着ぐるみ
お風呂を洗いながら、むかし着ぐるみが怖かったことを思い出す。
なんでこのタイミングなんだと思ったけど、けっこう鮮明な記憶として出てきたのだった。
たしか三歳のときピューロランドに行った、はずだ。で、キャラクターと一緒に撮影した写真をキーホルダーにするお土産屋さんがあった。
キティちゃんと写真撮る? と母に尋ねられ、わたしはそこに行った。
ぬりえとかノートの表紙でよく見ていたから、キティちゃんのことは知っていた。
林檎なんかと横並びに座り、正面だけこちらを向いている、あの2.5頭身のすがたを思い描く。
けど、目の前に現れた彼女は違った。
でかい、まばたきもせず動き回っている(今思えばだけど、固まった幼児を励まそうとしていたのかもしれない)、とてもでかい。
肩に触れられたときの手が、ほのかにあたたかいのも不気味だった。
なんか、着ぐるみが生きているのか死んでいるのかよくわからなかったんだと思う。
とっさに助けを求めようにも両親は遠くから見ているだけだった。
彼らの、あの子は何を恥ずかしがっているんだ、みたいな顔はかなり癪だった。
ただ怖かっただけなのに。でかいキティちゃんが。
そのとき撮った写真はキーホルダーになって、探せばまだ実家にある。前はよくこれを引っ張り出してきて、ひきつったわたしと目を合わせたものだ。なんか面白かったから。
助けてあげたいけどそれはできない。ただあの日の両親みたいなポジションで見ているだけだ。
一通りのことを思い出しながら浴室全体を見たとき、ああそうかと納得した。
さっき洗っているとき、ふと鏡に映ったわたしが、わたしのことをちょっと睨んでいるように見えた。だからあの着ぐるみを思い出したんだ。
ただ真剣にお風呂を洗っていただけなんだけど、もしかして自分はいつもこんな顔をしているんだろうか。普段気づかないだけで。
それでもって、いまだに怖いものがあったり助けてもらえないと恨んでいたりするんだろうか。
そんなことはもうないはずなんだけどな。
◆
そういえば、大人になって初めてユニバーサルスタジオジャパンに行ったとき、道端にクッキーモンスターがいたな、とスポンジで床を擦りながら考える。
彼もやっぱり着ぐるみで背もだいぶ高かったのだけど、モップのように長い毛と、よく動きそうな目がかわいくて、並んで写真を撮ってもらった。その写真では結構笑っていたと思う。
もうわたしはずいぶん生きてきて、着ぐるみが怖いわけではないのだった。
そのうち純粋に着ぐるみのことを好きになるよ、とかつての顔を励ますみたいに呑気に鏡を拭く。
次に帰省したら例のキーホルダーとクッキーモンスターのぬいぐるみを持ってこようかな。
* * *
ざるそばでもクッキーモンスターの話しちゃった。
よかったら読んでください。🍪👻