「いくつものニュー新橋ビル/The Many New Shimbashi Buildings」
※The English version is provided after the Japanese text.
※この作品は2025年1/17(金)~2/2(日) に開催される
ニュー新橋ビル・秋葉原駅前商店街主催のイベント
『ソウゾウする商店街 しんばし×アキバ 擬人化トレカラリー2025』
エキシビションのために書き下ろしたものです。
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おそるおそる扉を押す。中はとても暗い。そっと足を踏み入れる。カウンターだけの小さなバーだ。5席のうち4席が埋まっている。女性2人に、男性2人。年齢も服装もばらばらの4人だ。
その全員が僕を見ていることに気づいた。
「すみません」
慌てて踵を返した。が、扉は動かない。押しても引いてもびくともしなかった。
「開きませんよ」
女性の声だった。
「でも、僕はたった今、ここから」
「そう、不思議なのですが、そこからは入ることができても、出ることはできないのです」
振り返ると4人が同時に頷いた。
「私たちみんな、同じです。ここに、閉じ込められたんです」
「えっ」
「まあ、お座りになってはいかがですか」
いちばん奥の席の白髪紳士が、手で空席を示しながら言った。
「お気持ちはわかります。ついさっきまで我々も今のあなたと同じように混乱していました。けれど、じたばたしてもしょうがない、いったん落ち着きましょう、ということになったのです」
僕は少し迷ってから頭を下げ、その席についた。他に選択肢はないのだ。
男性はカジュアルなブレザー姿の白髪紳士と、もう一人は上着を脱ぎネクタイをゆるめた中年サラリーマンだ。
最初に声をかけてくれた女性はかっちりとしたスーツに身を包んでいる。OLか、あるいは就職活動中の大学生かもしれない。もう一人の女性はTシャツにオーバーオールというレトロな格好だ。童顔のせいで、年齢不詳だった。主婦にも高校生にも見えた。
カウンターの奥にも扉があることに気づいた。身を乗り出して確かめていると、スーツ女性が言った。
「その扉もさっき調べたのですが、開きませんでした。あの、新しい人が入られたので、いったん状況を整理しますね」
後半は僕以外の全員に問いかけていた。皆頷いた。女性はまた僕に向き直って話を続けた。
「みなさんこの店、初めてで。そして同じようにしてここに来たみたいなんです」
「ここは……ニュー新橋ビルですよね」
「そうです。わたくしたちはみな、このビルに来てどこかのお店にいたのです。ところがそれぞれ店を出たところでいきなり迷ったわけですな」
と、白髪紳士。
「僕は、いましがたまでそのすぐ先のお店にいたんですが……」
「お店を出たら廊下が真っ暗になっちゃったんでしょ」
甲高い声で、オーバーオール女子が言った。
「で、床の矢印マークだけが赤く光ってた。それたどってったらハテナマークが現れて、そのドアを開けたら、このお店に入った、って」
「そ、そうです」
僕は驚きつつ、少しほっとしていた。
「みんな同じ。いつものようにニュー新橋ビルに来て、いつものように楽しんでいたところに、謎のカード渡されて」
見ると彼女だけでなく、全員が目の前にトレーディングカードのようなものを置いていた。
絵柄は一つ一つ違っていた。それぞれ、ここに来る前にいた店で手に入れたものらしい。僕も、あわてて自分のカードをポケットから出して、カウンターに置いた。
カードを並べて、全員でゲームをプレイしているような光景だった。
「何かイベントでもやってるってことではないすかねぇ」
と、サラリーマンが言った。
「ほら、脱出ゲームとかいうやつ。ビルの中のお店が協力して、ミステリー映画みたいな設定を作って。参加者はその中を移動しながら楽しむ。そういうの流行ってるんだろ。知らずに入ってきた俺たちみたいな普通の客まで巻き込まれたとか」
「まさか。そういうことやってるならわかりやすく告知出てるはずよ」
と、オーバーオール。
「なら、テレビかなにかの企画で。大掛かりなドッキリ番組とか」
「今どきテレビ局がそんなこと仕掛けたら大問題になるわよ」
ふいにカウンター奥の扉が開いた。全員がそちらを見た。背の高い男性が現れた。ワイシャツに蝶ネクタイ、サスペンダー。バーテンダー風の出で立ちだ。特徴のない端正な顔は完全に無表情だった。片手に大きなトレイ、その上に細いグラスが並んでいた。
「いらっしゃいませ」
声にもクセがなく、まるでニュース原稿を読むAI音声のようだった。
「あ、お店の方…よね」
「マスター、教えてください。私たち、何も知らずにここに来ちゃったんです」
質問に返事をする代わりにマスターは、それぞれのカードの隣に丁寧にグラスを置いていった。僕の前にも置かれた。切子細工で幾何学的な網目模様が施された細長いグラスは、青く底光りする液体で満たされていた。
「一杯目は、店からのおごりです」
「マスター! このビルで何が起きてるんですか。私たちはなぜここに閉じ込められたのですか」
「ニュー新橋スリングというカクテルです。お楽しみください。そして考えてみてください。5分」
マスターは片手を軽く上げ指を広げた。
「5分で謎を解いてください」
それだけ言うとぴたりと黙った。
そして、すっと消えた。
奥の扉から出ていった、と考えるべきなのだが、それがあまりにも素早くて、本当に掻き消えたように思われた。
皆、唖然とした表情をしていた。僕もそうだったと思う。
しばらくしてから、我に返ったサラリーマン男性が動いた。開口部をくぐってカウンターの内側に入り、マスターが消えて行ったはずの扉に手をかけた。
しかし扉は、開かなかった。
スーツ女性がおずおずと口を開いた。
「謎を解いて、と言われたわ」
「ううむ、やはりこれは何かのゲームのようですな」
「て言われてもあたしゲームに参加したつもりはないんだけど」
「くそっ。迷惑な話だ。今度出てきたらちゃんと捕まえて、事情を説明させないとな」
サラリーマンは語気を荒げたが、ふと考え込むような表情になった。
「ゲームか……あのさ、ゲームといっても悠長なものじゃないかもしれない。このゲームで楽しんでいるのは俺らではなくて……例えば俺らはただの将棋の駒みたいなものだったりして。そういう映画、見たことがある。大金持ちのサイコ野郎が、無作為に選んだ人間たちを建物に閉じ込めて、殺し合いをさせる。その様子をどこかで見ながら、賭け事をやってる、っていう」
「あたしたち、デスゲームに選ばれた人間ってこと!?」
「まあ落ち着きましょう」
白髪紳士が、低い声でゆっくりと言った。
「考えましょう。まず、全員に共通していることがある。みなさん、ここに来る直前にはニュー新橋ビルのどこかのお店にいた。そして、そこを出る時に、カードをもらった。このあたりが大切な糸口になりそうです。どのお店にいたのか、そこから話し合ってみませんか」
全員が頷いた。紳士の声には、人を落ち着ける効果があった。
「ありがとうございます。ではわたくしから。名前は前田と申しまして、職業は……おっと自己紹介はあとにしましょう。わたくしがおりましたのはこのカードのお店……カメラ屋さんです」
紳士は自分の目の前のカードを指先で取り上げ、表面を皆に見せた。
「まあ。このビルにはカメラのお店もあるんですね」
「古今東西のカメラが集まる、マニアにはこたえられないお店らしいです」
らしい、と言いましたのは、実のところわたくしにはカメラの趣味があるわけではなくて。このお店も今日が初めてでした。
ただ、とても気になっていることがあって、古いカメラを扱っているお店を探して、ここを見つけたんです。
わたくし、5歳で父親を亡くしまして。
母親のおかげで決してさびしい思いをすることなく育ったのですが、少し大きくなってからは父親がどんな人だったのか知りたくなって、家にあった写真アルバムをあさってみたりしていました。
我が家には、父が存命の頃に撮られたと思われる写真がたくさんありました。家族で遊園地に行ったり、海に行ったり、あるいは近所の広場で花火をしたり、そういう時の写真です。
