこの路線バス、ただ日本一長い道のりを乗り通すだけのバスだと思っていたら大きなトラップなのかもしれない。
あまりにも道中が楽しそうすぎて、途中から友人と車内でずっと泣いていた(もちろん本当に涙を流していたわけではない)。
二人で「こんなの無料お試し版みたいなもんじゃん。続きは有料版で!って言われてるようなもんじゃん!無料版にしてはお金かかってるけど!」とはなかなかうまい例えだったと思う。
最初にも書いたが、この路線バスは基本的に1日に2〜3本しか走っていないため、一度降りてしまうとしばらく交通手段が途絶えてしまうのだ。そのため、八木新宮線沿いで観光したいと考えた場合、その周辺で宿泊せざるを得ない。つまり、1日で乗り通すことを考えている場合、トイレ休憩の時以外は絶対に降りることができないのだ。
ここからは、個人的に降りたかったあるいは観光してみたいスポットをあげていこうと思う。

柿の直売所
八木新宮線の序盤あたりの地域は柿がかなり有名なようで、至るところに柿の直売所がある。道路に面して何件も柿が売っており、ちょうど今がシーズンだったこともあって、店先にはたくさんの柿たちが並べられていた。それらのなんて美味しそうなこと!というか、旬のフルーツなのだから絶対美味しいに決まっている。でも降りられない。買えない。私たちは指を咥えて、店先に並ぶ美味しそうな柿を眺めることしかできないのである。

賀名生和田
この漢字で「あのうわだ」と読むらしい。日本語の不思議なところだと思う。
正直な話、バスに乗っている道中で「ここめちゃくちゃ楽しそうじゃん!降りたい!降りれないけど!」と友人とすこぶる盛り上がったのは覚えているのだが、何でそんなに盛り上がったのかはあまり覚えていない。でもめちゃくちゃ行きたがっていたのは覚えている。
後日、スマートフォンに入っている地図アプリでこのあたりの地域を調べたらめちゃくちゃオシャレな店がいっぱいあった。春になると梅林も綺麗なようだ。やっぱり行きたい。

※山里さんは2022年より休業中のようです。

※KANAUさんの公式サイトもあるのですが、埋め込みが重たくてできなかったため、別の予約サイトを埋め込んでいます。公式サイトも素敵なので是非。

星のくに
なんとプラネタリウムや天文台があるそう。調べたところプラネタリウムは現在休館中とのことだったが、天体観測は事前予約すればできそうな様子。このあたりに来ると本当に山が多くて、人工の光がほぼなさそうな様子だったのできっと星も綺麗に見えるんだと思う。まあこの日はド曇りだったけれども。

上野地(谷瀬の吊り橋)
ここは、この路線の中では結構有名だと思う。八木新宮線の中でも見所のひとつとされていて、奈良交通のサイトにも載っている。上野地は、このバス旅中の休憩ポイントのひとつで、吊り橋もバス停から歩いて2〜3分のところにあるので休憩中に渡ることもできる。長さ297m高さ54mとかなり巨大な吊り橋で、橋の下には綺麗な川が流れている。残念ながら今年の11/5より工事に入ったようで私たちは渡ることができなかった。
来年の3月ごろまで工事をしているようなので、この橋を渡りたい人たちは春以降に行けるといいのかもしれない。

工事中の谷瀬の吊り橋

なお、このバス停の近くにもめちゃくちゃ良さげなごはん屋さんがあった。歩いて13分ほどのところなのだが、休憩時間は20分なのでやっぱり行けない。無念。山の中でお蕎麦とか絶対美味しいじゃん。


熊野本宮大社
バス停的には"本宮大社前"というバス停で降りると行けるよう。
「いや本宮大社"前"て。前まで来てるのに私たち降りれないの?」と一番悲しみにくれたバス停。このあたりは大きい神社があるだけあって、周りには甘味処などもいくつかあってかなり賑わっている様子。バス停にはおそらく熊野古道を歩いてきたであろう外国人の観光客もたくさんいて、閑散としていた車内は一気に異国情緒にあふれた。
ここは本当にいつかもう一度訪れたい場所。

そしてまとめて書いてしまうが、これ以降はいくつかの温泉地があるようで、本宮大社前で乗ってきた観光客の人たちはほとんどこの温泉地に消えていった。特に湯の峰温泉とは日本最古の湯として知られているようで、開湯1800年という歴史があるそう(!) 。熊野古道を歩いたあとは是非ここの温泉地に寄ってみたいものだ。

ーーー

そうして6時間半の旅路を経て、ついにバスは新宮駅に辿り着いた。
バスの中には私たちを含めて10人ほどの人たちがいて、みんなそれぞれに運転手さんに挨拶をしながらバスを降りていった。
バスが出発した頃には、ああこれから6時間半もバスに乗っているのか…と一抹の不安さえ覚えていたが、窓からぼーっと景色を見たり、友人と話したり、少しお菓子を食べたり、寝たりしているうちにあっという間に着いてしまった。
友人も「あっという間だったね」と名残惜しそうにしている。しかし名残惜しく思うのも束の間、隣で友人が「やばい!チケット失くした!」と慌て始めたので、他の乗客がバスを降りていくのを横目で見ながら「ポケットとか入ってないの?」とチケットを必死で探す友人に茶々を入れる。
ついに最後の乗客がバスから降りたが、それでもバスのチケットは見つからなかった。私はチケットをしっかり定期入れに入れて持っていたので、一緒にチケットを買ったが友人は失くしてしまった旨を伝えた。気のいい運転手さんは「ああ、そうですか」と特に気に留めていないようだった。

バスのチケットに使用済みの判を押してもらいながら、運転手さんに「すごく楽しかったです」と伝えると、彼は嬉しそうに笑って「思ってたより疲れたとか、思ってたよりつまんなかったとか、なかった?」と尋ねた。
「そんな、運転手さんのガイドのおかげでむしろ思ってたより疲れなかったし、楽しかったです!」
そう伝えて、私はビスくんを、友人はトッポを運転手さんに渡すと彼はまた嬉しそうに笑って受け取ってくれた。運転をしてくださったお礼を込めて感謝を伝えたつもりが、むしろこちらの方がなんだか嬉しい気持ちになって、バスの外は最近稀に見る大雨だったけれど、そんなことは気にならないくらいにあたたかい気持ちでバスを降りた。



こうして私たちの長いバス旅はあっという間に終わった。
新宮駅でその日最後の特急南紀を待ちながら、「これが日本最長だなんてむしろ惜しいよね」「もっと長いバスに乗ってみたいくらいだったよね」と友人と言い合った。
観光も、グルメも、何もない旅だったけれど、それでも確かに楽しかったと言える。そんな不思議な旅だった。

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追記
ちなみに新宮駅の前には"徐福寿司"というお寿司屋さんがあるのだが、そこのさんまの姿寿司が信じられないほど美味しいので、新宮駅に用事がある方はぜひ食べてみてほしい。テイクアウトもできる。さらにおなかに余裕のある人は熊野牛寿司もぜひ。こちらもめちゃくちゃウマい。

さんまの姿寿司 ご当地グルメのよう
熊野牛寿司 わさびと合わせると最高になれる

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