メーカーが本気でプロトタイピングに取り組んできた
完成は来年の春以降になりますが、富士フイルムがプロトタイピングを推進するために、デザインとIT(AI)を融合した新しいイノベーション拠点を作るというニュースが飛び込んできました。
「CLAY」には動画スタジオや3Dプリンター、塗装ブースなどを備えたプロトタイプ制作室、「ITs」には、ITエンジニア同士がディスカッションしコンセプトを作り上げるのに適した小グループのデスクレイアウトや、プログラミングをはじめ集中力を要する作業を行うための個人ブースなど、開発フェーズに応じて使い分けが可能なレイアウトを採用しています。
実際にどのようなものになるのかはまだ情報が少なく分かりませんが、このニュースリリースを読む限りでは、フィジカルなプロトタイプを作るための設備とAIを含むサイバーな技術を実装する環境を融合させ、新たな企業価値を創出するメッセージが読み取れます。
「プロトタイピング」と「プログラミング」が企業価値を創造する
急速な社会の変化に対応するためデザイン思考やDXなどのビジネスを成功させる様々なバズワードが飛び交っていますが、価値を社会に実装し利益を得続けるためには、実際に何かを作り上げその価値を磨いていくしかありません。「Demo or Die」「手を動かせ」と言うことです。
これまでも開発活動の中でプロトタイピングやプログラミングはおこなわれていましたが、それを企業活動のシグニチャーとしてニュースリリースに出すところに強いメッセージを感じます。
イノベーションを社会実装していくためには、AI技術などによる革新技術とそれを社会や人間にフィットさせるデザインが重要になってきます。最初に富士フィルムのデザイン開発拠点「CLAY」・IT開発拠点「ITs」融合のニュースを見たときに思い出したのは「Society 5.0政策」でした。
この政策がまとめられたのは2020年ですがフィジカルとサイバーの2つの世界が融合して社会課題を解決するスマート社会が描かれており、コロナ禍でオンラインの活用が当たり前になった現在では目新しさは無いかもしれませんが、私たちが身体と言語を扱う脳を持っている限り根源的な視点であり、企業はもう一度それらへの取り組み方を再定義する必要があるというのが富士フイルムのメッセージだと思いました。
機能検証から価値検証へ
およそメーカーと呼ばれるところは社内に試作機能を持っており生産前の開発検討をおこなっています。ただしこれまではしっかりと図面になって会議やレビューを通ったものだけが作られるイメージでした。
作ってみたら動きませんでしたでは困るので、事前の検討はおこなわれていたのですが、個人や内部での部分的な検討に限定されていました。
同じような製品を少しづつ改善していくだけの開発であれば、その製品がどのような価値を提供できるのか、実際に使われるのはどんなシーンなのか考える必要はなく、新設計の機能が動作するか、生産できるかだけを検証対象としていれば良かった分けです。
しかし今は同じ製品分野でも、AIやロボティクス、電動化やデジタル化によって複雑化するスマート製品の時代となってきており、それに対応するため価値の再定義や実現手段の見直しが求められるようになってきました。
そこでクイックに価値検証のためのプロトタイプを作る、企業内の「ファブリケーション施設」が注目されるようになりました。
企業内ファブリケーションの源流
計画したものを予定通りに作る場所から、不確実な未来に向けて多くの仮説を創出し検証する場所として社内ファブリケーションが再定義されています。
これらの源流に遡ってみると1つの流れとしてIEDOのデザインプロセスやデザインオフィスの環境がベースとしてあり、その前にはアメリカ西海岸のガレージからテック企業が生まれたというのも重要なストーリーの一つになっています。
有名なショッピングカートのビデオでも6分過ぎぐらいに、プロトタイピングによってユーザー体験価値のためのアイデアが具現化されチームに共有されている様子が分かります。
これらのデザイン文化を取り入れつつイノベーションや社内ベンチャーに結び付けていこうというのが現在の企業内ファブリケーションスペースのコンセプトになっています。
また具体的なベースとなったのはTech-shopのような施設です。残念ながら現在は閉店してしまいましたが、その影響は企業内のファブスペースに引き継がれているのではないでしょうか。
コミュニケーションを生み出す場所
企業のスタイルによって社外の人も利用できるかは違いますが、いずれにしても従来の1企業や1部門だけのものではなく、複数の部門や多様な立場の人が集まり情報を共有し意見を出し合う場として運用され、モノ作りを軸にしたコミュニティの実現が単にプロトタイプを作る以上に重要な役割になっています。
コロナ禍でオフィスから人がいなくなったタイミングを利用して、オフィスの役割を見直し作り変える事例がネットニュースに取り上げられており、お洒落なカフェやリラックスできるミーティングスペースなど、これまでの日本のオフィスには無かった雰囲気を作りコミュニケーションを活性化させようとしていますが、その中でもファブスペース
イノベーションを生み出す場所
多様なメンバーが影響を与えあうことで情報密度が上がるだけでなく、これまでの計画通りの試作ではなく、自由なアイデアを形にできる雰囲気にすることで、そこからイノベーションが起きやすくなります。
この雰囲気作りを失敗すると、従来の業務プロセスにはまらないプロトタイピングは、誰も自主的におこなわないようになってしまいます。
また一部の人だけが自由にアイデアを出しても、イノベーションの確率は上がりませんので、より多くのメンバーが参加できるようにすることも重要な要素です。そのために定期的なワークショップを開いたり、気軽にサポートしてもらえる運営が必要になってきます。
いくつもの企業が、ファブスペースの運営について情報出しをしてくれており、またスタートアップなどで実績を上げているDMM.make AKIBAが企業内(学内を含む)の立ち上げ/運営の支援サービスを展開するなど、注目が集まってきています。