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子供を産まないという選択肢を選んだ時の自分の幸せについて本気出して考えてみた

お正月もあっという間に終わり11日経過した。
最近もやもやと考えていることがある。

自分はこのまま子供を産まずに人生を進行したときに後悔しないのか?という一抹の不安だ。

元々子供はすごく欲しいタイプだった。
クラスの中でもきっといいお母さんになると言われていた私であったが、東京の生活に慣れすぎたのか?今は正直子供を欲しいという欲求が薄れつつある。もちろん子供が嫌いなわけではないが、多分このままいくと子作りをせずに人生を終えそうな気がするからだ。

多分すごく子供が欲しければ、夫に泣きついて、病院にいきいまからでも妊活を始めている。もしくは別のパートナーと子供を携えるくらいの勢いで行動を起こすはずなのだが、いまの自分の人生にそこそこ満足しているからなのか、あまりその気が起きない。

人間というのは自分の幸せを相対評価で決めるので、国民全体の収入があがれば年収が上がっても幸福度はそこまで変わらないということを知った。

あくまで、一般論としては人生において他者と比較し自分が優位であると感じるときこそ、人は幸福を感じやすいと言われているそうだ。

個人的に子供を産みたい理由の一つとしては、女性に生まれたゆえ女性にしかできないことを成し遂げたい、また、自分の子供の愛らしさを感じたいという欲求が大きい。

年末に大好きな藤井健太郎さんが企画した、同い年の3人を10年にわたって密着するという企画『淳×ジュニア×有吉 40歳-50歳 〜10年観察〜』という番組をみて、あんなにも孤独感と虚無感につつまれていた有吉が子供を抱いた瞬間の幸せそうな顔が衝撃的であったからだ。

一方で、子供のいる女性の幸福度は、子供のいない女性の幸福度よりも低く、それは子供がいればいるほど下がっていくという調査を見たときに衝撃を受けた。

特に注意する点は、旦那の年収と旦那の育児の参画態度だという。たしかに5歳までに子供を産んで離婚している友人は多い。

しかし、だからといってその人たちが不幸であるかというと、そうではない。しっかりと子供を愛して完璧に育児をこなして幸せそうに日々を綴っている。

結局のところ様々な統計数値だけでは平均的な人の幸福度しかはかれないのであれば、やっぱり自分はどうありたいかを考えるのがいいようだ。
一般論として語られている「幸せ」の要素は以下のようなものだ。

①心理的要素:自己実現、感謝の気持ち
②人間関係:愛情とつながり、社会的サポ―ト
③意義と目的:生きがい、他社貢献
④健康と生活環境:身体的健康、経済的安定
⑤内面的な姿勢:自己肯定感、成長への意欲、現状の受容
⑥社会的・文化的要因:自由と選択肢、所属感

また、子供がいることで感じられる「幸せ」の要素は以下のようなものだ。

①心理的な満足感:自己実現、愛情の循環
②社会的なつながり:家族の絆の強化、社会的サポートの増加
③人生の意味と目標:未来への希望、時間の充実
④文化的・社会的な影響:親になることの価値観、老後の安心感
⑤幸福の「再定義」:小さな喜びの再発見、視点の変化
(注意点)
ただし、子どもがいることで必ず幸福度が上がるわけではありません。子育てには大きな負担やストレスが伴い、経済的な問題や夫婦間の関係が悪化する場合もあります。そのため、幸福度に与える影響は、環境や個人の状況に大きく左右されます。幸福度を高めるには、適切なサポートやパートナー間の協力が不可欠です。

いろいろなことを総合的に判断した時に、はっきりとしたのは、あくまで私は相対的に見たときに自分の女性性を子供を産んでいないことで発揮できていないというところに不安を感じているだけで、子供が欲しいと思っていないということだ。

もちろんこの気持ちは今後1年後も2年後も大きく変わる可能性があるが、それなりに今の人生に満足感があり、おそらく子供を産まない選択肢を取るような気がする。

幸福の定義はひとそれぞれではあるが、自分の欲求を満たすために貪欲な私は、結構真剣に自分の幸福に対してアンテナを張り巡らせているのでまた気分は変わることはあり得る。

あくまで、自分が幼い時に相対的に満足のいく環境で育つことができなかったことが今の人生に大きく影響を及ぼしているのかもしれないが、今の人生はそこそこ気に入っている。

「子供を産むこと」も「産まないこと」もそれぞれ女性与えられた権利であると思うので、産んでいる人、産んでいない人をとやかくいうつもりではなく、あくまで今の自分の中での幸福の定義の中に子供を産むことは含まれていないだけだ。

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