ところがそれらには、父が一切写っていないのです。ほとんどの写真の主役は、幼い頃のわたくしでした。
遊園地も、海も、花火も、父と一緒に楽しんだ記憶が、はっきりありました。
けれどそれらの記憶の中の父の様子を思い起こすと、わたくしは少しおかしなことに気づくのです。
父がなぜかいつも、不思議な小箱を抱えていたことです。鳥の巣箱くらいの大きさの黒い箱でした。持ち歩いているだけではなく、時折、覆いかぶさるようにしてその中を覗き込んでもいました。
「あの箱の中には何があるんだろう」
幼い頃、よくそんなことを考えていました。
そして最近、あることを知りました。箱型で、台の上などに置いて、あるいは腰のあたりに固定して、上から覗き込んで撮る。そういうカメラが昔、流行っていたということを。
それで腑に落ちました。あの箱は、カメラだったのです。父親が写っていないのは、撮影者が彼だったからでした。
どんなものだったのか、知りたいと思ったわけです。
そのお店には大小さまざまな古いカメラがずらりと並べられていました。どれもとても美しく、マニアの気持ちがわかる気がしました。
その一つに目が止まりました。
瞬間、記憶が蘇りました。
「これだ」
間違いありません。大きさ、形、色合いまで一緒でした。
2つのレンズが縦に並んでいる、二眼レフカメラというものでした。上蓋を開けて覗き込むと、すりガラスに前方の被写体が映ります。それを見ながらピントを合わせて、シャッターを押します。
店主さんは、フィルムを巻き上げるレバーを実際に動かしてくれました。ぎゅるる、かちっ、ぎゅるる、かちっ。
その音でわたくしは完全に5歳の頃に戻りました。そして写真にほとんど残っていない父親の姿が、脳裏にありありと現像されました。
「そのお店、手動のフィルムカメラをまだ扱っているのですね」
スーツ女性が言った。
「はい。ただ恥ずかしながらわたくしの手に負えるようなものはなかったので、購入はあきらめました。今わたくしが使っているのはアルファ7000という機種で、フルオートになっています。一度こういうものを使いはじめると、ピントや絞りをいちいち調整する動作が、どうもうまくできなくなる。機械は進化し、人間は退化するわけですな」
「ちょっと待って。ミノルタのアルファ7000ですよね。それもなかなかのビンテージ品でしょ。それに、今でもフィルムで撮ってるってことですか? デジカメではなく」
「はい? 今なんとおっしゃいましたか。デジカメって……なんですか」
白髪紳士が首を傾げながら聞き返すと、奇妙な違和感が場に漂った。紳士はそれを打ち消すように言った。
「まあ、わたくしの話はこれくらいで。次の方のお話を聞きましょう」
紳士と目が合い、スーツの女性が話し始めた。
「では……私から」
地下1階を歩いていたら懐かしいイントネーションの会話が聞こえてきたので、つい入ったんです。
鹿児島料理を出してくれる、おしゃれな飲み屋さんでした。
カウンター席に座りました。その声の主は、てきぱきと働いているきれいな女の人でした。私が鹿児島出身なんですと言ったら
「おじゃったもんせぇ」
満面の笑顔で返してくれました。それで、なんだかほっとして、私つい涙ぐんでしまいました。
いも焼酎のお湯割りと、それからおつまみを頼みました。
「つけあげください」
「はーい」
「つけあげ?」
隣に座っていたおじさんが反応しました。お店のお姉さんが答えました。
「さつまあげのことを鹿児島ではつけあげって言うんですよ」
「なるほど薩摩にいる人が"さつま"あげって言うわけないよね。じゃあさつまいもも、鹿児島だと呼び方違うの?」
「からいも」
私とお姉さんが同時に言いました。
「本当に?」
「ええ、地元ではつい最近まで新聞やテレビでも、普通にからいもって言ってましたよー。つけあげは今でもつけあげですね」
「ただ鹿児島でも地域によって違うんです。私の地元では、つけあげより、てんぷらって呼ぶ人が多かったです」
「あ、それも聞いたことあるわ。それじゃあてんぷらは、東京で言う天麩羅のことはなんて言ってた?」
「からあげです」
「なるほど」
隣のおじさんが納得して頷きました。
「それも"から"なんだね。唐、中国から来たものだから、"から"がついたってわけか」
「でもさ、東京で言う唐揚げのことはなんというの」
「からあげも、からあげです」
「天麩羅と唐揚げって少し違うものよね。そこは区別しないの?」
「衣をつけた唐揚げ、つけない唐揚げ、みたいに言ったかな」
「あたしのところでは、ちょっと違った。別の言い方だったわ」
「えっほかにもあるんですか」
「うん、フライ、って呼んでた」
お姉さんは真面目な顔で言ってから、にこっと笑いました。それで私は吹き出しました。
「ああ、懐かしいな、鹿児島」
「ええ、かごんま、わっぜ懐かしかあ」
とても素敵な笑顔でした。元気をもらえた気がしました。
私、実は失業していまして。
勤めていた会社が倒産したんです。東北に工場を持つ食品会社でしたので、地震の影響をもろに受けてしまったのですね。
今、職探しをしているところなんです。毎日、足を棒のようにして何社も回っているんですけど、なかなか雇ってくれるとこがなくって。
けれど、お姉さんのおかげで、気付いたんです、大事なのは、笑顔だってこと。
追い詰められた気持ちを顔に出して面接受けても、うまくいくはずないですよね。
表情を変えて、気持ちも変えて、また明日からがんばろう。楽しみながら、笑いながら、がんばろう。そう思うことができました。
見てください。私がもらったカードのヒロイン、その鹿児島出身のお姉さんにそっくりなんです。モデルになってるんじゃないかなあ。
スーツ女性は笑顔で話し終えた。
「そんなお店あったっけ。あったら行きたいけど。俺、いも焼酎好きだから」
と、サラリーマン。
「できたばっかりみたいです。オープンしたのは大震災の少し後だそうですから」
「震災って東日本大震災? ならずいぶん……」
サラリーマンは言葉に詰まった。混乱しているようだ。
みんな、何かに気づき始めている様子だった。僕もだ。
不穏な空気を察してか、白髪紳士が言った。
「議論は後にして、まず情報を出し合いましょう。次は、お嬢さん、いいですか? 」
オーバーオール女子が、頷いた。
「あたしはこのビルの有名な、うん、きっとみんなも知ってるおいしいお店に行ってました」
明るく無邪気な口調で、場の雰囲気がほぐれた。
「1階の、すごくいい匂いが漂ってていつも行列ができるとこ! って言うだけでバッチリわかるかもね」
「わかった。あの店ね」
「俺も行ったことある。オムライスがおいしいとこだろ。ハンバーグもあって……」
「うんうん、私はオムドライ派」
「え?」
オーバーオール女子は首をかしげた。
「あたしの言ってるの、エスカレーター向かいのお店よ」
「そうその場所。絶品オムライスの洋食屋さん」
「オムライスなんかないよ。たいやき屋さんだもん」
「たいやき屋なんて、あったっけ? ああ。そういえば」
サラリーマンが、ふと思い出したように言った。
「あの店、昔はたいやき屋だったと聞いたことがある。たいやきは大人気だったけど、すっぱりやめて洋食屋に鞍替えしたら、また大行列の人気になったって」
「へんなの。今でもたいやき屋さんだし、大行列だよ。ずっとあの歌が流れてて、並んでる人たちみんな、子どもだけじゃなくておじさんやおばさんまで、一緒に歌ってるの。そういうのって、ほんと最高!」
「歌?」
女子は答える代わりにオーバーオールの肩紐をずらして、Tシャツにプリントされた『およげ!たいやきくん』のイラストを見せた。
「なあ、これって冗談とかじゃないんだよな。俺だけがかつがれてるってわけじゃ……ないよな、うん。じゃあ俺のことを話すよ」
サラリーマンが、首をゆすりながらネクタイをさらに緩めた。
「俺が行っていたのは、喫茶店だ。富士山のパネルの店」
「ああ、あのお店ですか。老舗ですね。ビルができた当初から入ってるテナントの一つだそうですよ」
俺、こう見えて甘いものに目がなくてね。仕事の合間にあそこに寄って、ホットケーキで充電するんだ。暑い日はクリームソーダだね。
