デザインにとってユースシナリオとは
「モノのデザインからコトのデザインへ」と言われていた時代から最近のUXデザインまで、経験や行為、認知や感情、文脈を扱う手段として「シナリオ」という表現が活用されてきました。これには小説のような文章を指す場合と、タスク分析のためのユーザー行為の時系列的なリスト、さらにインフォグラフィックで表されたジャーニーマップまで様々な形式があります。
しかし重要なのは表現形式の違いではなく、デザインのどのフェーズでどのような目的にユースシナリオを使うのかということになります。空想をベースに架空のユースシナリオを創造しそれを現実に落とし込んでいくイノベーション指向のデザイン活動と、調査をベースに現実のユースシナリオを抽出しその中にデザイン価値を見つけ実現していくリアリズム指向のデザイン活動の違いによって同じ言葉が大きく違って使われていることが気になったので記事を書いてみます。
デザイン活動の中の2つの「ユースシナリオ」
この記事で伝えたいことは、デザイン活動において2つの「ユースシナリオ」があり、それを意識して適切に扱うことが大切という話です。一つ目はユーザー調査に基づく「現状のユースシナリオ」で、もう一つがデザイン活動で作られる「創造のユースシナリオ」です。
私がデザイン業務をおこなっている業界では、ヒューマンファクターエンジニアリング(HFE)による安全性の実現が重要とされています。この活動では新しいユースシナリオを作ることよりも、現実を観察しユースシナリオを正確に理解し、その文脈の延長上にデザインを展開することが求められています。
一方で日本のデザイン教育や現場では、デザイン思考にあるようにユーザーを観察して共感していくことはやっても現状のユースシナリオへの落とし込みよりも課題抽出とデザインによる解決を進めてしまうことが多い様に思います。つまり改善案や未来を描くための創造のユースシナリオという使い方です。AIやロボティクスが当たり前になる時代であれば過去(現在)のやり方をベースにする意味は少ないかもしれませんし、現状とのギャップがあったとしてもそれはイノベーション価値の高さとして考えているわけです。
人間中心設計プロセスからみたユースシナリオ
ISOにもなっている人間中心設計(Human Centered Design=HCD)プロセスでは、まず最初にユーザーの理解と利用状況の把握をおこない、その中から要求(課題)を見つけ、その次にようやくデザインによる解決をおこなうことになっています。さらに最終的にユーザーと利用状況において要求を達成できているのか評価しなければなりません。
このHCDプロセスでユーザーを「40代男性」、利用状況を「一般的なオフィス」とするだけでは、要求を正しく分析することはできませんし、仮に要求を見つけたとしてもデザインで解決したり、要求を満たせたことを評価することは難しいはずです。
しっかりとユーザーの身体的・精神的な特徴、社会的な役割や関係性を表現した「ペルソナ」と、利用状況の中で空間と時間軸をもった「シナリオ」として扱っていくことでHCDプロセスを実行していくことができるのです。
特に人や社会への危険となる可能性が大きく安全を重視する業界では、デザインを開始する前に十分にユーザー調査をおこない分析・理解を深めたうえで、デザインをおこない、新しいデザインが実際のユーザーや現場に導入されたときにどのような効果(有効性)や危険(安全性)があるのかを評価していくHCDプロセスが必要とされているのです。
製品設計と体験設計から見たユースシナリオ
ユーザーや組織の要求に対して「不満(未達)」があり、それをデザインによって解決していくことが第一のデザインの目的になります。これは顕在化した問題を解決する視点で主に製品の性能や機能、ユーザーインターフェイス(UI)を改善することで対応していきます。
一方で将来を想定した場合など「在りたい姿(ビジョン)」を要求とした場合には、現在のユーザーの知識や能力、利用状況や社会・技術を前提とするよりも、新たなシナリオを創造し、そこに向けてユーザーに経験を通した教育をおこない、社会・技術を作り出していく未来創造のシナリオが設計の対象となります。
体験設計におけるシナリオは、先に説明した人間中心設計での調査に基づく現状を表すユースシナリオとは別のもので、デザイン界では「シナリオ手法」と呼ばれ製品設計における図面と同じように体験設計のスケッチや図面的な役割になります。
ビジネスの効率を上げる意味でも、博打的なデザイン提案をおこなった結果が社会実装できずに損失を出すよりも、ユーザーや利用状況をしっかりと理解することから始めた方が良いという考え方もあります。しかし未来の可能性を探索することもデザイン活動の重要な目的であり、それがなければ世界をより良くするイノベーションは始まらないからです。
デザイン界の統一思考と正式名称を求む!
ここまで2つのユースシナリオについて書いてきましたが、私の結論は両方を一人のデザイナーや組織が取り入れていくべきだということです。そこで困った問題が発生します。はたして「ユースシナリオ」と言った時にどちらのシナリオのことを指すのかです。(本当に職場で問題になっていることです)
2つの「ユースシナリオ」をきちんと扱って豊かな人間中心体験設計を実現することが、今後のAI・ロボティクスによる人と機器との関係性の大きな変化に対応し社会が受け入れていく唯一の方法ですので、これを解決しておかなければなりません。
「安全・有効・効率・満足」を全て満たした未来の答えを設計するためのユースシナリオを軸にした方法をプロセスとして組織に取り込み、さらにビジネスがグローバル化していく中で共通の思考法としてデザイン思考、人間中心設計といった基礎的な考え方から、SFプロトタイピング、ビジョンデザインのようなイノベーティブな視点を取り入れた「統合型ユースシナリオ思考」として体系化していきたいのです。
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思考の統一だけでなく名称についても冗談半分で考えておきます。どちらもユースシナリオを使いながら重要度が同じということで、同じような状況に置かれた藤子不二雄方式で考えてみましょう。
他にも、どこかのTV番組のようなタイトルも良いかもしれません。
なんか受け入れられそうな気になりませんか? 会社でも(本当に困っているので)使っていきたいのですが、造語禁止のルールがあるので是非デザイン業界から使い始めてもらえれば堂々と使えるようになるのでご支援よろしくお願いします。