最近の課題
おこんにちは!REALのkoyukiです!
最近気づいたことがありまして、
人としゃべるときなんも考えてないやんってことに…
私めったに人に怒ることないのですよ
なんでかっていうと頭の回転が弱すぎて
『あれってけなされてたんじゃね?』とか『あれ理不尽やんね』って後から怒りがわいてくるから
でもこれってそのコミュニケーションの場所、場所でなんにも考えてなかったからだなぁって
正確には『直感やその場のノリで脊髄反射の会話しかしてない』なんですが。
でもこれが自分の今の課題だなぁって思うんです。
何にも考えてないなって思ったきっかけは友人が
『○○さんと話していてこう言われてこう思った。○○さんはこう言ってほしいのはわかってたけど~』って言ってたのを思い出した時
あれ?自分って人とコミュニケーションをしたとき自分の感情そこになくない?って思ったんです。
友人は〈○○さんからこう言われた→自分はこの言葉をこう、解釈した。→解釈したうえで自分はこう発言した→この自分の発言によって○○さんはこう感じるであろう〉
っていうコミュニケーションの一連のプロセスができているわけですが
私の場合、極端に言うと〈○○さんからこういわれた→だからこの発言をした〉
っていうふうに自分の考えや相手がどう考えるかのプロセスがごっそり抜けちゃってるんですよ。
これが文章になると自分でも敏感になるくらい考えるし考えながら発言しているのにこれが対面のコミュニケーションになるとびっくりするくらい考えてなかったことに自分で気づいて驚きました。
友人との会話であればこれでも成り立つし、私の仲のいい友人は大概もうお互いをよく知ってる気兼ねのない友人なのでなんの支障もないんですよ。
その環境に慣れすぎて甘んじていた自分に気づいてめちゃくちゃ恥ずかしいです。
まぁよく言えば私の言葉には裏は全くなく本音でしかしゃべってないということになるんですがというか基本的に本音の会話しかできないので本音なのですが。
(考えながらコミュニケーションをとるっていうのは嘘を言うや裏をかくような言葉を言えるようになるっていう意味ではないです。)
言葉ってほんとに薬にも凶器にもなる。なんにも考えずに言葉を発することほど怖いことはない。
言葉一つのニュアンスが変わるだけで言葉の受け取られ方もかわってしまう。
だからこそ慎重に丁寧に考えて言葉を発することコミュニケーションをすること、
相手の感情を言葉から感じ自分の感情を言葉に乗せること、
そういった一つ一つの積み重ねをしてこそコミュニケーションだと言えるんじゃないかなと感じました。
人への気遣いっていろいろありますが言葉の気遣いが何よりも気遣いを感じる部分だなっておもうんです。
言葉に一つ+1するだけで全然変わるんです。
例えばありがとうだけじゃなく忙しい中来てくれてありがとう
みたいな+1
これは普段から気を使ってやっているつもりでしたが
ここに相手の感情と自分の感情がのればもっといいんじゃないかな
とふと思いました。
こういうことは頭だけで考えててもしかたないので実践あるのみですね。
普段使わず放置していた部位を使うのでしばらくは悪戦苦闘しそうですが
考えることをやめずやってみようと思います。
また実践してみておもったこととかも記事にできたらいいな
今日はこの辺で
今日も生きててえらい!!
koyuki
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