そしてこの店、すみずみまで造りがとてもいい。テーブルは高すぎず低すぎず、ソファは柔らかすぎず、全部一人がけで、ちょうど良い位置に電源もある。席と席の間の通路は広々としてる。なんていうか、わかってくれてるんだよな、俺らサラリーマンのことを。
タバコが吸えることも大きいね。スモーカーもノンスモーカーも快適に過ごせるように、完璧に分煙されている。仕切りは床から天井までの巨大なアクリル板で、圧迫感がない。喫煙側も広々としているし、排気も完璧だ。吸わなくてもそっちを選ぶ人もいるくらいだ。
助かるよ。俺はヘビー・スモーカーなんだけど、最近は吸えるところが本当に少なくなっているから。仕事場でもお店でも、それどころか家でも、吸えないって聞くよ。
そう自分の家でも、だ。今日、隣に座ってる人にライターを借りたんだけど。お近くの会社ですか、と聞くと、「そうでした」と答えるんだ。過去形なんだね。
よく見るとかなり年配の方だった。つまり、会社を定年退職した後も、このお店には通い続けているってことだ。
この店のおかげですごく幸せに働くことができていたってことだよね。そしてそんなお店が今でも変わらずに、ある。俺、すごく羨ましくなったよ。
「昔は会社のデスクでも、パチンコ屋やゲームセンターでも、それどころか電車の中でも吸えたんだよな。今では信じられない」
「え。今でも吸えるでしょ、ゲームセンターでも電車でも」
と、たいやきTシャツの女子が首を傾げた。
他のみんなは黙っていた、そろそろ、疑念が確信に近づきつつあるのだ。
最後だ。僕の番だ。
僕が行ったのは、駅の反対側の角から入ってすぐの、そう1階のオムライス屋さんの……いや、もしかしたらたいやき屋さんの……手前のジューススタンドでした。
新鮮な旬のフルーツを使ったしぼりたてジュースが人気のお店です。
今日の僕はとても疲れていました。そして数十種類もあるジュースからどれにするか決めあぐねていました。
「元気が出るものをください」
と聞くと、店主のおじさんが答えてくれました。
「たまには野菜はどうですか。"ミックス野菜ジュース"がおすすめです。野菜が3種類入っています」
「いいですね」
健康のためだと思って飲んだのですが、それがとてもおいしく飲めたんです。
このお店はコールドプレスという方法でジュースを作っています。冷たいまま(コールド)、圧力(プレス)をかけて素材の水分だけを搾り出すのです。不溶性の繊維質が取り除かれるので、すっきり飲めるだけでなく、体に消化の負担をかけることなく栄養が摂取できるのだそうです。
「何が入ってるか、わかりますか」
おじさんにそう聞かれるまで、果物ではなく野菜のジュースだということを忘れていました。
僕はもう一口を飲んで、考えて、言いました。
「3種類ですよね。人参と、それと葉物、たぶん小松菜かな」
「正解。あとひとつ」
「うーん」
僕は、とても不思議な気持ちになっていました。
この味、この香り、確かに覚えがある。けれど、わからない。
「降参です」
「答え、言いますね。セロリです」
「えっ」
僕が驚いたのにはわけがあります。
僕は小さい頃からセロリが大嫌いで、一切、口にしたことがなかったのです。
食わず嫌い、というやつだったようです。だって、こんなにおいしいんですから。
そして、喉に残ったそのさわやかな味わいが、遠い昔の記憶を蘇らせてくれました。
僕はこれを、セロリを、同じように野菜ジュースとして味わったことがあったのです。
母親が、家のジューサーで作ってくれた果物ジュースの味です。
……そうだったのか……
セロリは、子どもの健康にとても良い野菜だと言われていました。それを絶対に食べようとしない僕のために、こっそりジュースに混ぜて飲ませてくれていたんです。
それを僕は喜んで飲んでいたわけです。
ジュースを飲み干して、僕は目を閉じました。
今は亡き母親の笑顔を思い出しました。
そして目を開けたら……僕は暗い廊下に一人で立っていたんです。
手には空のカップではなく、このカードを持っていました。
地面に赤い矢印のマークが浮かび上がっていました。その先にこのバーがあったんです。
「果物屋さんですね。ニュー新橋ビルが建つ前から新橋駅前にある名店です。ジュースもやっていたんですか」
と、白髪紳士。
「ああ、その果物屋さんが、ジューススタンドになったんだよな。2000年くらいからだったかな」
と、サラリーマン。
白髪紳士と、たいやき女子が、目を丸くしている。
「コロナ禍の後は、インバウンド客がすごく増えたから、ビーツとかドラゴンフルーツとか、外国からのお客さんが喜ぶようなジュースもメニューに追加されているらしいよ」
「コロナ禍って何」
今度はスーツ女性が眉を上げた。
「わかってきた。いや逆だ、わからないことがはっきりしてきた、ということかな」
「そうですね。あの、きっとみなさん、同じこと考えてると思います。どうでしょう、
いつの時代から来たか、一人ずつ、言うことにしませんか」
鹿児島生まれのスーツ女性の言葉に、全員が頷いた。
一同の目線が定まった。今度は、まず僕からだ。
「僕は、2020年です」
一瞬、間があってから、スーツ女性が口を開いた。
「私は2011年です」
「あたしは1976年。本当よ」
と、たいやき女子。
「俺は2025年」
と、サラリーマン。
「わたくしは1985年です」
と、白髪紳士。
場が静まり返った。
全員が同じことを考えていたはずだ。それを言葉にしたのは、スーツ女性だった。
「つまりこの5人は、それぞれ別々の時空のニュー新橋ビルからタイムスリップしてきたということね」
「謎が明らかになった、わーい、とはならないわよね」
たいやき女子が頭を揺らしながら言った。
「むしろ謎が深まったってか。だって、こんなことあるはずがないもん……」
「別々の時代の、けれど同じニュー新橋ビルのお店。ただ、全員がもらったカードのデザインは、共通してるようだ……うーん、不思議だ」
「この不思議を解き明かさないかぎり、わたくしたちはもとの世界に戻れないということでしょうかね」
その時、カウンター奥の扉が開いた。
マスターだ。
全員の視線を気にする様子もなくマスターは全くの無表情のまま、一人ひとりを見ながら言った。
「カクテルは飲んで頂いたようですね」
そう言われて僕は初めて、自分が目の前のグラスの中の液体を飲み干していることに気づいた。
今さら、口から喉にかけて、甘い刺激が感じられた。
他の人たちのグラスも全て空だった。
全員、話に夢中になりながら、無意識にそのカクテルを飲み干してしまっていた。
「謎解きを、楽しんで頂けましたか。ええ、このひとときも、ツアーに含まれております。これは最後のプログラムです」
「ツアーって? どういう……あっ」
「お嬢さん、カクテルが効いてきたようですね」
「は、はい……そういうことだったのですね」
スーツ女性がそう言って、口元を押さえ、目をくるくる動かした。その様子を見て、サラリーマンが不安そうな声を上げた。
「どういうことだ。このカクテル、何か変なものが入っていたのか」
「人によって効く速度は違います」
と、マスター。
「なるほど、そういうことか。わかった、今わかったよ、ははは」
サラリーマンががらりと違う口調になり、笑った。
表情からは不安は消え去っていた。
「効果が出た人は、すなわちこの状況を理解されたということになります。このカクテルには、記憶を回復する効果があるのです」
どういう意味だろう。そう思った時。
がつん、
頭の中に閃光が走った。
僕にも、戻ってきた。記憶が。
一時的に消されていた記憶が。
ここ、ニュー新橋ビルに、僕の場合は「2020年のニュー新橋ビル」に入る前に、消去されていた記憶が。
2050年の僕の、記憶が。
そう僕は、僕らは、「ニュー新橋ビルの観光ツアー」に参加していたのだ。
ツアーといっても現実世界を移動するものではなく、VR世界に入って行うものだった。特定の日時と場所を指定して、その時代のそのお店に行く。
現実世界の観光と違って、「今」という時空にしばられない。ツアー客はそれぞれ、自分がいちばん行きたい時代の、行きたい店に行くことができる。
しかもこれは、その時代の人間になりきって、つまり完全に内側に入り込んで、その世界を体験することができるというものだった。
そのために脳細胞を電磁波で刺激して、記憶を一時的に操作する技術が使われた。
本来の記憶のほとんどを消去した上で、最低限の偽記憶……その時代の、その店が大好きな人としての記憶……を埋め込んで、VR世界にダイブする。もちろん、その世界のその時代のファッションをまとって。
視聴覚だけでなく触覚や味覚までを現出する最先端技術による疑似体験を十分に楽しんでから店を出るわけだが、その時点ではまだ記憶は戻っていない。いったんこのバーに導かれ、記憶回復のオペレーションを受けるという段取りだったわけだ。
「オペレーションといっても、それは簡単なことだったのですね。少量の薬物を『カクテル・ニュー新橋スリング』として飲めばいいというだけの」
僕はいつのまにか、声を出して喋っていた。
「ああ、ようやくわたくしにも効いてきたようです。思い出しました」
白髪老人が周囲を見回しながら言った。
「なんということだ。皆さんとはここで初対面だったと思っていた。一緒にこのツアーに参加した仲間でした。懐かしいような、新鮮なような、不思議な気分です」
「そうでしたね。ツアーの開始も、ここからでした。全員、目的の時代が別で。ここから出て、それぞれの年代の、それぞれの店に向かったんでしたね」
と、スーツ女子。
「そしてそれぞれの体験を終えて今ここに全員、戻ってこられたわけです」
マスターが言った、いや、この人は本当はバーのマスターではなく、ツアーの「添乗員」だった。
「記憶を消したり戻したりする操作は、すでにとても安全にできることになっています。後遺症の心配などはありません。そして皆さん一人一人が、それぞれの時代のニュー新橋ビルで過ごした楽しい時間のことは、忘れたりしないようにセットしてあります」
「ありがと。すごいツアーだったわ。1970年代のたいやき屋さん、ああー、楽しかった。こんな格好までさせてもらって!」
「そうだな、どんな本や映画より、リアルに知ることができた。2020年代のサラリーマンの昼休みを」
「2010年代の居酒屋を」
「2020年代のジュース屋さんを」
「1980年代のカメラ屋さんを。……VRとかAIとか、テクノロジーが進めば進むほど、素敵な場所の、そこでその時にだけ得られる思い出の価値は、増していくってことですね」
老人は、空になったグラスを掲げ、それを透かして一人ひとりの顔を見た。それから自分のカードを、指先で丁寧につまんで持ち上げ、じっと見つめた。
「ただ、思うことがあるんです。"その瞬間"がかけがえのない宝物だってことに、その瞬間は、気づかないものなんじゃないかな、ってね」
マスターに続いて全員がカウンターをくぐり、奥の扉から出た。
そして顔も背丈も年格好も、人によっては性別も、全くの別人に変わり……正しく言えば元に戻り……それぞれ2050年の日常に、戻っていった。
…………………………………………了
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The Many New Shimbashi Buildings (Kozy Watanabe)
I pushed the door open hesitantly. It was very dark inside. Quietly, I stepped inside. It was a small bar, with just a counter. Four of the five seats were occupied. Two women and two men…All four were of different ages and were dressed differently.
I noticed that they were all looking at me.
“Pardon me.”
I hurriedly spun around to leave. But the door was stuck. I pushed and pulled, but it didn’t budge.
“It won't open.”
It was a woman’s voice.
“But I just came through it.”
“I know it sounds weird, but you can enter through there but not leave.”
I turned back around toward them, and all four nodded at the same time.
“That’s what happened to all of us. We’re all trapped here.”
“Huh?”
“Why not have a seat?”
A white-haired gentleman at the end of the counter invited me to sit, pointing toward the empty seat.
“I understand how you feel. Until just a while ago, we all were just as confused as you are now. But there was no point in struggling, so we decided to first calm down.”
I hesitated for a moment, then lowered my head and took a seat. There was no other option.
In addition to the white-haired gentleman in a casual blazer, the other man was a middle-aged businessman who had taken off his jacket and loosened his tie.
The woman who had spoken was dressed in a close-fitting suit. She might have been an office worker, or perhaps a university student looking for a job. The other woman was dressed somewhat retro, in a T-shirt and overalls. Her childlike face made it impossible to tell her age. She could have been anything from a housewife to a high school student.
I noticed that there was another door behind the counter. As I leaned forward to check it, the woman in the suit began to speak.
“We checked that door earlier, but it wouldn’t open. Uh, we have a new person now, so I’ll explain the situation a bit.”
The second part of her sentence was addressed at everyone except me. They all nodded. The woman turned to face me again and continued.
“This is the first time that any of us have been here. It seems like we all got here in the same way.”
“This is the New Shimbashi Building, right?”
The white-haired gentleman said, “Yeah, and we all came to the building and entered a shop. But when each of us left the shop, we suddenly got lost.”
“I was in a shop not far away just a moment ago, but then…”
The girl in overalls said in a high-pitched voice, “When you left the shop, the hallway was completely dark, right?”
“And the only light was the red arrow mark on the floor. You followed that, and then a question mark appeared, and when you opened the door that was there, you ended up in here.”
“That's right.”
I was surprised, but at the same time, also a little relieved.
“The same thing happened to all of us. We came to the New Shimbashi Building as usual, and were enjoying ourselves as usual, when we were given these mysterious cards.”
I looked over and not just her but everyone had what looked like a trading card in front of them.
The designs were all different. Apparently, they had each gotten one at the shop that they had just been in. I also hurriedly pulled my card out of my pocket and placed it on the counter.
With our cards laid out in front of us, it looked like were all playing a game.
The businessman said, “I wonder if they’re holding some kind of event?”
“You know, like an escape room type of game. Maybe the shops in the building got together to create something like a mystery movie set. Participants could enjoy going through it. That sort of thing is popular now, isn’t it? And maybe a few normal customers like us just unknowingly got caught up in it.”
The girl in the overalls said, “No way. If they were doing something like that, they would have put up a sign so that people knew.”
“Then, maybe it’s a TV program or something. Like one of those large-scale practical joke shows…”
“If a TV station tried something like that nowadays, they would get in a lot of trouble.”
Suddenly, the door behind the counter opened. Everyone turned to look. A tall man appeared. He was wearing a button-up shirt with a bow tie and suspenders. He was dressed like a bartender. His plain, tidy face was completely expressionless. In one hand, he held a large tray with several thin glasses on it.
“Welcome.”
Even his voice was plain, like an AI voice reading a news script.
“Uh, so, you work here, right?”
“Sir, please tell us what’s going on. We don’t know how we got here.”
Instead of answering our questions, the barkeep carefully placed a glass next to each of our cards. One was placed in front of me too. The glasses were tall and thin with faceted geometric lattice patterns carved into them, and they were filled with a liquid that glowed blue from within.
“The first drink is on the house.”
“Sir! What is going on in this building? Why are we locked in here?”
“This cocktail is called the New Shimbashi Sling. Please enjoy it. And think. I’ll give you five minutes.”
The barkeep raised one hand and spread his fingers.
“Try to solve the mystery in five minutes.”
After saying that, he fell silent.
Then, he disappeared.
We should have assumed that he left through the back door, but it was so quick that he seemed to truly disappear.
Everyone had a stunned expression on their face. I’m sure I did too.
After a while, the businessman came to his senses and moved. He ducked through the opening in the counter to get inside, and put his hand on the door through which the barkeep had supposedly disappeared.
However, the door wouldn’t open.
The woman in the suit timidly opened her mouth.
“He told us to solve a mystery.”
“Hmm, it looks like this is some kind of game after all.”
“Even if so, I never agreed to participate in any game.”
“Damn it. This is annoying. When he comes back, I’ll grab him and make him explain.”
The businessman started out with a harsh tone, but then suddenly got a pensive look on his face.
“So, this is a game... You know, even if it’s a game, it may not be all that leisurely. We are not the ones who are enjoying this game... We might just be like chess pieces. I once saw a movie like that. A rich psycho guy locked a bunch of random people in a building and made them kill each other off. While others watched from somewhere else and placed bets.”
“You mean we’ve been chosen to play a death game?”
The white-haired gentleman said slowly in a low voice, “Let’s all calm down.”
“Let’s think this through. First of all, there is something that we all have in common. We were all in one of the shops in the New Shimbashi Building just before arriving here. And as we were leaving the shop, we were given a card. That is probably an important clue. Let’s start by discussing which of the shops we were in, shall we?”
Everyone nodded. His voice had a calming effect.
“Thank you very much. Allow me to be the first. My name is Maeda, and I work as a... Uh, actually, let’s save the self-introductions for later. I was in the shop on this card… A camera shop.”
The gentleman picked up the card in front of him and showed its face to everyone.
“So, there’s a camera shop in this building, too, huh?”
“It seems the perfect place for enthusiasts, with a collection of cameras from all over.”
I said that it ‘seems’ so because cameras aren’t actually one of my hobbies. Today was the first time I had ever been to that shop.
However, something about it greatly interested me. I was looking for a shop that sold old cameras, and that’s how I found it.
You see, my father died when I was five years old.
Thanks to my mother, I never felt lonely growing up, but when I got a bit older, I wanted to know what my father was like, so I started flipping through the photo albums we had at home.
There were lots of photos in our house that I think my father took while he was still alive. They were photos of our family going to the amusement park, going to the beach, or setting off fireworks in a nearby park.
But my father wasn’t in any of them. Most of the photos centered on me as a child.
I clearly remembered enjoying the amusement park, the sea, and the fireworks with my father. Yet, when I thought back to how my father appeared in those memories, I noticed something a bit strange.
For some reason, my father always had a strange little box with him. It was black and about the size of a bird house. He didn’t just carry it around with him. Sometimes, he would cover it up and peer into it.
As a child, I used to often wonder what was inside it.
And recently, I learned something. I learned that there was a box-shaped type of camera that you would place on a stand or affix to your waist and look down into in order to take a picture. This type of camera used to be popular.
Suddenly, it all made sense. That box was a camera. My father wasn’t in any of the pictures because he was the one taking them.
That’s why I wanted to find out more about that type of camera.
The shop was lined with all sorts of old cameras of all sizes. They were all very beautiful, and I began to understand how enthusiasts felt.
One of them caught my eye.
In that instant, my memories came flooding back.
It was the same model.
There was no mistake. The size, shape, and even the color were exactly the same.
It was a twin lens reflex camera with both of the lenses lined up vertically. When you opened the top cover and peered in, you would see the subject in front of you reflected in the frosted glass. You were supposed to focus while looking at the reflection, and then snap the picture.
The shopkeeper actually spun the lever to wind up the film for me. Whirl, click, whirl, click…
The sounds took me right back to when I was five years old. And the image of my father, who was in hardly any of our photos, came into sharp focus in my mind.
The woman in the suit asked, “That shop still sells manual film cameras, doesn’t it?”
“Yes, but embarrassingly, I couldn’t operate it, so I gave up on buying it. The model I use now is the Alpha 7000, which is fully automatic. It seems that, once you start using one like this, you forget how to properly adjust the focus and aperture. It’s like they say, machines evolve while people degenerate.”
“Wait a second. That’s a Minolta Alpha 7000, right? That’s quite a vintage model itself, isn’t it? And you still use film, instead of a digital camera?”
“Huh? What did you say? What’s a digital camera?”
The white-haired gentleman tilted his head in confusion and asked again, and a strange sense of discomfort hung in the air. The gentleman spoke again in an attempt to dispel this.
“Well, that’s about all I have to say. Let’s hear what the next person has to say.”
The gentleman made eye contact with the woman in the suit, who began to speak.
“I guess I’ll go next.”
I was walking on the first basement floor when I heard people talking in a way that felt nostalgic to me, so I found myself going in.
It was a stylish bar that served Kagoshima cuisine.
I sat at the counter. One of the people I had heard speaking was a beautiful woman working briskly.
When I told her I was from Kagoshima, she said, “Ojattamonse! (Welcome!)”
She smiled back at me. For some reason, I felt so at ease that I couldn’t help but tear up.
I ordered sweet potato shochu, some hot water to mix it with, and some snacks.
“Can I get some tsukeage?”
“Sure thing.”
“Tsukeage?”
The older man sitting next to me reacted to my order, and the woman working at the shop explained.
“In Kagoshima, we call deep-fried fish cakes tsukeage.”
“I see. It makes sense that people in Satsuma wouldn’t call them ‘Satsuma’-age. Do people in Kagoshima have a different name for satsuma-imo too?”
“Sweet potatoes? We call those karaimo.”
She and I said the word at the same time.
“Really?”
“Yeah. Until recently, people back home would call them karaimo even in newspapers and on TV. Tsukeage is still called tsukeage.”
“But even within Kagoshima, it differs by region. In my hometown, more people call it tempura, rather than tsukeage.”
“Oh, I’ve heard that too. Then, what did they call the dish that we call tempura in Tokyo?”
“Kara-age.”
“I see.”
The man next to me nodded in understanding.
“So that’s ‘kara’ as well… Could that be because it came from China during the Tang Dynasty, which was called ‘Kara’ in Japanese at the time?”
“But then, what do you call the dish that is called kara-age in Tokyo?”
“Fried chicken? That’s also kara-age.”
But tempura and fried chicken aren’t exactly the same thing. How do you distinguish between them?”
“We would say kara-age dipped in batter or not dipped in batter.”
“It was a bit different where I’m from. They had different names.”
“Really? There are other names?”
“Yeah, we called it ‘fry’.”
The woman said this with a serious expression, then smiled. That made me burst out laughing.
“Ah, I miss Kagoshima so much.”
“Yeah, Kagonma, I wazze (really) miss it.”
She had a very nice smile. I felt like I’d been rejuvenated.
I’m actually unemployed.
The company I worked for went bankrupt. It was a food company with a factory in Tohoku, so it was hit hard by the earthquake.
I’m currently looking for a job. I visit lots of companies every day, but it’s not easy to find a place that will hire me.
However, she helped me realize that the important thing is to smile.
If you go to a job interview with a look of desperation on your face, it’s not going to go well.
I decided I was going to change the expression on my face to change how I felt, and then go back out tomorrow and do my best. We should enjoy ourselves and keep on smiling. She helped me realize that.
Look at this. The heroine on the card I got looks exactly like the woman from Kagoshima. I wonder if it’s based off of her.
The woman in the suit finished speaking with a smile on her face.
The businessman said, “Was there a shop like that? I don’t remember it. If there was, I’d like to go. I like sweet potato shochu.”
“It looks like it just opened. I heard it opened shortly after the earthquake.”
“The earthquake? You mean the Tohoku earthquake and tsunami? That was quite a while ago…”
The businessman didn’t know what to say. He seemed confused.
Everyone seemed to be starting to realize something. Even me.
Perhaps sensing everyone’s unease, the white-haired gentleman spoke up.
“Let’s put the discussion on hold for now and just start by sharing information. Young lady, would you care to go next?”
The girl in overalls nodded.
“I have just been to the great restaurant in this building that is pretty famous, um, and I’m sure you all know about it.”
Her cheerful and innocent tone of voice helped to lighten the mood.
“It’s on the first floor, and there’s always a line of people waiting because it smells so good! I’m sure that’s enough to make it clear where I’m talking about.”
“Ah, yeah, I know the one.”
“I’ve been there before too. They serve delicious rice-filled omelets and Hamburger steaks...”
“Yeah, yeah, I like my omelets filled with dry curry.”
“Huh?”
The girl in overalls tilted her head in confusion.
“I'm talking about the place across from the escalator.”
“That’s the one. The Western-style restaurant with the superb rice-filled omelets.”
“They don’t serve anything like that. They sell taiyaki, fish-shaped pancakes filled with bean jam.”
“Was there a shop selling taiyaki? Oh, that's right.”
The businessman seemed to have suddenly remembered something.
“I heard that the place I’m talking about used to be a taiyaki shop. Their taiyaki were definitely very popular, but when they stopped making them altogether and switched to Western-style food, their popularity soared again, to the point that they have long lines of customers.”
“Weird… It’s still a taiyaki shop, and there’s always a line. They are constantly playing that song, and everyone in line, from kids to senior citizens, sings along with it. It’s the best thing ever!”
“Song?”
Instead of answering, the girl shifted the shoulder straps of her overalls to show the illustration of “Swim! Taiyaki” printed on her T-shirt.
“Come on. Is this a joke or something? Are all of you playing a trick on me? Alright, I’ll go next.”
The businessman stretched his neck from side to side while further loosening his tie.
“I went a coffee shop. The one with Mt. Fuji on the panel.”
“Oh, that place? That’s been there for a long time. I heard that it has been one of the building’s tenants since it was first built.”
You may not suspect this by looking at me, but I have a weakness for sweets. I stop by there when I can during work to recharge with some pancakes. On hot days, I order a cream soda.
The shop is very well designed, right down to the last detail. The tables are neither too high nor too low. The sofas aren’t too soft, and are only wide enough for a single person, and there’s a power outlet within easy reach of each seat. There are wide aisles between the seats. It’s like they truly understand us businessmen.
The fact that you can smoke there is also a major point in its favor. The smoking and non-smoking sections are completely divided, for the comfort of both smokers and non-smokers. The partitions are huge floor-to-ceiling acrylic panels, so the place doesn’t feel cramped. The smoking section is also spacious, and the ventilation is perfect. Some people choose to sit in there even if they don’t intend to smoke.
It’s a big help. I’m a heavy smoker, but these days, there is only a tiny handful of places left that allow smoking. Smokers get told not to smoke at work, in shops, and even at home.
That’s right, even in our own house. I borrowed a lighter from the person sitting next to me today. I asked him if he worked nearby, and he said, “I did.” …Past tense.
I gave him a closer look and noticed that he was quite elderly. In other words, he continued coming to the coffee shop even after retiring from his company.
That shows how much this shop helped keep him happy while working. And the shop is still there today. I was very envious.
“In the past, you could smoke at your desk at work, inside pachinko parlors, at arcades… You could even smoke on the train. Nowadays, that would be unthinkable.”
“Huh? Can’t you still smoke at arcades and on trains?”
The girl in the taiyaki T-shirt tilted her head in confusion.
Everyone else was silent, but our doubts were gradually turning into certainty.
I was the only one left. That meant it was my turn.
I went to the juice stand that’s just before the rice-filled omelet shop on the first floor…or was it the taiyaki shop? It’s the place right inside the corner on the opposite side of the station.
It’s popular for its freshly squeezed juices made from seasonal fruit.
I was very tired today. I was having trouble deciding which of the dozens of different juice flavors to choose.
“I’d like something that will give me some energy.”
To which, the shopkeeper replied, “How about occasionally having some vegetables? I recommend the mixed vegetable juice. It has three kinds of vegetables in it.”
“That sounds good.”
I ordered it because it was healthy, but when I took a sip, it was really good.
The shop makes its juices using a cold-press method. The ingredients are pressed while still cold (hence the name “cold-pressed”), so only the liquid is extracted. This keeps out any insoluble fiber, so it is a great way to get nutrients that is both refreshing and easy to digest.
“Can you tell what’s in it?”
I had forgotten that it was vegetable juice, not fruit juice, until the man asked me that.
I took another sip, thought about it.
“There are three kinds, right? Carrots, a leafy vegetable… maybe mustard spinach.”
“Correct. There’s one more.”
“Hmm.”
Something felt very strange to me.
The taste… The fragrance… I knew it from somewhere. But I couldn’t recall where.
“I give up.”
“I'll tell you. It’s celery.”
“What?”
There was a reason for my surprise.
I have hated celery ever since I was a child, and I hadn’t eaten any since.
I guess I was one of those people who dislike things before even trying them. I couldn’t believe how delicious they were.
And the refreshing aftertaste that lingered in my throat brought back memories from long ago.
I had once tasted celery prepared in the same way, as vegetable juice.
It tasted like the fruit juice that my mother used to make with our juicer at home.
……That’s when I realized……
They used to say that celery was a very healthy vegetable for children. But because I refused to eat it, she secretly mixed it into juice for me.
In that way, I would drink it down happily.
I finished the cup of juice and closed my eyes.
I recalled the look of my late mother’s smiling face
Then, when I opened my eyes, I was standing alone in a dark hallway.
In my hand, I had this card instead of an empty cup.
A red arrow was glowing on the ground. It was pointing toward this bar.
The white-haired gentleman asked, “It was a fruit shop, right? There’s a well-known shop in front of Shimbashi Station that has been there since before the New Shimbashi Building was built. They also sold juice?”
The businessman said, “Oh yeah, that fruit shop became a juice stand, didn’t it? I think it was around 2000.”
The gray-haired gentleman and the taiyaki girl widened their eyes in surprise.
“After the COVID-19 pandemic, the number of customers from overseas increased dramatically, so they added beets and dragon fruits to their menu to offer juices that customers from other countries would enjoy.”
“What is COVID-19?”
This time, the woman in the suit raised her eyebrows.
“I’m starting to understand. Or rather, I think it’s becoming clear what I don’t understand.”
“Yeah, I think everyone is probably thinking the same thing. How about we go one-by-one and say what year we came from?”
Everyone nodded at the suggestion from the woman in the suit from Kagoshima.
Everyone’s gaze was fixed on me. I went first this time.
“I’m from 2020.”
After a short pause, the woman in the suit spoke up next.
“I’m from 2011.”
The taiyaki girl said, “I’m from 1976. I really am.”
The businessman said, “I’m from 2025.”
The white-haired gentleman said, “I’m from 1985.”
Everyone fell silent.
While I’m sure we were all thinking the same thing, it was the woman in the suit who put it into words.
“So, the five of us have time-traveled here from our own time period through the New Shimbashi Building.”
The taiyaki girl said, shaking her head, “Solving this mystery doesn’t feel like something to celebrate.”
“I think it’s made the mystery even deeper because that’s impossible…”
“The shops we visited were in different time periods, yet all in the same New Shimbashi Building. However, the cards we received all seem to be formatted in the same way... Hmm, it’s very strange.”
“We won’t be able to return to our original time unless we solve this mystery, will we?”
Just then, the door behind counter opened.
It was the barkeep.
Without seeming to care that everyone was staring at him, he looked at each of us with a completely expressionless face and spoke.
“I see you’ve finished your cocktails.”
When he said that, I realized for the first time that I had drunk the liquid in the glass in front of me.
Now, I could feel a sweet sensation in my mouth and down my throat.
Everyone else’s glasses were empty too.
We had all been so absorbed in listening to each other that we had unconsciously finished our cocktails.
“Did you enjoy solving the mystery? Yes, this moment is also a part of the tour. This is the final event.”
“Tour? What do you… Ah!”
“Young lady, the cocktail seems to be taking effect.”
“Oh... I get it now.”
The woman in the suit said this before covering her mouth and rolling her eyes. Seeing this, the businessman asked with concern, “What’s going on? Was there something strange in this cocktail?”
The barkeep said, “The speed at which it takes effect varies from person to person.”
“I see. So that’s what’s going on? I get it now. Haha!”
The businessman’s tone changed completely and he laughed out loud.
He no longer looked worried at all.
“Once the cocktail takes effect, you will understand the situation. It is able to restore your memories.”
I wondered what that meant. At that moment…
It hit me.
A flash of light ran through my head.
They came back to me… My memories.
Memories that had been temporarily erased.
My memories from before coming in here, from before entering the New Shimbashi Building in 2020, had been erased.
My memories from 2050…
I remembered that I and the others were taking part in a New Shimbashi Building Sightseeing Tour.
While it was called a tour, participants didn’t move around in the real world. The tour was conducted in VR. You could specify a particular date, time, and location, and then go to a shop of that era.
Unlike sightseeing in the real world, you aren’t restricted to “here and now.” Participants can go to the shop they want to during the era they most want to visit.
It also allowed you to become a person from that era, in other words, to completely enter into and experience that world.
To achieve this, a technique was used that temporarily manipulated memories by stimulating brain cells with electromagnetic waves.
After deleting most of the participant’s original memories, the bare minimum number of false memories (of being a person who loved that shop during that time period) would be implanted. The participant would then dive into the VR world. While in the VR world, they would of course appear dressed in the fashions of that era.
After enjoying the simulated experience to the fullest, through cutting-edge technology to stimulate not only the sense of sight and sound, but also touch and taste, I left the shop. But at that point, my memories had not yet returned. The arrangement was that I would be guided to this bar and undergo a memory recovery operation.
“While it was called an operation, it was actually quite simple. All I had to do was drink a small amount of medicine in the form of a cocktail named the New Shimbashi Sling.”
Before I knew it, I was speaking out loud.
The white-haired old man said while looking around, “Ah, it finally seems to be working on me too. I remember now.”
“Oh, my goodness! I thought I was meeting all of you here for the first time. But we were all together on the same tour. It feels strange, like a mix of nostalgia and novelty.”
The woman in the suit said, “That's right. This is also where the tour started. All of us wished to visit a different time period. We all left from here and went to the specific shops and eras that we wanted, right?”
The barkeep said, “And now, after experiencing the time periods you chose, you’ve all returned here.” Actually, he wasn’t a barkeep but rather a tour attendant.
“The process of erasing and restoring memories has become very safe. There is no need to worry about any after-effects. And we have set it so that none of you will forget the fun that you had in the Shimbashi Building of each era.”
“Thank you. It was an amazing tour. The taiyaki shop in the1970s was so much fun. And to be able to dress up like this!”
“Yeah, I got to experience things more up-close and personal than I could through any book or movie. …The lunch break of a businessman in the 2020s.”
“The izakaya pub in the 2010s.”
“The juice shop in the 2020s.”
“The camera shop in the 1980s. ... As technology continues to advance, with VR and AI, the value of memories of such wonderful places, which can only be obtained in a certain spot at a certain time, will only increase.”
The old man raised his empty glass and looked through it at each of our faces. Then, he carefully picked up his own card and stared at it.
“I’ve realized something. People don’t seem to see in the moment that each and every moment is an irreplaceable treasure.”
We all ducked through the opening in the counter and followed the barkeep through the door at the back.
Then, our faces, heights, ages, and for some of us, even our genders completely changed––or more precisely, reverted back to how they originally were––and we all returned to our everyday lives in 2050.
…………………………………………The End
● Those who read the novel can try to pass a quiz at the exhibition venue to receive a special trading card.
Please speak to the staff at the venue.